ストームヘッジの遺産
別の保健室で、フリックはベッドに横たわったまま意識を失っていた。
夢の中、景色はストームヘッジ家の小さな伝統的な道場へと変わる。
十歳のフリックは、父親のベン・ストームヘッジと姉のマヤ・ストームヘッジが練習試合をするのを、目を輝かせて見つめていた。
フリック:「マヤ姉! 頑張って!」
マヤはフリックの方を向いて優しく微笑んだ。
マヤ:「うん……ありがとう、フリックちゃん」
ベン(笑いながら):「フリック! せっかくだから、お前が審判やってみろ!」
フリック:「ほんと!? わかった、父さん!」
フリックは少し得意げな顔で二人の間に立つ。
マヤ:「ちゃんとやってね……」
フリック:「任せて!」
彼は咳払いをして、真剣な顔で審判の言葉を述べる。
フリック:「これより、ストームヘッジ道場師範・ベン・ストームヘッジと、ストームヘッジ武術の優れた後継者・マヤ・ストームヘッジの試合を始めます!」
ベン:「ははっ! やるじゃないか、フリック!」
フリック:「えへへ、本当?!」
ベンとマヤは互いに礼をし、構えを取る。フリックは二人の集中した空気に飲み込まれながら、後ろに下がって腕を上げた。
フリック:「試合……始め!」
試合が始まると、空気が一気に重くなった。父と姉は互いの動きをじっと見つめ、微動だにしない。
ベン:「さすがは私の娘だ。隙がないな!」
マヤ:「父さんこそ……」
フリックは目を離せなかった。まだ子供ながら、一瞬の油断が勝敗を分けることを本能的に理解していた。
ベンがわずかにガードを下げた瞬間、マヤが動いた。
マヤ:「隙あり! 攻撃拳:炎!!」
拳に炎を纏い、素早く突きを放つ。
しかしベンは優しい掌底でその拳を軽く逸らした。
ベン:「流れる拳:水!」
マヤ:「あっ……!」
背中に大きな隙ができたのを見て、ベンは決着をつけようとした。
ベン:「まだまだ勉強不足だな、お嬢ちゃん!」
しかしマヤは小さく微笑んだ。
マヤ:「飛び足:風!」
彼女は跳び上がり、体を回転させてベンの攻撃をかわし、背後に回り込む。
ベン(驚き):「なっ!?」
姉の鮮やかな動きを見て、フリックの目が輝く。
フリック(心の中で):マヤ姉、すごい……!
マヤ:「父さん、今度は私の勝ちよ! 流れる拳:水!!」
優しい掌底の連打を背中に浴びせる。
だが驚いたことに、ベンの背中は鋼のように硬く、マヤの攻撃は全く効かない。
マヤ:「これは……まさか!」
ベン:「それだよ、マヤ!」
フリックがまだ状況を理解できないでいる中、マヤが距離を取ろうとした瞬間、ベンが振り向き反撃した。
ベン:「これで終わり!攻撃拳:炎!」
マヤ:「避けられない! 固い防行:土!!」
腕を交差させて防御するが、炎の拳の衝撃でマヤは後ろに吹き飛ばされる。
マヤ:「ぎゃあっ!!」
床に膝をつくマヤを見て、ベンはフリックに目配せした。フリックは慌てて立ち上がる。
フリック:「勝者、ベン・ストームヘッジ!」
マヤ:「うううっ! また負けた! 父さんズルい!」
ベン:「何を言ってるんだ。正々堂々と勝ったぞ」
マヤ:「でもガードもせずに固い防行:土を使うなんて! そんなのあり!?」
ベン:「はははっ! それが本当のストームヘッジ流を極めた姿だ! 体が技を覚え、自然と対応するようになる!」
マヤ(頰を膨らませて):「それってただの言い訳じゃない!」
二人のやり取りを黙って聞いていたフリックは、それをストームヘッジ流を学ぶための大切な情報として胸に刻んだ。
ベン:「フリックも、よくやったぞ!」
父親の褒め言葉を聞いて、フリックは満面の笑みを浮かべ、喜びで胸がいっぱいになった。
やがて景色が薄れ、現実に戻る。
フリックはゆっくりと目を開けた。
マヤがベッドの横に座り、リンゴを可愛いウサギの形に切って彼のために用意していた。
フリック:「姉貴……?」
マヤ:「あら、ようやく起きたのね。これ、ウサギリンゴに切ってあげたから。ちゃんと食べてね?」
フリック(弱々しく頷き):「……うん」
腕を上げようとするが、体中が痛む。
フリック:「痛っ……」
マヤ:「こら、無理しちゃダメ! 動かないで! お姉ちゃんがウサギリンゴをあーんしてあげるから。はい、あーん!」
フリック(慌てて):「や、やめろよ姉貴! 恥ずかしいだろ!」
マヤ:「お姉ちゃんに口答えしちゃダメ!」
彼女は容赦なくリンゴを食べさせ始める。
マヤ(くすくす笑いながら):「ふふっ……リスみたいな顔してるわよ!」
フリック(口いっぱいに):「うるせ!」
マヤ:「どう?美味しい?」
フリックはリンゴのスライスを噛んで飲み込んだ。
フリック(低い声で):「美味しい…」
全てのリンゴを食べ終えた後、マヤが立ち上がって部屋を出ようとする。
マヤ:「よし!生徒会の仕事がまだ残っているから、今はこれで。フリック、早く良くなってね!」
しかしフリックが突然彼女の腕を掴んだ。
フリック:「待ってよ! マヤ姉!」
マヤは驚いた。もう何年も「マヤ姉」と呼ばれたことがなかったからだ。
マヤ(からかいながら):「どうしたの? お姉ちゃんにもっと甘えたいの? 可愛いじゃない、フリック」
フリック(顔を赤らめて):「ちげよ! そういうんじゃね!!」
深く息を吐いてから、彼は続けた。
フリック:「マヤ姉! 答えてくれ! どうして!? どうして道場を離れたんだ!? どうして父さんの遺産を継ぐのを拒否した!? お姉ちゃんなら、きっとストームヘッジ道場を——」
マヤ:「……私には無理だったから」
フリックは彼女の突然の答えに沈黙した。そしてもう一度聞いた。
フリック:「そんなはずね! マヤ姉はストームヘッジ流の優れた後継者だろ! 父さんがマヤ姉のことをすごく褒めてた! 遺言にも、マヤ姉が後を継げって書いてあったのに! マヤ姉じゃなきゃ、誰も道場を率いられねよ!」
マヤは優しく微笑み、フリックの頭を撫でた。
フリック(困惑して):「な、何だよ……」
マヤ:「聞いて、 フリック……私が継ぐのを断った理由は……私の可愛い弟で、ストームヘッジ流を一生懸命学びたがってるあなたが、そばにいるからよ」
フリック:「え? 俺? でも俺は——」
マヤ:「ええ……見たわよ。あなたとセトレ・グレッグソンの試合」
フリック(顔を伏せて):「俺……負けたけど……あいつの魔力は……すごかった」
マヤ:「そうね。彼の魔力は確かにすごかった。そしてあなたは負けた。でも、あなたは誇り高くストームヘッジ流で戦い続けた。それだけで十分よ。あなた、フリック・ストームヘッジが、ストームヘッジ道場の最高の後継者だって証拠だわ。お父さんが生きていたら、きっと私と同じことを言うはずよ!」
フリック:「でも俺……父さんの教えを裏切って、支配と力欲に目がくらんで……俺なんかじゃ——」
マヤは突然彼の唇をつねった。
マヤ:「お姉ちゃんに口答えしちゃダメ!」
フリックは驚いて目を丸くし、素直に頷いた。
マヤ:「さてと! 話は決まったわ。これからは道場をちゃんと守りなさい。街で喧嘩してる場合じゃないんだから! じゃあね、フリックちゃん!」
フリック:「その呼び方やめてくれ!」
マヤは微笑みながらドアに向かってスキップし、振り返って手を振ってからドアを閉めた。
フリック:「ったく……」
保健室の外では、サマンサとその一味が中に入るタイミングを待っていた。
マヤは微笑みながら彼女たちに声をかけた。
マヤ:「あなたたち、フリックの友達よね? もう入っていいわよ!」
サマンサ(緊張して):「は、はい!」
マヤが去った後、ヤンキーたちはひそひそと話す。
ヤンキー1:「うわっ! あの人、生徒会のマヤ・ママじゃねえか!?」
ヤンキー2:「すげえ……めっちゃ美人だぜ!」
サマンサは二人の頭を叩いた。
サマンサ:「こら!言葉に気をつけろ! あの方はボスのお姉さんよ!」
ヤンキー1&2:「痛っ、ごめん姉御!」
それから彼らはゆっくりとドアを開けてフリックを見舞う。
サマンサ(小声で):「ボス……見舞いに来たんだけど、いい?」
ベッドの上でフリックはドアの方を向いた。
ヤンキー1:「おやつを持ってきましたぜ、ボス!」
ヤンキー2:「バナナもな!」
フリック(微笑む、頭の中):「ったく、バカどもが…」
そしてフリックは彼らを歓迎した。
フリック(優しく微笑んで):「おお、入ってこいよ」
ヤンキー1:「ありがとうボス!」
ヤンキー2:「入るぞ!」
しかしサマンサはドアの前で立ち尽くし、呆然としていた。
サマンサ(心の中で、頰を赤らめて):うわ……ボス……あの優しい笑顔……どうして心臓がこんなに鳴ってるの!?
ヤンキー1:「あの……姉御?」
ヤンキー2:「入らないの?」
するとフリックの優しい声が彼女に届いた。
フリック:「おい、サム……大丈夫か?」
サマンサ(慌てて):「えっ!? だ、大丈夫だよ、ボス!」
サマンサが近づくと、ボスの雰囲気がすっかり変わっていることに気づいた。
もっと穏やかで、優しい。
フリック:「どうしたんだ、サム? ずっと俺の顔を見て……何か付いてるか?」
彼の意外に魅力的な優しい顔に耐えきれなくなり、サマンサは真っ赤になってトイレに逃げてしまった。
フリック:「サムのやつ……本当に大丈夫か?」
ヤンキー1:「たぶん生理だろ」
ヤンキー2:「そうだな……姉御は生理の時、変になることあるもんな」
女子トイレの中で、サマンサは鏡の前に立っていた。自分の顔が真っ赤になっていることに今さら気づく。
サマンサ(完全に動揺して):「きゃあああ!! 何この顔!? 完全に恋してる女の子の顔じゃんかい!! ど、ど、ど、どうしよう!?」
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第73章 ストームヘッジの遺産 終




