四日目、一 干し芋
気付くと朝だった。いつ眠ったのかすら記憶にない。全身が気怠く、特に胃のあたりには強い違和感があった。それがストレスのせいなのか、化け物の呪いのせいなのか、ろくなものを食っていないからなのか............それさえもうわからない。
憂鬱な気持ちで重たいまぶたを開ける。......天井が半分ほど剥がれ、中の赤さびた金網が剝き出しになっていた。金網の向こうには、終わりのない闇だけが見える。
「な......…」
それは、とてもこの世のものとは思えない、異質な光景だった。慌てて起き上がりあたりを見回すと、壁も床も同じように剝がれている。血のような赤錆と無限の闇に、この部屋は飲み込まれつつあるようだった。そして窓を見ると、外側から何か黒いものに塞がれ、全く明かりが差し込まなくなっていた。............近づいてよく見ると、それはおびただしい数のハエの群れだった。
「ひっ......」
ただ、不思議なことに......茜の部屋がある方の壁だけは浸食されておらず、元の姿を保っているようだ。
『起きたんですか』
「......っ!......その......昨日は悪かった」
『構いませんよ。人間......自分が一番なんです。......結局みんな同じ......』
「そ、そんなこと言うなって、茜......」
『..................壊れかけていますね、部屋』
「あ、ああ……一体何なんだ、こりゃ......」
『きっと......穢れが私たちを飲み込もうとしているんです。この金網が部屋中に広がったから、その時、私達は……』
「おいおい、縁起でもねえこと言うなって……」
『死ぬんですよ、私達。ここで』
「いやいやいや、きっともうすぐ助けが来るって。......ほら、そういやあんた、もうすぐ結婚する恋人がいるんだろ?そいつが心配して見に来てくれるさ」
『……来ませんよ、あんないい加減な人……。
ゲームのヒロインの音声データを渡したのはもう2年も前なのに、少しも製作が進んでいる様子がないの……きっともう飽きちゃってるんです。ゲーム作りにも、私にも……。
......…ええ、そうだわ、私がここで死んだら、きっと彼は喜ぶと思います。それとなく結婚のことを聞いてくる、面倒な女がいなくなって............』
「待て待て、そんなわけねえだろ。メンタルやられてるからそう思うだけだって。あんたの彼氏じゃなくても、待ってれば絶対に誰かが.....」
そこで俺は自分の発した言葉に引っかかるものがあり、ふと考えこんだ。
「……待つ?そういやあのババア、四日待てとか言ってたような......…。1,2,3,4……今日が四日目だ!おい、茜!今日さえ耐えれば、助けが来るぞ!」
『助け.............?どうしてそんなことがわかるんですか?』
「最初の夜に来たババアがそう言ってたんだよ!四日待ったら助けに来てやるって!」
『うふふっ............怪異の言ったことを信じるの?』
「いや、あいつはなんつーか......他の奴らとは違う気がすんだ。俺にバケモンが来ることを警告してくれたし、握り飯や瓢箪の水筒をくれたのだって奴だ。だからきっとあいつ、俺達の味方なんじゃねえかって気がするんだよ」
『そう.........でも、私のところには来ませんでしたよ、そんな人。.........きっと、助けてもらえるのは黒川さんだけですね......……』
駄目だ……こいつ、完全に諦めちまってる。励ますだけ無駄か。
と、彼女の部屋の方から、べりべりとなにかを剥がすような音が聞こえてきた。そして、穴から平たい赤色の何かが滑り込んでくる。.........拾い上げてみると、それは赤紫色の干し芋だった。
『半分こ.........ふふっ』
「おう.........あんがとな」
芋に付いたホコリを払い、きったねえなと思いながら頬張る。味は悪くなかったが、酷く筋張っていた。
「これ.........筋が多いな」
『祖母が育てたものなんです。市販品とは違いますから.........』
「そうか.........」
会話も弾まず、それきりお互いに黙り込んだ。ベッドに横になり、忍び寄ってくる空腹と不安に耐えながら、ただ時が過ぎるのを待つ。
ブウウン.........。
いつの間にか、部屋の中を数匹のハエが飛び回っていた。.........しかし、もう潰してやる気力も湧かない。
ぼーっと天井を眺めながら、今日助けに来るはずの、あの老婆のことを思い出す。
「あいつ.........なんで俺を助けてくれるんだ?.........やっぱり......山形のばーちゃんなのか?でも、きっと俺、ばーちゃんに嫌われてるよな.........」
中学の頃、俺は酷くいじめられ、不登校になったことがあった。その時に半年ほど、山形の祖母の家で暮らしていたことがある。山育ちで図太い彼女は俺の悩みを理解できなかったようで、いじめられたら倍返しにすればいいだけ、ここで強くなっていじめっ子たちをぶちのめしにいけ、と言い放った。そして部屋にいたいと希望した俺を無理矢理に外へ連れ出し、毎日野良仕事を手伝わせてきたのだ。俺はひたすら黙ってそれに耐えていたが、ある時とうとう我慢できなくなって、祖母を坂から突き落としてやった。その時の骨折が元で彼女は寝たきりになり、すぐ肺炎を起こして亡くなってしまった。
俺は悪くない。ただ祖母に教わった通り、彼女といういじめっ子を、ぶちのめしてやっただけだ。そして俺は中学へ戻ると、祖母の教えを守って、いじめっ子どもを二度と俺に逆らえないようにしてやったのだった。
.........思えばあの体験が、俺の生き方を決めたのかもしれない。誰かに優しくすること、思いやること、耐えること.........そんなことに価値などない。優しさとは弱みだ。人は、自分の為に生きるべきなのだ……。
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