二日目、一 隣人
「ん……」
翌朝、短い眠りから目が覚める。ほとんど眠れなかったせいか、酷い頭痛がした。
「なんだったんだ、昨日のは……」
悪い夢でも見たのだろうか。
「そうだ……夢に違いない。訳の分からないボケババアに、彼女のふりをした頭のおかしな女......そんなもんが、一晩にいっぺんに来てたまるかよ……」
コンビニに朝飯を買いに行こうとベッドから出たオレは、ふと足元のゴミ箱を見た。
「……っ」
そこには竹の皮の小包みと、瓢箪が捨てられている。
「くそっ、なんなんだよ……」
俺はそこから目をそむけると、逃げるようにして玄関へ向かった。
「あ、あれっ……」
鍵を開けてドアノブを回すが、玄関のドアが開かない。両手でノブを握り強く力を込めても、ドアはまるで外側から固定されているかのようにぴくりともしなかった。
「おいおいおいおい……!」
ノブを回しながら扉に肩を付け、渾身の力でドアを押す。結果は変わらない。
出られなくなった。
心臓がばくばく鳴り始め、俺は躍起になってドアノブを回し、ドアを押し、蹴りつけた。
「はあっ、はあっ、はあっ……ちっくしょうっ!!」
俺はズボンのポケットから電話を取り出し、友人に助けてもらおうと電話をかける。
「つっ、繋がらねえ……!」
画面の隅には、『圏外』と表示されていた。
「ありえねーだろ……一体、何が起こってるんだよ……」
俺はドアに張り付き、思い切り叩いて音を出しながら、あらん限りの声で叫ぶ。
「誰かドアを開けてくれ!!閉じ込められてるんだ!!誰か――――ッ!!!開けてくれ!出してくれ――――――ッ!!」
「はあっ、はあっ、はあっ……」
「助けてくれぇ…………」
俺はドアに額をこすり付けたまま崩れ落ちた。酷使した喉がひりつく。硬い金属の扉に何度も叩きつけた右手の小指がちぎれるように痛む。……このまま、ここで死んでしまうのか。
『あの……』
聞き覚えのある美しい声に、ぞわりと鳥肌が立つ。
「ひっ……!」
思わず俺は壁に身を寄せ、頭を抱えた。
『あの......!もしかしてあなたも、出られなくなったんですか!?』
「あなた『も』............?」
よく聞くと、その声はドアの向こうではなく、壁の向こうの隣の部屋から聞こえていた。......それに、昨夜のような不自然な馴れ馴れしさも、得体の知れない悪意と狂気も感じられない。ただ俺と同じように追い詰められ、必死に助けを求めているような様子だ。俺は迷った後、思い切って声を返してみた。
「あんた......誰だ?」
『あ……私、四〇三号室の九条です。お隣さん......ですよね?』
「おう。黒川だ」
『ゴミ捨てに出ようとしたら、扉が開かなくて......どうしてか電話もつながらないし、困っていたんです』
「俺も……同じだ。これなんなんだ?一斉に玄関のドアが壊れたってことかよ?」
『さあ……そんなこと、あるんでしょうか......?』
「......な、なあ。変なこと聞くけど……昨日の夜、あんたのとこに変なやつらが来なかったか?桃太郎に出てくるみたいな恰好したババアとか、あ、あんたとそっくりな声をした女とか......」
『え……?いえ、特には何も……』
「そ、そうか......。まあなんにしろ、仲間がいるってわかってよかったぜ......」
『そうですね......私も、少し安心しました』
「けどよ......このまんまじゃ俺達飢え死にだ。どうにかして外に出る方法を見つけねえと......」
『あの……私考えてたんですけど、窓を割るのはどうですか?本当はよくないけれど、緊急時ですし、それに......』
「......っ!そ、それだ!」
俺は彼女の話を最後まで聞かずに窓の方へと駆けだす。正方形の窓の向こうには、通勤ラッシュで気ぜわしく道路を行き交う車や、その向こうの人気のない公園、それを囲むように並ぶ高いビルが見えた。俺は木製のイスを掴んで振り上げると、それを思い切りガラスへ向かって投げつけた。
ガラガラガランッ!
「なっ......!?」
窓にぶつかったイスが、大きな音を立ててバラバラに砕ける。駆け寄って調べてみると、ガラスには傷一つ付いていなかった。
「う、嘘だろ......?」
『もしかして......割れませんか?』
「それどころか......傷一つつきやしねえ。おかしいぜこれ......」
『やっぱり......そうなんですね。開けることもできなかったから、もしかして、とは思っていたんですが……』
「開ける……?ああそうか、先にそっち試せばよかったな......」
『これって......普通じゃないですよね?何か、超常的な力が働いている気がします』
「心霊現象ってことか?......確かに、そうかもな。昨日の夜から、常識じゃ説明が付かねえことが起きすぎてる......」
『一体、何が原因なんでしょうか......』
原因……おかしなことの始まりは、あの老婆だった。神無月がどうとか、さばえなすが襲ってくるとか、訳の分からないことを言っていたが......。
「......なあ、神無月ってなにか知ってるか?」
『はい......?ええと、10月のことですね。出雲大社に全ての神様が集まるので、他の地域では神さまのいなくなる月、ということでそう呼ばれるようになったそうです。そう言えば……今日はちょうど10月の初めですね。でも、それが……なにか?』
「いや......昨日の夜、おかしなババアが来て、神無月になるからさばえなすが襲ってくるとかどうとか言っててよ……あの時はボケてんのかと思ったけど、もしかして、今こうなってることと何か関係があるんじゃ......」
彼女はしばらく考え込むように黙ったあと、静かに言った。
『神様がいなくなった隙を狙って、なにかよくないものが襲ってきた......ということでしょうか』
「でもよ......それじゃ10月になるたびに変なことが起きてねえとおかしくね?なんで今年だけ急に......」
『そうですね......なにか、他に原因があるのかもしれません。......あの、お互い部屋の中をよく調べてみませんか?何か、身に覚えのないものが見つかったりするかも』
「こ、こええこと言うなよ......。でもまあ、そうだな......他にやれることもねえし......」
部屋の中を調べる。備え付けのベッドとテーブル、そして先ほどバラバラになったイスの他には、財布やスマホの入ったショルダーバッグと、ゴミ箱くらいしか置いていない殺風景な部屋だ。
「……なんか食いもんでも入ってねぇかな......」
ショルダーバッグをひっくり返し、中身をテーブルの上にあけてみる。......しかし、出てきたのは財布にスマホ、バッテリー、駅前で押し付けられたティッシュにコンビニのレシート、2,3週間前に飲みかけて放置したペットボトルのメロンソーダ、そして底にたまっていたホコリだけだった。
「クソっ、ロクなもんが入ってねえな......」
苛ついて思わず舌打ちする。......と、視界に入った壁に、なにか違和感があった。
今までショルダーバッグを立てかけていた壁の後ろに、こぶし大の穴が開いている。近づき、しゃがんで確かめてみると、穴のふちから尖った壁板が生えていた。工具を使って空けられたきれいなものではなく、思いきり殴ってぶち抜いたような感じに見える。
「............なんだ、この穴............?」
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