合理と感情
「叔父様!?」
実の姉であるエカテリーナ。彼女こそが『崩れの日』を引き起こし、英雄ジュリウスを含む莫大な数の人間の命を奪った魔王であると。そう明かされたにも関わらず、ルドルフの態度はエレインの予想よりずっと穏やかだった。絶句したロザリアは『やはり』という叔父の言葉に驚き、感情の行き場を求めるようにヴィルハルトを問い詰める。
「どういうことですの!? もっと詳しく話しなさいヴィルハルト!」
「俺は十年前の時点で、あの女が魔王だと知っていた。ルドルフ、アンタなら俺がジュリウスと同じ村の生まれだと知っているな?」
「成程……確かにジュリウスが途中、『優先順位の低い集落に行く』と言って出ていったのを覚えている。己の故郷が心配で駆け付けたとなれば、納得出来る話だ」
「当時の証人は俺だけで、物的証拠も無かった。だが今は違う。モノは無いが、ここに証人が居る」
ヴィルハルトは親指でエレインを指した。ロザリアとルドルフの視線が向けられ、無言でコクリと頷く。
「必要ならばあと二人程連れてくるが?」
「いえ……充分ですわ。それで、エカテリーナ様は何か仰っていましたの?」
「『少なくともジュリウスとウルスラを超えろ』という主旨の事を言っていた。『早く自分を殺しに来い』という安い挑発付きでな」
「少なくとも……!?」
ロザリアは勿論、ルドルフもその発言には驚かぜるを得なかったらしい。しかし、ルドルフは何処か納得したように作り笑いを浮かべる。
「姉上の言いそうなことではあるが……いや、そもそもあの人が何をしようとも『今度はそうするのか』としか思えん。肉親の私でも、遂に姉上の考えを理解することは出来なかったのだから」
残念、あるいは申し訳ないという気持ちか。複雑な思いを抱えながらルドルフは顔を顰めた。
一方で、ロザリアは何処か不満げな様子だ。
「ヴィルハルト……どうしてそれを上に報告しなかったんです?」
「……何の話だ」
「とぼけても無駄ですわ!」
部屋中にロザリアの怒声が響き渡る。プライドの高い彼女は、嫌っているヴィルハルトの行動に手心を加えられたと思ったらしい。何故なら――
「未だ誰もその正体を知らないと言われる魔王。その正体が『崩れの日』以来行方不明のエカテリーナ様だと分かれば、彼女の性格を推測してある程度の対策も取れたかもしれません。まして、つい先日お亡くなりになられたウルスラ様の耳に入りさえすれば……! 魔物を絶滅させる、その狂的な意志だけは世界一のアナタが、その程度の事を思いつかない筈がありませんわ! 叔父様の立場を慮ったのだとすれば、それは余りにも大きなお世話というものですわよ!!」
鋭い眼つきでヴィルハルトを睨みつけるロザリア。
エレインは思い出していた。確かにヴィルハルトは魔将に関しては知る限りの情報を提供したが、エカテリーナに関して話すことは無かった。尋ねれば『聞かれなかったから答えなかった』と答えるかもしれないが、ロザリアの言う通り効率重視のヴィルハルトの行動にはそぐわない。
「チッ……分からんのか」
呆れを隠さず、ヴィルハルトは大きなため息を吐いた。
「ヴァルトシュタインの三きょうだいが、ヴァンドラムはおろか世界全体にどれ程の影響力があると思っている」
「……何の話ですの?」
「エカテリーナ本人は文明を百年は進めた人類史上最高の発明家。その弟ルドルフは無敵の剣術家。次女のエミリア本人は崩れの日で死んだが、その夫はクライン商会の会長。瓦解すればヴァンドラムはおろか世界の市場が大打撃を受ける。それだけじゃない」
ヴィルハルトがジッとロザリアを見据えながら、彼女をスッと指差した。
「それらの娘、ロザリアはこうして生きている。剣聖を補佐する特級魔導士としてな」
「やはりそういう事か、ヴィルハルト」
ルドルフがヴィルハルトに理解を示すように首肯した。
「実際に成果があるか不明確な魔王の情報開示より、それによって確実に起こるであろう混乱を避ける事を選んだ訳か」
「そうだ。まぁ、アンタとロザリアが大罪人の血族として首を斬られたいなら、今すぐ『陛下』にお話するが?」
「そ、そんな趣味はありませんわ!?」
真意を話し終えたヴィルハルトは席を立ち、部屋を離れる準備を始めた。
「帰るんですか、ヴィルハルトさん」
「今話すべきことは話した。これ以上長居するつもりはない」
相変わらずドライなヴィルハルトの態度に、エレインは何も言わず従う。
去り際、ヴィルハルトは背を向けたまま確かな意志を込めてこう言った。
「遊興だろうと負けるつもりはない。アンタ達も全力で来い」
*
「……もうちょっと話しておきたいこと、無かったんですか?」
「充分だ」
城を出た二人は、自宅に向かって歩いていく。歩幅が圧倒的に違う上に他人に合わせる事とは無縁なヴィルハルトのペースに合わせるのは少し大変だ。しかし、最近は心なしか少し遅めに歩いてくれているように思え、エレインは少し上機嫌だ。
「お世話になった人なんですよね? そりゃあもっと感動的になんて言いませんけど、二人とも凄く冷静というか――」
「あの男に殊更語り掛けることがあるなら、剣を交わせばいい。人生を剣に捧げたからこそ、それで理解し合うのが最良の対話だと言える。ルドルフ・ヴァルトシュタインはそういう男だ」
彼の迷いの無い言葉に、エレインは大口を開けて驚きを露わにする。立ち止まったエレインに釣られ、ヴィルハルトも足を止めていた。
「……何だ?」
「いや、その……あれでちゃんと人のこと理解してるんだなって……」
「五年程住み込みで修業したからな」
「……あの、ヴィルハルトさん」
エレインの中に、とある疑念が浮かんだ。
「さっきはあんなこと言ってましたけど、やっぱり――」
「それは関係ない」
彼にしては珍しく、遮るかの如く言葉を重ねてきた。
少し愉快になったエレインは、怒られるのを覚悟で追及することにした。
「いえいえ、勿論一番だなんて思ってませんよ? でも二割か三割ぐらいは――」
「確かにエカテリーナの存在が露見すれば、アイツらの名誉や生命に関わる。だが、そんな事は俺とは何の関係もない。その程度の些事で情報を隠すなどという事を俺がする筈がないだろう」
「……ふふ、じゃあそういう事にしておきます」
「……どうやら、トオガラシのサラダが食いたいようだな」
「えっ!?」
『トオガラシのサラダだけは勘弁してください』と涙目でヴィルハルトに懇願する羽目になったエレイン。
しかし、心の中ではヴィルハルトの人間らしさを見られたことの満足感が、強く刻まれていた。




