賞金首
魔王の遣い。確かにルドルフはそう言った。
エレインはおろかヴィルハルトさえ言葉に詰まり、何も言い出せずにいる。部屋中に深刻な空気が流れ、ルドルフが続きを話し出す。
「まぁ、魔王の遣いなどというのはただの煽り文句だ。それに何も、お前だけが狙われている訳ではない」
「何?」
「私の首にも六千万エラの賞金が掛けられている」
「ろ、六千万ですか!?」
エレインがガタリと音を立てて立ち上がった。
六千万エラ、実に魔将討伐報酬の倍。金銭感覚に乏しい彼女でも破格の大金であることが分かる金額だ。
「そんな! 何処の馬の骨ですの、叔父様の命を狙う不届き物は! というより、どうして叔父様はそんな大事な事を私に言わなかったのですか!?」
「相手が人だから、だろう?」
「そうだ。私を狙ったのは全て我らと同じ人間。戦士と魔導士の本領は魔物の討伐であり、同族との闘いはそうではない。故に、可能ならば私一人で対処したかったのだ」
『許せ』と言われれば、ロザリアは押し黙るしか無かった。
「懸賞金を掛けられたのは、私とお前を除いて三人。何れも魔将に対抗出来る可能性がある猛者達だ」
「その……ヴィルハルトさんにも六千万の額が?」
「いや、ヴィルハルトはそれ以上。確か、九千万エラだったか」
「九千万……か」
ヴィルハルトが何か考えるように、顎に手を当てる。
「当然だが、これは公式な機関が出しているものではない。暗殺者などの裏稼業の人間が共有しているものらしい」
「だろうな」
「でも、妙ですわ」
何かしら引っかかったらしく、ロザリアが口を挟む。
「五人もの実力者に、多額の懸賞金を掛けるだなんて。それだけの事が出来る人物は限られています。恐らく相当な大物……そこから絞り出せば、首謀者を特定するのは難しくないのではなくて?」
「私もそれは考えたさ。ある程度向こうで調査してはみたが、どうやら首謀者のことを誰も知らんらしい。出所が分からん以上、様子見に徹している者も多いという。かろうじて、アルマイレの暗殺者界隈で騒ぎがあったらしいことを突き止めるのが限界だった」
「それで来たということか」
「首謀者が分からないなら、悪質な悪戯というのも考えられません?」
「その場合は『取り越し苦労で良かった』で終わる話だ。十年振りの魔将討伐が成されたという今出された、というのが問題だ」
「でも、どうして……」
「決まっているだろう」
ヴィルハルトが、理解出来ない何かを目撃したように忌々し気に顔を顰めた。
「魔将がいなくなって困る人間がいるからだ」
「!!」
エレインとロザリアが、二人して雷に打たれたように驚愕する。彼女たち二人にとって魔将の打倒は人類存続の為の共通目的であり、反対する者などいないという事だったから。
対照的に、ルドルフは小さく頷き同意を示した。
「ロザリアよ、もし魔物をこの世から残らず消し去れた場合、お前はどうやって生きていく?」
「へ? 言われてみれば……考えたことも無かったですわ。叔父様なら、剣術道場を開けば大丈夫でしょうけど……」
「戦士と魔導士は、魔物を狩る職業だ。ならば、この世から魔物が消えればそれ即ち失業だ。魔物がいるからこそ真っ当に銭を稼いで生きられる。ならば『被害が出ない程度に湧き続け』て貰いたい、と考える奴がいてもおかしくはない」
「そんなジュリウス様の意志に反するようなことを考える者が、本当にいらっしゃいますの!?」
「……阿呆が。十年前の英雄の威光なんぞが、今の時代にも全ての人類に通じているはずが無いだろう」
「ぐぬぬ……アナタに言われると、納得するしかありませんわね……!」
歯ぎしりをして悔しさを噛み締めるロザリアを無視して、ヴィルハルトは再びルドルフに向き直った。
「それだけではない。そういう連中を動かすなら、まず武器商人辺りを探るのが先だな。例えば……ヴァンドラム屈指の商家である『クライン家』とかな?」
「なっ……」
ロザリアが本気の赫怒を燃やし、ヴィルハルトに詰め寄った。エレインが背後に回って羽交い絞めにして止めるものの、彼女の腕の中で盛大に暴れて続ける。
「離しなさい、エレインさん! この男は私だけでは飽き足らず、生家さえ侮辱しやがりましたのよ!! 何としてもこの男だけは、今ここでぶっ殺しますわ!!」
「絶対に……そんなことさせません! ヴィルハルトさんも、誤解を解いてください! そんなつもりで言ったんじゃないですよね! そうですよね!?」
「……可能性を述べただけで断言した訳じゃない。そう猪みたいに突っかかられても面倒くさい」
「その一言要らないですよねぇ!?」
よく言えば正直、悪く言えば歯に衣着せぬヴィルハルトの物言いを、エレインはこの時初めて残念思った。ロザリアは更に怒りを燃やし、エレインを振りほどくべく全力で暴れる。
喧噪に頭を抱えながら、ルドルフが収集をつけるべく口を開いた。
「……安心しろ、クライン商会は真っ先に調べた。間違いなく潔白だ」
その言葉を聞いたロザリアは安堵して沈静化し、エレインは疲労感を抱えながらソファーに身を預けた。ひたすら冷静な男性陣に対し、女性二人の体力消費が大きすぎる話し合いは、その後も続いた。
ヴィルハルト達に掛けられた懸賞金の話はそれ以上大した話は無かったが――まだヴィルハルトには、話すべきことがある。
ロザリアにも聞かせるべきか。一瞬それは考えたが、どの道魔王に近付いていけば何れ知ることになる。
「俺からもアンタに話があった。先日俺たちが魔将を倒した時、間接的にだが魔王とも接触した」
「ほう。魔将が人語を解する人型という報告は聞いていたが、魔王とも接触していたのか。どのようなものだった?」
横でエレインが唾を呑んだ音が聞こえた。ヴィルハルトも少し間を置いて、しかし遠回しにはせずはっきりと宣告した。
「魔王の正体はエカテリーナ……アンタの姉だ」
「叔母様が……!?」
表情を驚愕一色に染めてヴィルハルトとルドルフを交互に何度も見るロザリア。彼女が不安に駆られるのも無理はない。それまで一貫して冷静だったルドルフが瞠目し、沈黙しているのだから。
「そうか……」
絞り出すような声と共に、目を閉じた。が――
「やはり、姉上だったか」
その顔は驚きや悲しみではなく、悪い予想が当たったという苦笑だった。




