三日目、二 百足
ピンポーン。
「......…......…」
ピンポーン。ピンポーン。
「......出るかよ......」
『おにいちゃん、遊びに来たよ』
少し舌足らずな幼い少女の声がした。
「幸子......?」
その声は、小さい頃に死んでしまった妹にそっくりだった。俺はふらふらと立ち上がり、玄関の前に立った。
『おにいちゃん、開けてー?一緒に遊ぼうよ!』
「いや……それはできない」
『その部屋……どんどん汚れていってるよ?早く外に出ないと、具合悪くなっちゃうと思う!』
「......確かに、日に日に状況は悪くなってってるが……今そっちに行ったら死ぬんだろ、俺。ここまで来たんだ、それくらいなんとなくわかるさ……」
『キャアアアアアアアッ!!』
と、隣の部屋から茜の絶叫が響く。普通ではないその声に、俺は壁に駆け寄って叫んだ。
「どうした!?なにがあった!?」
『虫が!む、ムカデがっ!!……い、痛いッ!!噛まれました!!』
「ムカデ……!?」
穴を覗き込むが、真っ暗闇で何も見えない。ただカサカサと、乾いた硬い何かがぶつかり合う音だけが聞こえてくる。
『黒川さん、助けてッ!!アアアアッ!!』
茜ののたうち回るドタドタという音が、虫の群れの立てる乾いたさざめきに飲み込まれていく。
『おにいちゃんにも、ムカデあげるね!好きだったでしょ?』
幸子の声と共に、郵便ポストになにかが投げ落とされる音がする。それは瞬く間に数を増し、郵便受けから溢れ、ボトボトと床に落ち、蠢きだす。
「やっやめろっ!俺はムカデなんて好きじゃないっ!」
『......動けないッ!あ……が......ッ!!』
向こうの部屋では、ぎりぎりと締め付ける音と、茜の苦悶の呻きが聞こえた。
『でも、私には何度もプレゼントしてくれたじゃない!嫌だって言ったのに!何度も噛まれたせいで、私、死んじゃったんだよ!』
「......ち、違う!ただのいたずらのつもりだったんだ……。ガキなんだから、アナフィラキシーとか、そんなの知るわけねえだろ!?殺すつもりなんてなかったんだよぉっ!!」
隣の部屋で、
ばきゃり、
と何かが折れる音が聞こえた。
『ギャアアアアアッ!!』
耳をつんざく悲鳴に、思わず肩がびくりと跳ねる。ムカデは郵便口からとどまることなく湧き出し、うぞうぞと俺の部屋を侵略していく。
「ど、どうせ幻だろ!?かかって来いよ!!」
と、足首に鋭い痛みが走る。見ると、いつの間にか一匹のムカデが脚に取り付き、這い上ってこようとしていた。
「うわああああああっ!!」
必死に振り払い、部屋の隅に逃げ込む。
『痛い!食べないでっ!!なんで......!なんでええええっ!!!』
茜の絶叫が響く。俺は震えながらしゃがみこみ、耳を塞いだ。
「終われ......消えろ……」
背中をムカデたちが這い上ってくる。
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だっ......……」
首筋にムカデの牙が当たるのを感じた。
「頼む……!神様......!」
突然、あたりが静寂に包まれる。ゆっくりと頭を上げ、部屋を見回すと、ムカデは影も形もなくなっていた。
『うふふふっ......…今夜も穢れがまた増した............』
扉の向こうで化け物が満足げに呟く。部屋を満たす暗闇がじっとりと重さを増し、絡みつくように迫ってくるような感覚があり、俺はひどい息苦しさを覚えた。
「くそっ......どうすりゃいいんだよ......」
俺は布団の中に逃げ込み、ただただ震えた。
足首の傷は、一晩中熱を持ってじくじくと痛んだ。
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