四日目、二 正体
ピンポーン。
「来たか.........」
今度は誰に化けてくる……?
『まだ生きているか、馬鹿孫』
それは、あの老婆の声だった。
「............っ!」
『待たせたな。早う出てこい』
俺は起き上がると、ゆっくりと玄関へ向かった。
「......あんたが偽物じゃないって、証明してくれよ」
『誰かが、わしの声を真似とると言うのか』
「そうだ!......ん、待てよ......声を、真似る……?」
......のぞき窓に止まったハエのせいで、俺は訪問者たちの姿を見ていない。俺は彼女たちの声を聞き、姿を想像していただけだ......。
『......そろそろ、気付きました?』
それは、茜の......化け物の声だった。
「……ッ、お前……!やっぱり偽物だったんだな!」
『ぷっ.........うふふっ......……』
「何がおかしい!俺はこのままここで助けを待つ!そうすりゃ、お前の負けは確定だ!」
『く、黒川さん、完全に信じちゃってる......。化け物なんて最初からいなかったんですよ。ただ、私が毎晩声を変えて、あなたを怖がらせていただけなんです』
「だ、騙されねえぞ!部屋から出られなくなったり、電気や水道が使えなくなったり、あげくの果てには部屋がぶっ壊れはじめたり......こんなの、普通じゃありえねーだろ!」
『何のことですか......?』
「だから、俺の部屋が......」
振り向いた俺は、驚きで言葉を失った。壊れかけていた部屋の壁は元通りになり、天井の照明は煌々と明かりを放っている。窓の外には、三日月が上っているのが見えた。
「あれっ......?」
『黒川さん.........まさか、恐怖で幻覚を......?ごめんなさい、ちょっとしたいたずらのつもりだったんですけど.........』
蛇口を捻る。水が出た。スマホを調べる。電波が入っていた。
「ど、どういうことだ.........?」
今までの四日間は何だったのか。なにが真実で、なにが幻なのだろう。俺は一体、何を信じれば……。
『私が信じられないなら、のぞき窓をのぞいてみたらどうでしょうか。化け物なんかじゃないって、わかってもらえると思います』
俺は言われた通り、のぞき窓をのぞいてみた。......扉のすぐ近くにいるらしい彼女の、かわいらしい顔の右半分が見える。
「全部......俺の思い込みだったのか……?」
『あの......気分を害してしまったのなら、本当にごめんなさい。最近暑くなってきましたし、声を使ってささやかな納涼体験を......と思ったのですが、見事に黒川さんが騙されてくれるので、段々楽しくなってきてしまって......つい、何度も続けてしまいました』
俺は半信半疑のまま、扉の鍵を差し、ノブを回した。
そして、何かあればすぐ閉められるようノブを握ったまま、ほんの少し扉を開ける。
「......ばあっ!」
隙間から、彼女の顔がのぞいた。......ブンブンとハエの音がする。
「ひいっ!」
俺の反応を見て悪戯っぽい笑みを浮かべると、彼女は言う。
「くすくす......涼しく、なりました?」
俺は安堵から一気に肩の力が抜け、その場にへたり込みそうになった。
「なんだよぉ......もおっ......」
くすくすと笑い続ける彼女の口から、なにかがこぼれる。
ぺちゃ、と湿った音を立ててコンクリートの床に落ちた白いそれは、うぞうぞと動き出した。
「な、なんだ......?」
それは、ウジ虫の塊だった。
俺が身体を動かすより早く、彼女は俺の腕を掴み、嬉しそうに言った。
「やっと開けてくれましたね」
恐怖のあまり身体が硬直してしまった俺は、無理矢理に顔を上げて彼女の顔を見る。
彼女の顔の左側はウジとハエに覆われ、頬の肉はごっそりと削げ落ちていた。左目があるはずの眼窩は空っぽで、その中いっぱいにウジが溜まっている。
「うわああああああっ!」
必死に腕を振り払おうとするが、彼女の力はすさまじく、全く歯が立たない。彼女に握られたところがじゅくじゅくと腐り始め、その傷口にハエたちがたかって肉を食い荒らし始める。
「いいいいだい痛い!!やめろおおおおおっ!!!」
「ああ......本当に素敵な味。こんなにたくさん穢れをため込んでいるなんて、黒川さん、あなたは本当に人間なの?」
「やだ、やだ、やだ!食うなああああああっ!!!」
ずるり、と音を立てて俺の腕の皮が剥け、俺は尻もちを付いた。手の中に残った皮付きの腐肉にウジをたからせながら、恍惚とした表情で彼女が言う。
「どんどん力が増していきます......あなたを食べ終わる頃には、あの忌々しい山神にも負けない力を得ることができるかもしれませんね......」
ただれ、腐りながら血を流す自分の腕を見たオレは、ほとんど発狂しそうになりながら絶叫した。
「ああ!ああ!俺の!俺の腕がッ!!」
べちゃり、べちゃりと音を立て、ウジの塊を落としながら、ゆっくりと彼女が近づいてくる。俺は四つん這いになって、無我夢中で逃げ出した。
「やめ、やめろ!助けてくれっ......」
「くすくす......あなたを見逃して、私に何の得があるんでしょうか?.........誰でも、自分が一番なんですよ、黒川さん。それは、妖怪も、人間も、変わりません.........」
部屋の隅で震える俺に、彼女は腐り果て、指のなくなった左手を伸ばした.........。
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