【言霊】4-24
結論から言ってしまえば、それは彼女の圧勝であった。
ブレンダはまず最初に一言だけ言葉を発した。
《時早遅動》
またしても漢字を組み合わせた“イメージ”がコバヤシの脳裏にずずっと入ってくる。彼女が使う“古代魔法”とやらは全部こんな感じなのだろうか、、
そんなことを一瞬考えると、そこで彼はあることに気がつく。
…これは、、
周囲の動きが、全て静止している。いや、ブレンダは普通に動いている。しかし彼女と自分以外がまるで止まってしまったかのように停止しているかに見える。
自分が全力で移動した時に見える現象と少し似ているなと彼は思う。
しかしあれは自分が全力で動いている時だけだしな、、
彼の後ろではリーシアも固まっているかのように止まっている。
「やっぱりキミには大丈夫みたいだね」
するとこの静止した世界の中でブレンダがこちらに話しかけてくる。口元にはわずかな笑みが見える。
「…これもあなたの魔法なのか」
コバヤシがそう尋ねると彼女はゆっくりと頷く。
「でもこれ、完全に時間を止めているってわけじゃなくてね」
実際にはゆっくりとだけど動いているんだよ
「あまり長い間使えるわけでもないし」
彼女は説明するように続ける。
「だからちゃっちゃと終わらせちゃおう」
まるで掃除を始める時のような文句で、この魔女は次なる魔法を唱えるのだった。
・・・
《気失体不》
あいかわらず“イメージ”だけは分かるものの、コバヤシには彼女の使う魔法の内容までははっきりとは分からなかった。
「…さて、これでよし、と」
ブレンダはそう言うと指をぱちんと鳴らす。
どさどさっ
するとまるで止まっていた時が急に再び動き出したかのように、他の人間たちが動き始める。といっても、ブレンダが指を鳴らした直後にシエナ嬢とゼル爺の二人はばたばたと倒れていってしまったのだが、、
コバヤシはふと後ろにいるリーシアを確認すると、彼女はぽかんとした表情でその瞳をぱちくりさせながら、目の前で起きた状況に驚いているようだった。
おそらく彼女にとってはあたかも一瞬の出来事のように感じたのかもしれないなと彼は考え、再びブレンダのほうへと視線を戻す。
ブレンダはセイドウの元へとゆっくりと近づいていく。
彼はいまだ全身の力が抜けた人形のごとく、前のめりにだらんとした体勢のままその場に立っていた。
彼女はそんな勇者の傍まで近づくと、また別の魔法を唱える。
《解呪解止》
セイドウにかざした彼女の手がぼんやりと白く光る。
ブレンダはその手を彼の顔辺りにかざす。するとセイドウの身体がかくんと、一瞬力が抜けたようにその場に倒れこみそうになるが、それを彼女が片手で支えた。もうその手には光を宿していないことにコバヤシは気づく。
「……う、、」
ブレンダの腕に抱かれている形となったセイドウが、意識を取り戻したの声をもらしている。
「セイドウさん大丈夫でしょうか、、」
それを見たリーシアがコバヤシの後ろで少し心配そうに呟く。
おそらくは大丈夫だろうと思うが、、
コバヤシはそれよりも、彼の“今後”についてのほうがはるかに問題山積みのように思えてならなかった。
倒れている二人、ゼル爺とシエナ嬢を横目に見ながら彼は思う。
彼らは彼らで生きているのだろうか、、
外傷などは特に見られなかったが、コバヤシにはブレンダの使った“魔法”がどんなものかはまったっくわからなかったので、倒れている二人が現在どういった状態なのか判断がつかなかった。
まぁ死んではないかとは思うが、、
ブレンダがこの二人を殺したとは、コバヤシにはなぜか思えなかった。
「大丈夫、別に殺してはいないよ」
こちらの視線に気づいてか、彼女はそんな台詞をぽつりと呟く。
それを聞いてリーシアさんは少しほっとしたように息を漏らす。
その時、セイドウがようやく目を覚ましたようで、ふらふらとブレンダから離れながらも一人で立ち上がる。
「セイドウ、大丈夫か」
コバヤシはそんな彼に向かって声をかける。
「……あぁ、、」
彼は地面へと転がっている自分の付き人二人をぼんやりと見つめていたが、こちらに対してはっきりと返事を返す。
「何が起きたのかは、理解しているかな」
そして今度はブレンダが、この勇者に向かってそんな問いをかける。
「……」
彼はしばらくして、ただこくりと静かに頷くのだった。
いったい彼は今どんな気持ちなのだろうかとコバヤシは少しばかり考える。
そして次にブレンダの方を少しだけ見る。やはり彼女が言っていたことは事実だったのだと、コバヤシは少し前の会話を思い返す。
「それで、これからキミはどうする」
彼女はその灰色の瞳を、目の前の勇者へと向ける。そこからは彼女が何を考えているかを読み取る事は出来なかった。
「…俺は、、」
セイドウはそこで言葉を止める。だがすぐに彼は再び話を始める。
「…俺は、これから少し、一人で各地を旅してみようと思う、、」
もう一緒には行動も出来ないしな、、
彼は、地面へと倒れている二人のことをしゃがみこんで見つめながらそう告げる。その口調には寂しさを感じさせるものがあったようにコバヤシには思えた。
たとえ裏切られたのだとしても、すくなくともこれまで“仲間”であった二人に対して少なからず思うところがあるのだろう。
「ずいぶんと、迷惑をかけた」
彼はそう言うと、こちらに深々と頭を下げる。こういう仕草は彼の“日本”でも同じなんだなと、コバヤシはそんなことを少し場違いながらにも思いながら考えてしまう。
「こんなのは、本当に些細な事だよ」
キミがそう言うならボクは何も止めやしないさと、ブレンダは彼の方へわずかに微笑みかけながら言う。
セイドウは彼女に対して「ありがとう」と小さく言ってから今度はコバヤシとリーシアのほうへ改めて向き直る。
「キミたちにも、本当に迷惑をかけた」
彼はそう言ってから、こちらに重たそうな皮袋を差し出してくる。どこからともなく突然と出てきたので、これも“アイテムバッグ”から取り出したのだろうとコバヤシは思った。
「これは、今回渡す事になっていた“謝礼”だよ」
どうか受け取ってくれと言いながらこちらに手渡してくる。それはずっしりとした中々の重さなものであった。
「本当にこんなにもらってもいいものなのか、、」
コバヤシはその袋の重みを確かめながらもセイドウへ尋ねる。
正直、今回の依頼で自分が何かしたかと聞かれれば、そこまで働いたとは言えない気がしてならないコバヤシである。
「いいんだ、受け取ってくれ」
しかしセイドウはそんなこまるで気にしていないかのように笑いかけながら言う。
そんな彼に、これからどこに向かうつもりなのかと、コバヤシは気なったことを尋ねてみると、
「そうだな、、」
するとセイドウは少し遠くを見るような目つきになりながらも、何かを考えているかのようにこう続ける。
「とりあえずは、自分のこの目で、殺せって言われていた“魔王”とやらを見に行くさ」
もちろんそんなのがいるのだとしての話だけどな、
「元の世界への“帰り方”が分からないってのもあるけど、」
もしこのまま前の世界に帰っちまったなら、
「俺のじいちゃんに、怒られちまうよ」
彼はそう言って、にかっと笑う。
・・・
「この二人に関してはボクに任せておいてくれ」
なに、悪いようにはしないよと、ブレンダは地面に転がっているセイドウの元付き人たちを指しながら言う。
セイドウは改めて彼女に御礼を言うと、あの“石のアーチ”へと向かっていく。今ではそのアーチは開かれており、まるで“扉”のように向こう側の景色がはっきりと見えている。
これもこの彼女が使う魔法によるものなのだろうかと、コバヤシはちらりとブレンダの方を見ながらそんなことを考える。
その割には魔法の詠唱のようなものは聞こえなかったが、、
彼女は旅立つセイドウに何やら指輪のようなものを渡している。どうやら彼女が作り出したオリジナルの魔法道具とのこと。
「それじゃ、キミたちも元気で」
セイドウはブレンダに別れの言葉を言うとこちらにも挨拶の言葉を告げる。
「またいつか、どこかで」
コバヤシとリーシアの二人がそれぞれ彼に挨拶をすると、セイドウはそんなことを言ってアーチの向こう側へと歩いていく。
「さて、と」
キミたちは、どうするかい?
開かれたそのアーチを背に、ブレンダはこちらへと尋ねるのだった。




