0-10「案件受付所」
以前、異次元空間で入手した呪具。それは刀身が青と黒に染まり、何か文字を刻んでいた。
これと契約すれば私は晴れて所持者となる。だが、これを扱う際に必須な諸注意を翔介さんに聞いてもらっていた。
「なるほど。その呪具は契約した者に不利益を与えつつも絶大効果を発揮するんだね? 確かに呪具としては一般的かも知れない」
翔介さんでも呪具を使った経験は少ないと聞いた。やはり、自身に加わる代償を抱えながら戦うのは至難の業。それを私が扱おうとしていることに疑問があったみたいだ。
「これは使うのかい? 香奈には負担が大き過ぎる気がしてならない。全く総監部は何を考えて託したのか分からないんのだが」
少しだけ同感だ。まだ経験な浅い私が扱おうとして良いのか不思議でならない。けど、本当は私で良かったなんて思ったりもしていた。何故ならいち早く強くなる近道だからだ。
「私も同感です。しかし、いち早く昇級して多くを救いたい。その気持ちを抱いた時から代償は覚悟できています。ただ、本当に良いのか判断しにくいです。一体どうすれば?」
心がモヤモヤする。まるで心が霧に覆われたような不安と焦りが入り混じった。それが使おうかどうか思い悩ませる理由でもある。
それを瞬時に悟った翔介さんが契約時の問題点を簡潔に述べた。淀んだ心を明るい光が導くような救いになる。
「契約は結んでも基本的に解約できる。特に香奈が入学した呪具は大して解約を強制する代物でもない。けど、明らかに代償は過酷を予測させるものだろう。それでも契約するかい?」
正直、蟠りはあった。だが、後に引けそうもない関心が決心を抱かせる。
「はい。一度試してみたいです。それでダメなら解約します」
「分かった。取り敢えず後悔しない選択をお願いするよ。じゃあ、始めよう」
総監部から契約は翔介さんに頼めば良いと言われていた。それで翔介さんを尋ねている。翔介さんが休日なのにも関わらず、相手してもらったことは感謝でいっぱいだ。今後は感謝の気持ちをプレゼントで返したいと思った。
ただ、契約自体は私の未来を大きく左右してしまう大事な選択だ。これを結んでしまえば過酷な道に踏み入れることになる。それを知らずに私は契約を結んでいた。
「実際には怨霊を式神として契約するのは不可能なんだよ。けど、この呪具は怨霊より怪奇に近い存在みたいだ。だから、ちゃんと契約できる。それでも見た時に感じ取れる力は絶大な呪縛を宿している。これだと呪縛までは抑えられないな」
翔介さんが契約準備を施してくれた。まだ私は学ぶことが沢山あるのだと自覚する。準備が整った時点で契約を始めた。
「さぁ、式神として契約を求むもの。その姿を晒し、汝この少女に誓いたまえ!」
いきなり渦巻き始めた黒い煙が形を成す。それは以前の一戦で相手した怨霊だった。そいつと契約する覚悟をもう一度心に持ち直しておく。
ただ、不穏で不気味な気配を漂わせていた。あまりにも怪しげな怨霊である。けれど、未来で私を強くしてくれるならば、契約して欲しい気持ちが強かった。
呪縛による支障は覚悟している。だが、さらなる修行で呪縛を耐え得る体に仕上げてみせたかった。
「それじゃあ契約を始めよう。香奈は式神となるものに近づいて手を差し出しなさい」
「こうですか?」
私が手を伸ばしてみた。意味は間違っていないはずだ。これで違っていたならどんな意味だったのか理解できていないかも知れない。
ただ、私の行為は間違っていなかった。ちゃんと意味が通じていたからこそ、契約は進行したんだと思う。
「ここに“契約の印”を示せ!」
翔介さんが告げた一言で手の甲に紋章が浮かび上がる。これは後から聞いた話だと【契約印】と呼ばれるものらしい。これを刻んでいる間は主人であると言う絶対的な証だった。
「取り敢えず契約は終了したよ。後は好きなようにしなさい。俺はこの後で任務があるから見てあげられない。もし良かったら火華に連絡しておこうか?」
「え、本当ですか! お願いします!」
「あいつの連絡先を教えてやる。今度から自分で連絡してみると良いよ」
この後、火華先輩を呼び出してもらった。火華先輩は偶然にも自らを暇人だと言って感謝して来る。感謝したいのはこっちの話だった。
取り敢えず火華先輩と有名なラーメン店で待ち合わせている。どうやら火華先輩のお勧めラーメンが食べられるみたいだ。それと昼食を済ましておきたいと希望されて待ち合わせていた。
私は汚れても良い服で訪れる。先に到着したのかと思いきや店内には想像より早く火華先輩が姿を見せた。
「お、香奈じゃん! 到着が早すぎるだろ。もっとゆっくり来れば良いのに」
「すいません。待たせちゃいけないと思いまして」
「良いから隣に座れ。今日は奢ってやる」
「お言葉に甘えさせてもらいます」
何だか頻繁に奢ってもらうことが増えた。後でお返しするつもりで現状は甘えてみようと思ったからである。それに火華はやけに嬉しそうな表情を浮かべていた。
ちょっと早めの昼食を済まして店から出る。次は訓練場に行くのかと思ったが、それより先に火華先輩から寄り道をせがまれた。
「ここだよ。ちょっと手を合わせておきたくてさ」
「お墓ですか。誰か大切な方が亡くなってしまったんですね?」
「あぁ。私を指導してくれた師匠だ。彼は本当に素晴らしい方だったんだよ」
「へぇ……」
火華先輩が真剣に手を合わせる。しばらく沈黙が続き、終わった頃には訓練場を目指した。
何となく墓参りした後の火華先輩は瞳が輝いて見える。その眼差しには何か誓いのような決心が窺えたのは気のせいだろうか。
そして訓練場に到着。すぐ打ち合うことが決まり、互いに構えながら向かい合った。相変わらず火華先輩は隙が見当たらない。これだと打ち込みにくかった。
「今回は術式解禁試合でどうだ? この前、香奈は初任務を遂行して来たんだろ?」
「良いんですか? 速度調整可能な術式ですよ?」
「面白い。俄然やりたくなった!」
「了解です。では、術式を使わせて頂きます」
両者が同意したことで術式は使えることになった。いつも火華先輩とは勝利を分けて来た。けど、術式ありならば自信は十分だ。
「始め!」
一気に術式で攻め込もうと二歩目から術式を使った。速度を上げて攻めていく。上昇した速度で攻め込んだ瞬間に火華先輩は宙に逃げた。
「あははっ! 空中に逃げたら届かないだろ!」
「えっ⁉︎ 空を飛んでる⁉︎ それが火華先輩の術式ですか?」
「宙を歩く霊術【空中歩行】だよ。これはほぼ無条件で空中を歩けてしまう術式でさ。多分、スピードで押し切って来るだろうと空中に逃げる準備はしていた」
「なるほど! さすがです……!」
そして火華先輩が降りて来る。彼女は一言だけ私に告げ直した。これから行いたいことについて訂正する。
「これから怪奇討伐依頼を受けよう。私はよく案件を頂いて来たら個人で怪奇を相手するんだ。香奈にも教えてあげるよ」
「ええっ⁉︎ そんな方法があったんですか?」
「そっか。やっぱり翔介は教えてなかったんだな。あいつは結構頻繁に依頼が来るから忘れてやがるのか?」
「是非教えてください!」
「分かったよ! じゃあ、行こうか?」
私は火華先輩に案件の受付場所を目指した。そこまではタクシーで向かう。私でも簡単に受けられると教わってワクワクしていた。
ようやく目的地に到着。そこは大きな館が巨門を構えて建っていたんだ。いつでも私たちを歓迎しているかのような雰囲気が漂う。
「ここで公認案件を受けられる。もちろん受けた案件は公安術師協会に通達されるから丸分かりだよ。けど、そこが安心点だとも言える」
「へぇ〜」
「行こう。早くしないと日が暮れちゃう」
私は火華先輩を後ろから追いかける。先頭に立って歩く火華先輩の背中を見つめて昔を思い出した。それは斑斗との思い出である。
––––ちゃんとついて来いよ。絶対に離れるんじゃねぇ。
その一言は今も胸に残っていた。凄く温まるような一言だったのを覚えている。
––––斑斗の分まで生きるからね。
ふと、内心で天国の斑斗に誓う。この誓いは現在まで私を導いてくれた恩人に対するせめてもの気持ちだった。
「ここが案件受付だよ。そこで立っているお姉さんに声を掛ければ案件が受けられるから覚えときな」
「どうも。こちらは第一受付になります。私の名前は篠木伊乃です。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします。私は威嶋香奈です」
私は軽いお辞儀をする。受付のお姉さんもお辞儀したら、火華先輩から話が進められた。まずは案件受付を通る際に必須事項に入る。
「取り敢えず名前を記入してくれ。ここは異術師登録しなくちゃ利用できないんだよ」
「は、はい! わ、分かりました!」
私は言われた通りに名前を記入した。名前が記入されることで案件受付所から身元確認を施してくれる。特に公安術師は協会本部に連絡が届き、そちらから身元調査を依頼する仕組みらしい。
取り敢えず名前の記入が済んだ。それを確認した受付から幾つか質問される。
「これで質問は終わります。誠にありがとうございました。加入手続きが済みましたので、どうか案件をお持ちしてください。後は提示された案件に従って受付書を記してもらいます」
「ありがとう。この子は私の連れだから残りは大丈夫。一通り感謝する」
「いいえ。何か御座いましたら、いつでもお伺いください」
それだけ受付を通して手順は済ませた。今日から案件受付所を利用することが可能になる。
まずは火華先輩と一緒に案件を試しに受けてみた。二人なら安心して挑戦できると思ったからである。
それに二人で怪奇討伐とか経験してみたかったのも視野に入れて決めた。どんな戦闘っぷりを発揮するのか目の前で見れるのは感激だ。
取り敢えず火華先輩が選んだ案件に挑む。それは案件受付所の近辺で発生した怪奇事件だ。それを解決すれば報酬金まで頂けるらしい。もちろん私は分け前をもらうだけだった。
「ここが案件対象区域として指定された場所だな。こっからでも多少は魔力を感じ取れる。ちょっと厄介そうだ」
火華先輩は相手を警戒している。眉を顰める険しい表情には心配が生じた。まずは中に入る前から火華先輩に注意して欲しいことを伝える。
「実は火華先輩に言っておきたいことがあります。今回は呪具を使ってみようと思っているんです。だから、少し足手纏いかも知れませんが良いですか?」
「別に構わないけど。ただ、私はあんまり呪具は好かないんだよなぁ。それで命を失ったら元も子もないだろ」
「分かってます。そこは自己責任です」
「分かった。でも、絶対に生還するぞ」
その一言を信じて奥に進み始めた。二人なら多少はカバーしてもらえると何となく安心するのは誤りだったことに気づく。




