殺意の一矢
『此度の試合、大変素晴らしいものであった』から始まる王のお言葉を軽く聞き流した後、報酬にと渡された莫大な金を持って、二人は帰路についていた。
丁度日が落ちた頃、人目を避けるためと、いつもの定食屋に行くために路地裏を歩きながら、エレインが話しかける。
「それ、すごく重そうですけど……一体幾ら入ってるんでしょうね?」
「届けられるものを含めれば数千万は下らんだろうな。有っても困りはしないが、有り過ぎても持て余すな。首無し鎧の予備でも買うか」
莫大な金貨の詰まった袋を担ぎながら、ヴィルハルトはどうにも浮かない様子で歩く。
報酬として渡された金は、実のところほんの一部に過ぎず、後日使者によってヴィルハルトの家へと届けられる。その為、彼が現在持っているのは精々一千万エラ程度。それだけの大金を持ち歩く以上、――わざわざ彼から奪い取る者がいるとは思えないが――人目を避けるのは妥当である。
しかし、それとは別にエレインも少し不満げだ。つまり、御前試合に勝利したとは思えない程、二人の間に浮かれた様子は皆無。
いつもの定食屋に着いた瞬間、エレインは遂に不満を爆発させた。
「……やっぱり納得行きません!!」
「いきなり何だ」
エレインはいきなり叫んだあと、ヴィルハルトの持つ金袋をゆすり始めた。
「これだけお金があって、あんなに強い人達に勝ったんですから、お祝いに美味しいもの食べましょうよ!!」
「……ここは嫌か?」
「嫌じゃないです、量が多くて、そこそこ美味しいですから! でも今日だけは違うんです!!」
「さっきから訳が分からん」
ヴィルハルト視点では脈絡なく駄々をこね始めたようにしか見えないらしく、先のロザリアの件と相まって、その顔に呆れを滲ませていた。
彼の様子を知ってか知らずか、エレインは頬を膨らませながら表通りの方を指差した。
「お金なら一旦家に置いて行って、それから表通りの料理屋さんに行きましょうよ!」
「値段が高いだけで変わらんと思うが」
「ヴィルハルトさんはそうかもしれませんけど!! 私は違います!! 私だってロイドさんが言ってた一匹数万エラのエビとか口に入れた瞬間溶けるハンバーグとか食べてみたいんです!」
「あの野郎余計な知識を……」
ここにいないロイドに悪態をついた後、ヴィルハルトはため息と共に路地裏から少し身体を出し、ある一点を指差した。
「あれを見ろ」
「……?」
エレインも言われるままに指差す方を見たが、その瞬間彼女の怒りは一瞬にして消失した。
「お前、あの中に俺たちが入って、無事に何事もなく飯にありつけると思うか?」
「ご、ごめんなさい……」
祭りこそ終わったものの、未だ熱狂は冷めやらぬまま。大通りは人でごった返し、通り抜けるのも一苦労だろう。
こんな中に有名人で、その上先ほど『剣聖』と『雷霆』相手に名勝負を繰り広げた後となれば、あそこに入って補足されないはずがない。人混みを嫌うヴィルハルトなら、その苦痛は尚更だろう。
流石のエレインもこれ程の人混みに入っていく気はないらしく、今日のところはいつもの定食屋に甘んじることにした。
*
「ごちそうさまでした~~」
不満げに入ったものの、出てくる頃には機嫌を直したエレイン。店主に挨拶すると、ヴィルハルトの後ろに続いて歩く。
ヴィルハルトは相変わらず、不機嫌そうだ。
「……どうかしましたか?」
エレインが話しかけても、返事を返さない。
エレインの胸に不安がよぎる。しつこく話しかけられて最終的に何も言わなくなることはあったが、それ以外の状況で無視されるのは初めてだった。よく見ると、彼はただ眉をひそめているのではなく、何かを探っているような眼つきをしていた。
「ヴィルハルトさん?」
不穏な様子のヴィルハルトを心配しながら見つめていると、彼は突然目を見開き、宣言無しで身体強化を発動した。
「エレイン!」
「きゃっ!」
エレインの名を叫び、彼女を押してその場から突き放すと、飛来した『何か』を右手で掴んだ。
尻もちをついたエレインが見上げると、ヴィルハルトが『矢』を掴み、一点を睨んでいた。
「チッ……逃げたか」
一つ舌打ちをしてから、手にした矢を見つめる。特に変わったところは見当たらない、金属製の矢。だからこそ、それが明確な害意を持って放たれたものだと分かる。
「それって……でもどうして……」
「軌道から考えれば、恐らく狙っていたのはお前だ。魔導士を狙うか……何処の誰かは知らんが本気だな」
口調に怒気をはらませ、ヴィルハルトは矢をグッと握りしめた。身体強化を施した戦士の握力を受け、金属の矢は木の枝のように容易くへし折れた。
「あの、もしかしてこれって――」
「ああ、恐らくな」
二人が顔を合わせ、互いに頷きあう。
思い出していたことは同じ。ルドルフが言っていた、ヴィルハルトに賞金が懸けられた話。ここにきて、裏稼業の誰かが狙いに来た、ということだろう。しかも、ヴィルハルト殺害の障害になる魔導士を先に始末しようとした。
「明日、再びルドルフとロザリアの元に行くぞ。奴が持っている情報を余さず聞き出す」
「はい! あ、さっきはありがとうございました!」
「戦士が魔導士を守るのは当然だ。お前が気にすることじゃない」
「それなら――」
エレインは胸の前でグッと拳を握ると、決意を込めて言った。
「私も、ヴィルハルトさんのことを守りますから。お互い守り合って、それで対等ってことですね」
「そういうことでもある。まあ、まだお前には早いかもしれんがな」
「な、何でですか!?」
「自分に向けられた殺意ぐらい自分で気づけないようでは、模擬戦闘はともかく実践では危険だろう」
「そ、そうかもしれんけど……」
ヴィルハルトの指摘に割と真剣に凹んだエレイン。この反応は想定外だったか、ヴィルハルトは歩き出しながら一言だけ付け加えた。
「だがそれは後で身に着く。焦るな、真に恐れるべきは不足ではなく停滞だ」
彼なりの励ましだと受け取り、エレインはにっこりと笑って彼の後をついて行った。




