目的
通されたルドルフの部屋は、流石来賓を泊めるだけあって煌びやかに装飾されていた。問題を挙げるとすれば当の客人がそういった物に興味を示さない人物だということぐらいだろう。
コンビ同士が隣に座り、テーブルを挟んで二組が向かい合う形でソファーに腰掛ける四人。余りの柔らかさに驚いたエレインが感動に打ち震えている横で、会話は幕を開けた。
「さて、初見の者もいる以上、まずは自己紹介から始めよう。私はルドルフ・ヴァルトシュタイン。ヴァンドラムより参上した戦士だ」
「私はロザリア・クライン。偉大なる祖国ヴァンドラムに所属する特級魔導士にして、偉大なるルドルフ叔父様の姪でありそして、パートナーシップを結んでおりますわ!」
「……おい、聞いているのか?」
「は、はい。聞いてますけど、このソファーちょっとふかふか過ぎません? 千切れて床にお尻着いちゃいません?」
「着かん、心配するな。ああ、代わりに俺が紹介する。この世間知らずの天然娘はエレイン・アーネット。コイツは記憶喪失で、つい先日までの記憶が無い。だからこのような馬鹿をやることも多い」
「記憶喪失? それはまた、難儀ですわね……」
ヴィルハルトは、エレインが正気を取り戻すまでの間に彼女とコンビを組むまでの経緯をかいつまんで説明した。
「森で、か。奇妙な話だが、この世の中だ。何があっても不思議はないな」
「そんな純粋な女の子が、アナタの元にいて良いんですの? 明らかに教育に宜しくないのではなくて?」
「大丈夫です! ヴィルハルトさんと組むって、最初に言ったのは私ですから!」
ヴィルハルトの話となった瞬間、エレインは即座に調子を戻してきっぱりと言い放った。ロザリアは面食らった顔をしたが、すぐに『まあいいですわ』と一つ咳払いをして話題を打ち切った。
一方で、エレインは何かが気になって仕方がないという顔でそわそわしている。
「どうやらこい――」
「……何か聞きたいことがあるのか?」
ヴィルハルトが言い終わるより早く、ルドルフが穏やかな口調で尋ねた。
「あ、はい。えっと、ロザリアさんはルドルフさんの姪? 何ですよね? それって関係としてはどういうものでしょうか?」
「成程、私をエカテリーナ様の娘と思ってらっしゃるのですね? ……よく聞かれますけど、私の母は叔父様の双子の妹、エミリア・クライン。なのでルドルフ叔父様は私にとって、母の兄という関係です」
「成程。ヴィルハルトさんは知ってました?」
「当然だ。ヴァルトシュタイン家は三人きょうだいだが、結婚したのは次女のエミリアだけだからな」
ルドルフの血縁という事を話す度、ロザリアは誇りに満ちた顔をする。ルドルフのコンビであるということを自慢にしている事が伝わり、エレインは心の中で彼女に少し親近感を覚えた。
「……そろそろ話を勧めよう。ヴィルハルト、アルマイレ王への御前試合について、情報確認をしようか。それでいいな?」
話題を設定することで会話の主導権を握ろうとするルドルフ。
が、ヴィルハルトは即座に拒否した。
「それは後でいい。それより今、アンタに聞きたいことが二つある」
「……何だ?」
傲慢不遜な態度で師の提案を跳ね除けた彼に、しかしルドルフは不快感を露わにすることはない。それは寛容というよりは、既に慣れているから気にしていない、という風だった。
「まず一つ。国家の最高戦力である『勇者』を一週間に渡って不在にさせるなど、本当にヴァンドラム議会は今回の件に賛同したのか?」
鋭い眼光をルドルフに向け、威圧感に満ちた声で尋ねるヴィルハルト。戦士でもない只の民ならば腰を抜かすであろう圧力を受けて、それでも剣聖はどこ吹く風という態度だ。
「一応は、な。かなり紛糾したが、結局議長の一票で決着した」
「議長……あの男か。一体何を考えている……」
「私にも分からんさ。して、次は?」
『議長』という人物の事を聞き、ヴィルハルトは顔を顰めて苛立たしげに吐き捨てる。しかし、一時の感情を引きずることなく、次を促すルドルフに応える。
「アンタの事だ。王族の下らん道楽に遠路はるばるやって来て付き合うなど……剣聖ともあろう者が耄碌したか? それとも、アンタの剣は見世物の大道芸か?」
エレインは身体をブルリと震わせ、ヴィルハルトの顔に釘付けになった。苛立ちどころではない、明確な『怒り』を彼から感じたからだ。言葉の端々から伝わる感情から、『失望』の色が見える。
だが、ルドルフはそれさえも苦笑一つで流して見せた。
「随分と手厳しいな。だが、私は前線で狩りばかりしている訳にもいかんのだよ。偶にはこのような奉仕活動に参加することもある」
「そうですわ。叔父様はアナタとは違って、人々の事を想う心の持ち主ですのよ」
ルドルフの言に賛同するロザリアを一瞥した後、再びヴィルハルトはルドルフに視線をやる。目を閉じながら深く息を吐いた後、『そうか』と一言だけ呟いたヴィルハルト。暫しの沈黙が訪れ、エレインは『治まった』と胸を撫でおろした――のも束の間。
ヴィルハルトが立ち上がり、テーブルを右手を叩いた。彼からすれば軽くたたいたつもりだろうが、ミスリルの鎧と銀のテーブルがぶつかり、甲高い金属音が鳴り響く。
「ふざけたことを言うな。脳味噌に花でも咲いていない限り、そんな物見遊山でアンタが祖国を留守にするはずが無い」
再び部屋に沈黙が降りる。先ほどとは比較にならない重苦しい空気に、エレインはどうすればいいか分からずロザリアの方を見た。しかし、ロザリアも訳が分からずエレインの方を見ており、目が合ってしまった。一層気まずさを感じる彼女を尻目に、ヴィルハルトが再び口を開いた。
「言う気が無いなら当ててやろう。アンタがアルマイレに来たのは議会からの命令。だが御前試合というのは、この国を訪れるのにちょうど良かった口実に過ぎん。ロザリアにさえ話していない辺り、相当な極秘任務だな。さしずめ魔将関連の何かだろう?」
ロザリアが『叔父様……』と小さく呟いた。ヴィルハルトの言葉は推論に過ぎないが、確固たる意志を込めた声が、真実味を持たせていた。
やがてルドルフが口の端に弧を描くと、笑い声を漏らした。
「半分正解、というところだな。まぁ、合格だ」
静謐な態度ながら、何処か楽し気なルドルフに、ヴィルハルトも毒気を抜かれたようにソファーに腰掛ける。
「俺を試したのか」
「久々に弟子と会うのだ。ただ話をするだけでは味気ないだろう?」
「味気なくとも構わんから、普通に話せばいいだろう……」
本気で呆れるヴィルハルトを見て、更に目を細めるルドルフ。エレインは、彼がエカテリーナの弟という事に実感が持てた気がした。
一方、彼の横のロザリアはというと、
「流石叔父様! こういう時でもユーモアを忘れないなんて!」
どういう訳かルドルフへの尊敬を新たにしていた。
とりあえず、ヴィルハルトが先生から褒められたっぽいことだけを理解して、エレインはそれ以上考えるのを止めた。
「それで、アンタはどうしてアルマイレに来たんだ?」
「私がここに来たのは、概ねお前の推測通りだよ。ただ、魔将関連ではないがね」
「……では、何の用だ?」
ルドルフは白髭を蓄えた顎に手を当てて、深刻な顔で告げた。
「ヴィルハルト。お前を『魔王の遣い』だと言い、多額の懸賞金を掛けた者がいる。それが誰かを調べに来た」




