腕輪付き
「……以上が昨夜起こったことだ。さて、アンタの見解を聞かせてもらおう」
翌日、ヴィルハルトとエレインは早朝からルドルフの元を訪れていた。昨日の疲れが抜け切っていないのか、眠そうに眼をこすっていたロザリアも、昨夜エレインが弓矢で狙われた事を聞いてからはパッチリと眼を開けている。
ヴィルハルトが折れた矢を机に置くと、ルドルフが手にとって観察し始める。
「ルドルフさん、何か分かりますか?」
「……いや、矢そのものには何も無いな。ただ、一般的なものより遠距離用の構造になっている。エレイン嬢を狙った下手人は、ある程度長距離から撃ったとみていい」
「そうでなければ、ヴィルハルトから逃げられるとは思えませんしね」
ロザリアの意見に頷きながら、机に矢を戻すとルドルフは顎の下で手を組み、確信を込めた瞳でヴィルハルトとエレインを見た。
「だが、大方は分かった。ヴィルハルトを狙っているのは、戦士資格を剥奪された戦士の連中。いわゆる『腕輪付き』と呼ばれる奴らだ」
ヴィルハルトの眉間にシワが寄り、ロザリアが息を呑む。
「その腕輪付きって……何の事ですか?」
「戦士や魔導士が犯罪を犯した場合、魔法を使って再犯することが出来ないよう、魔力の流れを阻害する腕輪を身に着けさせる。この腕輪は鍵が存在せず、一度着ければ二度と外せない。つまり、一度装着されれば二度と魔法の行使が不可能になる。そういった連中が、腕輪付きだ」
「以前、図書館に行っただろう。あの時、金色の腕輪を着けさせられたはずだ。あれがその腕輪だ」
「ああ、アレですか!」
エレインは図書館入場時に着け、退場時に外された腕輪のことを思い出した。
「アレは鍵穴が付けられた特別製で、館内での魔術の使用を制限するのが主な役割だがな。例えば、本棚の前で『赤炎』を使うような馬鹿が出るのを防ぐためだな」
「そんな人いるんでしょうか……」
「世の中どんな馬鹿がいるとも分からん。用心して損はない」
エレインが少し釈然としない顔をしている中、ロザリアが口を開いた。
「でも、おかしくありませんか? 元戦士と言っても、練体術が使えなければその戦闘力は半減します。そんな状態でヴィルハルトを狙うなんて、自殺行為も甚だしいですわ」
「それなんだが、矢の速度から考えて『身体強化』を用いた可能性が高い」
「はぁ!?」
ロザリアがガタリと音を立てて椅子から立ち上がる。
「それなら、狙ったのは腕輪付きではないでしょう!?」
「いや、それについては私に心当たりがある」
ルドルフが得心したように目を細めながら金属の矢に視線を落とした。
「以前、『リズリー』でこの様な事があったと聞いた。分解された腕輪が幾つも見つかったと」
「そんな……!」
ロザリアが絶句し、エレインも息を呑んだ。
話には聞いているが、実際には行ったことのない国『リズリー』で起こった怪事件の話に。
女性陣の動揺と対照的に、ヴィルハルトとルドルフはただただ冷静に事態の分析に努めている。
「つまり、その連中がこちらに来ているか、腕輪を分解した奴がアルマイレに来ているか。或いは両方といったところか」
「分解したのが何者かは分からんが、力任せではなく構造に沿った形で分解されていたようだ。腕輪の構造に詳しい者を洗い出すか……」
「あの、すみません。ちょっと思い出したことがあるんですけど――」
エレインが躊躇いがちに小さく手を挙げている。
「どうした」
「いえ、実は以前読んだ本に書いてたことを思い出したんです。なんでも、リズリーには『魔女』がいるって」
「魔女?」
「続けてくれ」
意外にも、ヴィルハルトとルドルフは食いついた。
正直なところ、週刊で発行している、噂話を集めたような雑誌の情報なので信頼度には疑問符が付くのだが、求められるがままにエレインは読んだ話を語る。
「えっと、その魔女は迷いを抱えている人の前に現れては、その元凶を絶つ手伝いをしてくれるそうで。魔女に頼めば……例えば決して外れない鎖を簡単に外して貰えたり、孤独な心を癒して貰えたり……あとは、新しい生き方をくれるとか」
「情報に具体性が無さすぎる。三流都市伝説の域を出んな」
「かもしれん。が……少し気になる」
ヴィルハルトとルドルフ、二人とも眉唾と判断した。しかし、ルドルフの方はそれで終わりではなく、何かあると考察を深める。
「外れない鎖というのが例の腕輪のことを指しているとすれば? 新たな生き方とは暗殺者とすれば? そう考えれば辻褄は合うが……こじつけの域を出んか。リズリーとも連携を取る事が出来れば、何かしら分かるかもしれんが」
「それはアンタがやればいい。情報感謝する。俺は俺でやらせてもらう」
「お待ちなさい、ヴィルハルト!」
「待ってください、ヴィルハルトさん!」
ロザリアとエレインが、同時に去ろうとした背中に声を掛けた。
「叔父様は確か、自分にも賞金が懸けられていると仰っていました。ならば、互いに組んだ方がより生存率も、黒幕を突き止められる確率も上がるのではなくて?」
「ロザリアさんの言う通りです。ここは四人で――」
「そうなれば警戒されて、余計に尻尾を掴めんくなる。つけ入る隙が僅かでもあればまだ釣れる可能性はあるが、俺とルドルフが揃えば誰も手出しが出来なくなる。俺とそいつがやられるかもしれんというのは、余計な心配だ」
相変わらずぶっきらぼうな物言いだが、その口ぶりには『自分とルドルフが暗殺者如きに遅れを取らない』という自負と信頼が見えた。かつて薫陶を受け、昨日剣を交えたからこその説得力を含んだ言葉に、二人は反論出来ない。
「私もヴィルハルトと同じ意見だ。情報の共有はともかく、同時に行動しては相手を威圧し過ぎる」
ルドルフも同意したところで、今度こそヴィルハルトは退室しようとする。しかし、ルドルフが最後にと彼に問いを投げかけると、ヴィルハルトの足は止まった。
「そうだ、確かアリナとロイド……お前の同郷の彼女らもここにいたな?」
「それがどうした?」
突然何を、と言いたげな瞳を寄越すヴィルハルト。
「彼女らにも、今の話はしたほうがいい。エレイン嬢を狙った以上、相手は邪魔になる者なら排除しにかかる可能性が高い。つまり――」
しかし、その眼は次の瞬間、僅かながらも確かに見開かれた。
「あの二人もまた、命を狙われる可能性があるということだ」




