第5話 中立の先輩
天音から兄の返事を聞いたのは、翌朝のことだった。
「お兄ちゃん、会ってくれるって。お兄ちゃんは、まだ悠真くんのこと、何も決めつけてないよ」
天音はそう言って、少し困ったように笑った。
「でも、悠真くんのことを信じてるわけでもない」
その言葉は、思っていた以上に胸に刺さった。まだ僕は、信じてもらえていない人間なのだと、改めて突きつけられた気がした。けれど、当然だと思った。
僕だって、もし立場が逆だったら、人からの話だけを聞いて簡単に人を信じることはできない。そう自分に言い聞かせて、痛みを飲み込んだ。
「お兄ちゃん、同じサッカー部の玲司くんのことを、全面的に信用してるわけじゃないみたい」
「そうなんだ」
「だからって、悠真くんの味方になってくれるとも限らないけどね」
天音はそこで言葉を切った。
「ただ……お兄ちゃんは、人を見る目はあると思う」
その言葉を聞いて、僕はしばらく考えた。僕に残されているものは何だろう。
証拠はまだ足りない。
僕が何を言っても、今まで僕を信じていた人たちでさえ、僕の言葉を疑っている。言葉には、もう力がない。その事実を認めるのは、悔しかった。
なら、言葉以外で伝えるしかない。
「天音」
「なに?」
「ありがとう。会うよ」
天音が、僕の顔をのぞき込んだ。
「……何を話すの?」
「……僕という人間を見てもらいたい」
言い終えてから、指先が冷たくなっていることに気づいた。また拒絶されるかもしれない。これ以上、傷つくのは怖い。それでも、何もせずに待っているほうが、ずっと怖かった。
天音はしばらく僕を見つめていた。やがて、小さく息を吐く。
「分かった。今日の昼休み、渡り廊下で待ってるって」
その日の昼休み、僕は蓮と会うことになった。
*
渡り廊下の先。
グラウンドへ向かう途中の場所に、一ノ瀬 蓮は一人で立っていた。
サッカー部の練習着。
手にはスポーツドリンク。天音と同じ目元をしているが、その表情は妹よりずっと硬い。僕が近づくと、蓮はこちらを見た。
「……お前が、悠真か」
「はい」
掌にじっとりと汗が滲んでいた。
「天音から話は聞いてる」
それだけ言って、蓮は僕をじっと見た。その視線には、同情も敵意もなかった。ただ、僕を観察している。
値踏みされている、と思った。一挙手一投足が、判断の材料にされている。逃げ出したい気持ちを、必死で押さえつけた。
「先に言っとくけどな」
蓮が口を開いた。
「俺はお前の味方じゃねえぞ」
僕は黙って聞いた。
「中立だ」
「はい」
「玲司のやり方が気に入らねえ。それだけだ」
蓮はグラウンドの方を見た。
「俺はサッカー部で玲司を見てきた。あいつは勝てる相手には愛想がいい。逆に、自分にとって邪魔になる相手には容赦がない」
そこで蓮は僕を見る。
「だから、玲司を疑う気持ちはある」
「……はい」
「でも、それとお前が無実かどうかは別の話だ」
その言葉に、僕は頷いた。悔しさはなかった。むしろ、誠実な人だと思った。感情で決めつけず、線を引いてくれている。
「分かっています」
蓮は少し意外そうな顔をした。
「反論しねえのか?」
「僕が何を言っても、蓮さんには判断する材料がないと思うので」
「……なるほどな」
蓮はペットボトルのキャップを指で弄んだ。
「じゃあ、どうする?」
僕は、迷った。
頭の中で、何度も考えた言葉がある。それを口にしたら、笑われるかもしれない。けれど、他に方法はなかった。
そして、思い切って言った。
「蓮さん」
「ん?」
「僕と、サッカーで勝負して下さい」
「……は?」
蓮の眉が上がった。
「サッカー?」
「はい」
「お前、サッカーできんのか?」
「得意ではありません」
「だったら、なんで俺に勝負を挑むんだよ」
僕は蓮の目を見る。
「僕という人間を、行動で見てほしいんです」
蓮は黙った。
心臓の音が、うるさいほど耳に響いた。しばらく沈黙が続いた。やがて蓮は、ふっと息を吐いた。
「……変な奴だな、お前」
「よく言われます」
本当は、そんなこと一度も言われたことはない。虚勢を張った自分の声が、少し震えていた。
「いいだろ」
蓮はボールを一つ取り出した。
「放課後、グラウンド裏のコートに来い」




