ルドルフ・ヴァルトシュタイン
「『剣聖』ルドルフ……」
その名前にどれ程の感情を抱いたのか。それは分からないが、しかし彼にしては珍しい声色でヴィルハルトは呟いた。
彼の様子を察しているのかいないのか、王は心なしか弾んだ声で語り掛ける。
「こと剣術の腕においては間違いなく世界最強の人物。相手にとって不足はなかろう? 其方にとってもあれ程の大人物と剣を交わすのだ、この上ない誉れであろう」
顔を伏せながら、気付かれないように歯を食い縛り苛立ちを露わにするヴィルハルト。しかし――
「……謹んでお受けいたします」
王の命令となれば、ヴィルハルトと言えど拒否は出来ないか。或いは他に思うところがあったか。
ヴィルハルトの承諾を聞いた王は破顔し、数度拍手をする。
「そうかそうか、其方ならそう言ってくれると信じていたぞ。ルドルフ殿とその魔導士殿は既にこのアルマイレに入っておる。一度顔を合わせておくと良かろう。そこの者、ルドルフ殿の元まで案内してやれ」
「はっ」
ヴィルハルトとエレインは、衛兵に連れられて王城の廊下を歩いていった。とある扉の前で停止し、衛兵はノックをしたが、返事が返ってこない。
「しばしお待ちを」
衛兵が何処かへ歩いて行った。どうやら不在だったらしい。
エレインはせっかくだからと、ヴィルハルトに気になっていたことを尋ねる。
「良かったんですか? さっきの話、つまり大勢の人の前で戦うってことですよね? ヴィルハルトさん、こういうのって一番嫌いなんじゃ……」
「受ける意味が無ければ俺も受けていない。だが相手が相手だ。タイミングとしては丁度いい」
「……?」
「ルドルフ・ヴァルトシュタインは俺の師だ」
「つまり、先生ってことですか!?」
「剣術のな」
ヴァンドラム最高の剣士が、ヴィルハルトの先生。なるほど、教えられる人が大人物なら、ヴィルハルトの強さにもう一つ裏付けが取れた。
だが、ヴィルハルトは難しい顔をしている。先生との再会を楽しみにしている、という様子では無さそうだ。
「……先生に会うのが、気乗りしません?」
「……お前、気付かないのか?」
「何がです?」
「名前だよ。『ヴァルトシュタイン』という苗字に心当たりがあるはずだ」
「ヴァルトシュタイン、ヴァルトシュタイン……何処で聞いたっけ……あ!!」
そこで彼女は気が付いた。
ヴァルトシュタインは、魔王エカテリーナの人間としての姓だ。
「そうだ。ルドルフはエカテリーナの弟。尤も、彼自身はエカテリーナが魔王であることを知らないがな」
エレインに耳打ちするように、ヴィルハルトは顔を近付けて小声で話す。
聞かれると良くない話だが、同時にエレインには話しておきたい話だったようだ。
だがここで、エレインの中にある予想が浮かぶ。
「あれ? ということは、丁度いいタイミングって……」
「エカテリーナが魔王だと話すことも含めて丁度いいってことだよ」
「そ……それは――」
『駄目です』と言おうとした時、後方で三人分の足音が聞こえた。
「ヴィルハルト様、エレイン様。ご両名をお連れしました」
ルドルフを探しに行っていた衛兵が戻ってきた。彼の傍らには、初老の男性と赤毛の女性が立っていた。
暫しの沈黙の後、先に口を開いたのはルドルフだった。
「久しいな、ヴィルハルト。アルマイレに来て、随分と有名になったじゃないか」
「不本意だがな。まあ、アンタでさえ成しえなかった魔将の討伐が出来たんだ。これで俺は剣聖を超えたということだな」
「ぬかせ、若造が。……魔導士を持ったと聞いた時は少し期待したが、減らず口は相変わらずか」
二人とも口元は弧を描いているが、眼が全く笑っていない。先生と生徒という関係とは思えぬ殺伐とした空気に、エレインはどうしたものかと立ち尽くすばかりだ。そこに更に、もう一つ爆弾が投げ込まれた。
「本当に、叔父様に対してなんて下品な口の利き方。もうその顔も声も、二度と見たくないし聞きたくないと思っていましたのに……ねえ、ヴィルハルト・アイゼンベルク」
ルドルフの隣にいた、赤毛に吊り目の女性。ヴィルハルトへの敵意を隠さない彼女は、エレインと同じローブを纏っている。それに加え、胸元にはアリナと同じ『特級魔導士』を意味する金の紋章。どう考えても、この人こそルドルフのパートナーだ。
そんな彼女の敵意を感じながら、ヴィルハルトは冷めた瞳で彼女を見下ろしながら無慈悲に言い放つ。
「ああ、今の魔導士はお前だったな。小さすぎて見えなかったぞ、ロザリア・クライン」
その言葉を聞いた瞬間、ロザリアは凍り付いたように動かなくなった。
190cmを超えるヴィルハルトは当然だが、151cmのエレインより更にロザリアは小さかった。142cmという子供と間違われる事もある低身長は、ロザリアのコンプレックスである。
プルプルと震えた後、涙目になりながらロザリアは怒鳴り出した。
「人が一番気にしている事をこうも易々と! おのれヴィルハルト、やはりアナタこそ人類の敵! 私とルドルフ叔父様で退治してくれますわ!!」
「退治!? そ、そうはさせません!」
『退治』という言葉を聞き、慌ててロザリアの腕を掴んだエレイン。冷静に考えれば、ヴィルハルトが半人半魔の存在であることを彼女が知る由は無いのだが、ロザリアの剣幕に思わず手が出てしまった。
「アナタは――」
「ヴィ、ヴィルハルトさんを倒すならまず私を倒してからにしてください!!」
「……え?」
流石のロザリアも呆気にとられる。先ほどの怒り様が嘘のように目を点にした彼女は、悪戯が見つかった子供のように慌てて弁明する。
「ち、違いますわよ!? いくら何でも本気でこの男を抹殺しようとは思ってなくて! 今のは言葉の綾と言いますか、それ程までに怒髪冠を衝いたという話でして――」
ヴィルハルトは苦虫を嚙み潰したような顔をし、ルドルフは絶句している。やがてエレインの様子から察したルドルフが、ヴィルハルトの手に肩を置いて囁く。
「ヴィルハルト。もしやあの娘……かなりの箱入り娘ではあるまいな?」
「色々事情があってな……」
「ふむ。ではその事情も含めて――」
ルドルフが扉の鍵を開け、手招きした。
「お互い積もる話もある。そこの娘二人も、入りたまえ」




