第9話 動き出す、それぞれの放課後
翌日の放課後は、朝から落ち着かなかった。
由美子さんは、穂乃香のお母さんに会いに行っている。天音は教室で、これまでに集めた資料を整理している。蓮さんは、玲司の周りの動きを探ってくれている。
みんな、自分にできることをしていた。僕だけが、何もできずに待っている。その焦りが、じりじりと胸を焼いた。
スマホが震えた。蓮さんからだった。
『さっき部室で、玲司が三浦に指示してるのを聞いた。今日の放課後、三浦が穂乃香に会って、悠真のことを吹き込むつもりらしい』
「……穂乃香に、何を吹き込むつもりだ」
穂乃香がこれ以上追い詰められたら、今度こそ、本当のことを話せなくなるかもしれない。それが、何よりも怖かった。
◆美波・三浦side◆
「美波、昨日のことなんだけど」
放課後の教室で、御堂玲司は、いつもの穏やかな笑顔で言った。
「今日、三浦が穂乃香と話すことになってる」
水泳部の美波は、僅かに眉を寄せた。
「……また? 穂乃香、もう結構きつそうじゃん」
「仕方ないよ。穂乃香はまだ混乱してる。誰かが話を聞いてやらないと」
玲司の声は、いつだって優しい。
「それでさ。三浦だけじゃ難しそうだったら、少し手を貸してほしいんだ」
「……私が?」
「美波なら、安心して頼めるから」
その一言で、胸の中が小さく弾んだ。玲司に頼られている。自分は、玲司に必要とされている。
言いたいことははっきり言う性格のせいで、周りからは「ちょっと怖い」と言われる。そんな自分が、ずっと隠してきた気持ちを、玲司はきっと知らない。知らなくていい。頼ってもらえるだけで、よかった。
「……しょうがないな。分かったよ」
「ありがとう」
それから、美波は、ずっと引っかかっていたことを口にした。
「なあ。悠真って、本当にそんなことするヤツなの? はっきり教えてよ」
玲司の笑顔が、一瞬だけ止まった。本当に、瞬きほどの一瞬だった。
「僕も、最初はそう思いたくなかったよ」
悲しげな声だった。
「でも、いろんなことが重なってる。穂乃香が怯えてるのも事実だし、周りから聞いた話もある」
「……そう」
「お前は、僕を信じてくれればいい」
胸の奥に、うまく言葉にできない引っかかりが残った。けれど、「信じてくれ」と言われた嬉しさが、それをあっさり上書きしてしまう。
「……分かった。玲司を信じる」
それは、彼女が自分で決めたことだった。
*
放課後の屋上。
三浦恒一は、給水塔の影で、穂乃香と向き合っていた。人目のない場所を選んだのは、玲司の指示だ。
「穂乃香……ちょっと話があるんだ」
三浦は、玲司から渡された言葉を並べていく。自分の言葉じゃない。借り物の台詞を口にするたび、喉の奥がざらついた。
穂乃香は俯いたまま、動かない。
「悠真のことなんだけど……」
その名前に、彼女の肩が震えた。
三浦の言葉が詰まる。怯えさせているのは、自分の言葉だ。罪悪感が、ちくりと胸を刺す。けれど、玲司には逆らえなかった。
そこへ、靴音が響いた。
「三浦、どう?」
美波だった。
「まだ、あんまり話せてない」
「ふーん」
美波は穂乃香を見下ろした。
「穂乃香。ちゃんと聞きなよ。三浦がせっかく話してくれてんだからさ」
穂乃香の体が、さらに強張る。
美波は、戸惑った。玲司は、穂乃香のためだと言っていた。だから、これでいい。そう思おうとした。
けれど、怯えきった穂乃香の顔を見ていると、小さな違和感が、胸に居座った。
――私は今、この子を追い詰めているんじゃないだろうか。
「……なあ。これ、本当にこれでいいのかな」
思わず、声に出ていた。
「何?」
「……いや、なんでもない」
言葉にしてしまったら、玲司を疑うことになる気がして、怖かった。




