御前試合の報
指定通りの時間、二人は王城の正門に行くと、警邏の衛兵に通され城の中へと入ることが出来た。
「今更ですけど、本当にお呼ばれしたんですね。私たち」
エレインが周囲をキョロキョロ見渡しながら歩いている。魔導士の正装となる紫のゆったりしたローブを身に纏った彼女は、ヴィルハルトの数cm後ろを歩いていた。余りにも近いが、ヴィルハルトが何も言わないのは場所が場所だから口を噤んでいるのか。いつも通りに『首無し鎧』を着用し、外れ者さえ手放していない為に何も変わらないように見えるが、彼から感じる空気が張り詰めているのをエレインは肌で感じていた。
見慣れない絢爛豪華な調度品に彩られた長い廊下を歩きながら、自分の鼓動が跳ねるように大きくなっているのも分かる。
記憶喪失の彼女は、これまで他人と会うことや話すことに緊張感というものを持ったことが無かった。しかし、今こうして胸の奥からせり上がってくる何かを感じながら、『緊張する』という概念が自分にもあったことを実感する。
記憶を失くす前の自分にも、こういうことはあったのだろうか。
普段考えないことに思いを巡らせる程に緊張し、唇を引き結ぶエレインの様子を察してか、ヴィルハルトは宥めるように言った。
「口を利く必要があるときは俺がやる。お前はただそこにいればいい。何も気負うことはない」
「……はい。でも、大丈夫です? その……偉い人と接するのってちょっと態度が違うんですよね? ヴィルハルトさん、丁寧な対応出来ます?」
「お前は俺を何だと思っている」
彼の言葉に安堵し、少しだけいつもの調子を取り戻したエレイン。
やがて二人は廊下の端、玉座の間の前に来た。
「この先は、国王陛下の御座す玉座の間である。くれぐれも失礼のないようにな」
「は、はひ……噛んじゃいました」
扉の前の兵士による注意に、再びエレインの緊張が頂点に達する。
とりあえずヴィルハルトの言った通り、出来るだけ喋らないようにしておこう。それだけを心に留めながら、エレインは開かれた扉を通った。
周囲には見慣れない綺麗な服を着た人が沢山いる。両手を胸の前でギュッと握りながら、ヴィルハルトの後ろに続く。
彼が跪いたのに続く形で同じ姿勢を取り、正面を見た。そこには宝石を散りばめられた王冠を身に着けた初老の男性がいた。
片眼鏡を身に着け、白い口髭を蓄えた玉座に座っているこの人こそ、現アルマイレ王。
「ヴィルハルト・アイゼンベルク。エレイン・アーネット。よくぞ来てくれた。其方らに会えて嬉しいぞ」
あまり顔を見ないようにするべく顔を伏せるエレイン。声を聞く限り、怒られるようなことは無さそうだ。悟られないように胸を撫でおろした。
「この度は魔将の討伐、誠に大義であった。其方らこそ、十年前に死んだかの英雄の後を継ぐ者なのだろう。其方らならば、何れ魔王を討ち、世界に平和をもたらすことも出来ると、私は確信している」
王の言葉を聞いた瞬間、エレインは反射的にヴィルハルトの顔を見た。
王の言う英雄とは、間違いなくジュリウスのこと。彼と比べられたり、一緒にされるのはヴィルハルトにとって不愉快なことだったはず。
我が道を行くヴィルハルトだと、気に入らない相手には誰であっても遠慮しないのではないか。そんな不安を抱いたが――
「……身に余るお言葉をいただき、恐縮至極に存じます」
一瞬眉を顰めたものの、胸に手を当ててヴィルハルトは頭を下げる。
先程の言葉は嘘じゃなかった。一応彼にも『外面を繕う』ということが出来るらしい。エレインの中でヴィルハルトの評価が少し変化した。
「と、挨拶は程ほどにしておこう。今回其方らを呼んだのは、ただ其方らの武勇に賛辞を述べるだけではない。私から、其方らに頼みがあってな。是非とも聞いてほしい」
「その頼みとは?」
王への対応を引き受けるヴィルハルトを横目に、エレインは次の言葉の内容を予測する。
芸術と学問が好きな王様だと聞いたので、『絵のモデルになって欲しい』とか『身体を調べたい』などと言うかもしれない。
前者はともかく、後者の場合は非常にマズイと考え、一人ハラハラする。
そんな彼女の姿が目に入っているかは分からないが、王は頼みの内容を話す。
しかし、その内容はエレインが予想だにせず、ヴィルハルトが再び眉を顰めるものだった。
「一週間後、国を挙げて魔将討伐の祭典を開く。其方らには、そのメインイベントに出演し、私の前でその武勇を存分に発揮して貰いたい」
祭典のメインイベント。つまり、祭りに参加するということ。
まして魔将討伐のイベントということは、間違いなく自分たちが主役で、人前に出るということ。
ヴィルハルトがそんなこと引き受けるとは思えない。かつてない程に鼓動がうるさく感じるなか、しかしヴィルハルトは冷静だ。
「『御前試合』……ですか」
「うむ。察しが早くて助かるぞ」
「あ、あの……どういう、事でございましょうか……?」
訳が分からず、思わず口を挟んでしまう。しかし、王は嫌な顔一つせず問いに答えてくれた。
「専属でないとはいえ、其方らはわが国の誇る英雄。私も其方らの武勇を是非ともその眼に焼き付けたい。いや、勿論それだけではない。武勇を他国だけでなく、民衆にも明らかにする。そうすれば、戦士や魔導士を志す若者も増え、それ以外の民にも勇気を与えられる。アルマイレの為にもなることだ」
穏やかに、しかし確信に満ちた様子で王は語る。彼はこの祭典が国の為になると信じているようだ。
「その為に、其方らにはかの大国ヴァンドラムの誇る勇者と魔導士。二人と戦って貰う。無論、真剣ではないがね」
ヴァンドラム。
ヴィルハルトと彼の幼馴染二人、彼らの出身地にして、世界一の大国。かの魔将との闘いに際しても、単身飛び出したヴィルハルトに追いつくには、そこから派遣された戦士達がいなければ不可能だっただろう。その大国において『勇者』と称される存在。
どれ程の大人物かと想像し、エレインは身体を強張らせる。
「まさかとは思いますが……その勇者とは……」
既に相手に目星が付いたヴィルハルトが瞠目している。
王は彼の顔を見てから深く頷くと、その勇者の名を口にした。
「『ルドルフ・ヴァルトシュタイン』。『剣聖』の名で知られる、世界最高の剣術士だ」




