二日目、四 火事
『火事だーーーーーーッ!!』
「............っ!?」
大音声の叫び声に、俺は飛び起きた。
ピピピピピンポーン!!ドンドンドンドンッ!!
「な、なんだぁっ......!?」
『四〇四号室の黒川光男さん!?中にいますか!?上の階で火災が発生しました!今すぐ避難を!!』
凛々しい女性の声だった......しかし今は、切迫した焦りに上ずっている。
「マジかよ......!?」
扉の開かないこの状況で火の手が回ってくれば、蒸し焼き確定だ。俺は玄関へ走り、扉の向こうへ助けを求めて叫んだ。
「扉がぶっ壊れて開かねえんだ!!そっちから開けてくれ!!」
『何を言っているの!?鍵がかかっているだけよ!』
「はあ!?んなわけ......」
『早く!!開けなさい!!』
怒鳴られたので鍵を差し込み、回してみると手ごたえがあり、かちりと音を立てて鍵が外れた。
「あ、あれ......?」
ノブを握ってひねる。すんなり動く。早く外へ出ようと、俺は扉を前に押し開く......
「待てよ……」
......その寸前、違和感に気付いた。
「なあ......なんでこんなに静かなんだ?」
『............どういうこと?』
「火災報知器の音、聞こえねえんだけど」
『故障中なのよ!だから何!?』
「だとしても......他の奴らの声も足音も聞こえないのはおかしいぜ。もし本当に、火事が起きてるならな」
『他の住民はとっくに避難したわ!暢気に寝ていたのはあなただけよ!』
「信用できねえ……お前、昨日のあいつの仲間なんじゃねえのか……?」
『何を訳の分からないことを......』
唐突に爆発音が響き、部屋が軽く振動する。
『きゃあっ!?』「な、なんだ……!?」
『まずい…......…バックドラフト現象よ!この階にも急速に火の手が回ってきているわ!今すぐ逃げないと間に合わなくなるわよ!』
「その手はくうかよ......!」
……と、遠くから、パチパチと焚火のような音が聞こえてきた。
「な、なんだ……?」
その音はあっという間に近づいてきたかと思うと、同時に焦げ臭いにおいが漂ってきた。
「う、噓だろ......」
ドンドンドンドンッ!!
『早く!早く開けなさいッ!』
「まさか、本当に火事なのか............!?」
『くっ......もう逃げられない......!お願い、中に入れて!また助けてくれないの!?』
「え......あ……」
俺は何を信じればいいのか分からなくなり、たまらず叫んだ。
「し、知らねえよ!!そんなに入りたいなら、お前が開ければいいだろ!?」
ドンドンドンドンッ!!ドンドンドンドンッ!!
『助けて!!入れてッ!!ああ、熱いぃぃッ......!!』
扉から熱を感じた。いやな予感がして手で触れてみると、あまりの熱さに反射的に手が引っ込んでしまった。扉の下から真っ黒な煙が入り込んできて、俺は思わず後ずさる。
ドンドンドンドンッ!!ドンドンドン......。
『……アアッ!!嫌ッ!!顔が!顔が焼けるッ!!ギャアアアアアッ!!』
凄惨な絶叫と、彼女がのたうち回って壁にぶつかる音が聞こえる。
「やめろ......もうやめてくれっ......!」
俺は頭を抱えて屈みこみ、ただ恐怖に震えるしかなかった。
ドン............コッ...........。
ついに、ノックの音がやむ。どさり、と滑り落ちるような.音がして、あとは炎の音だけが残った。あまりに生々しい一連の音に、恐ろしい考えが脳裏をよぎる。
「......も、もしかして俺、人を......」
「い、いや......そんな訳ない、これは全部幻......存在しない」
「......する訳がねえんだ……っ!」
俺の言葉をあざ笑うかのように、熱と煙は迫ってくる。窓から逃げようとしたがどうやっても開けることができず、追い詰められた俺は死を覚悟して目を閉じた。
『また失敗、ですか。......でもこれで、ケガレがまた一つ......』
静かになった扉の向こうで、化け物の呟きが聞こえた。
目を開くと、熱も煙も嘘のように消え失せていて......残ったのは、さっき扉に触れた右の手のひらの、焼けるような痛みだけだった。
『ケヒヒヒヒヒヒ......』
・・・・・・
......高校の頃、あんな風に凛々しい声の先輩がいた。軽音楽部の部長で、バンドのボーカルでもあった。同じ部員だった俺は、気が合って付き合うことになったのだが.....ある日、校庭にある倉庫の中でイチャコラしていたら、俺が捨てたタバコの火のせいで火事が起きた。慌てて逃げようとしたが、知らぬ間に入り口に鍵がかかっていた。先輩は俺を肩車し、高いところにある窓から俺を逃がして、助けを呼ぶように言った。
だが俺は、怒られるのが嫌でそのまま逃げた。
結果、先輩は見つかるのが遅れ、顔にひどい火傷を負ってしまったらしい。......らしい、というのは、気まずくてその後部活に行かなくなったからだ。
まあ......苦い青春の思い出ってやつだな......。




