節刻みの舞踏会①
節刻みの舞踏会当日……。セシリーは午後から準備に大わらわとなった。
オーギュストが張り切ってオーダーメイドであつらえてくれたドレスは、濃紺の大人っぽいデザインで、肩と背中が少し大きめに開いていてドキドキする。胸元には花を模したフリル飾りが幾つも取り付けられ、大きく広がった袖口もグラデーションを付けたラッフルが何段も重ねられていてとても豪華だ。
「うっ――エイラちょっと締めすぎ。それ以上はきつい」
「何を言うのです~。せっかくの晴れ舞台ですし、あの魔法騎士団のリュアン様とご一緒に出席なさるのでしょう? これくらいは我慢、しないとっ」
「そ、そうよね。ううっ、でもそのくらいで……」
コルセットをぎゅぎゅっときつく締められてセシリーは口元を押さえながら、昼食を軽めにしておいてよかったと胸を撫で下ろす。普段より二回りは細くなったお腹を見ながらペチコートを穿き、その上にドレスを身に付けてゆくが、なかなかしんどい作業だった。
髪の毛もいつもとは違って、後ろに結い上げてまとめ、頭の上に少し大きめのリボン飾りを付けてもらった。顔全体に念入りに化粧を施すエイラの顔は真剣そのものだ。
「御嬢様は肌がお綺麗ですから化粧がよく映えますわね~」
「あ、ありがとう。でも今回は目立つのが目的じゃないから……」
「いいえ、これはクライスベル商会にとっても存在をアピールするチャンスでございますのよ~。しっかりと参列者の皆様に愛想を振りまいてきてもらいませんと。ほら、動かない」
うへえと、頬が引きつりそうになったのに釘を刺され、セシリーは顔をがっちり固定されたまま白粉やら頬紅やらなんやらを塗りたくられる。
じっとしているのが苦手なセシリーだが、でもこうした時間が嫌いというわけではない。こうして対面していると、エイラの表情がよく見えるからだ。普段はおっとりとしている彼女だが、こうして真剣に仕事をしている時は、いつも少し眠たげな眼がキリっと開いて、とても綺麗で格好いい。でも……とセシリーはふとした違和感に首を傾ける。
「あれ、エイラ。目の色が、少し変わってない……?」
彼女の眼の色は、髪より少し濃い桃色のはずだ。今はそれより、もっと赤い……ような。
「……気のせいですわ。きっと、光の加減で違って見えたのでしょう」
「うん……」
「そ・れ・よ・り、動かないよう言いましたでしょう!」
「ひゃい!」
耳を掴まれぴしゃりと叱られたセシリーが慌てて背筋を伸ばし、もう一度エイラの顔を見直すと、今度は特に違和感を感じない。気のせいだったのだろうか……疑問だったがそれよりも、また体勢を崩して怒られては敵わないとセシリーは居住まいを正す。
そしていい加減疲れてうとうとしそうになってきた時、エイラが肩を叩いて終わりの合図を告げた。
「御嬢様、できましたよ。ご自分で見てみてください……」
「……うわぁ」
鏡の前に映った顔は別人のようになっていて驚く。くっきりと目鼻立ちが強調されて、特徴のなかったのっぺり顔も今だけはバランスよく整っているように見えるのが不思議で、やはり化粧もれっきとした技術なのだと思い知った。
「決して素材は悪くないのですから、要は努力ということですわ」
「いひひ……」
なんだか嬉しくて、つい気持ちの悪い笑い声が出てしまい、エイラにぴしゃりと肩を叩かれる。
「それではいけません! もっと貴婦人としては気品のある笑い方をしなければ! 口元に優しく手を添えて……角度は四十五度! そう、上品におほほうふふとお笑いくださいませ」
「おーっほっほっ!」
フレアの笑い方を参考にしてみたら、エイラから馬鹿みたいな視線を向けられてしまった。
「どこでそんな笑い方を覚えられたのです? 少しそれでは主張が強すぎますわ。もっとお淑やかに!」
「おっほっほ……うっふっふ……うほ……?」
混ざって違う何かになってしまった。
「いけません! それではまるでお猿さんではないですの! はいもう一度ご一緒に! おほほほほ……うふふふふ」
「おほっ……うふっ……――――……そろそろ時間じゃない?」
「あらいけない。行きましょう行きましょう」
淑女としての嗜みをエイラに叩きこまれていると、すぐに時間は過ぎて夕方になり、セシリーはエイラと共に馬車にいそいそとその身を詰め込んだ。
そして、馬車から降りたセシリーは王都で一番高い時計塔を見上げながら胸に手を当てる。心臓が早鐘のように波打つのは、辺りの参列者に当てられているだけではないのだろう。
普段は時計塔は途中の階までは一般客にも開放されているが、本日に限っては貸し切りらしく、入り口前で王国兵とが関係者以外が立ち入らないように見張っている。
次々と吸い込まれてゆく派手派手しい服装の貴族たちを目にしながら待っていると、わっと後ろから華やかな嬌声が上がった。
「――遅くなった、すまん!」
立ち並ぶ人々を左右に割るようにしてこちらに駆けてきたのは、もちろんリュアンだ。だが、いつもとは違うその装いは、周囲から浮き出るようにくっきりと輝いて見えた。
決して華やかすぎる出で立ちではなく、彼の細いシルエットにぴったりと合った濃紺の燕尾服に、いつもとは違った、しっかりと後ろに撫でつけた髪型。でもそんなシンプルな恰好だけで十分に彼の姿は周りを圧倒している。普段露わにならない彼の細い眉が涼し気で色っぽく、心を撃ち抜かれたセシリーはふらついた背中をエイラに支えられる。
「おい、大丈夫なのか? 衣装に合わせるために無理して飯を食わなかったんじゃないだろうな?」
「……む。そんなにいつもの私は寸胴ですか?」
「そんなこといってないだろ。心配してやってるのになんだよ……」
「あ~あ~もう、おふたりともここでは人目を惹きますわ~。さっさと手続きをして中にお入りなさいませ」
照れ隠しのやり取りに業を煮やしたエイラはふたりの背中を入り口から延びる列へと追いやる。ちなみに彼女も控え室で待機してくれるようだし、なにかあっても心配ないのは心強かった。
受付の記帳台で名前を記入し王国からの招待状を見せた後、建物の中に入る際にリュアンは肘を付き出す。
「ほら、掴め。格好がつかないだろ」
「そ、それじゃ……失礼します」
おずおずとセシリーはリュアンの顔を見上げながら、その腕に寄りかかる。見れば彼の方も頬を赤くして、こちらを引っ張る歩き方もどこかぎこちなく、探り探りで歩幅を調整しているような感じだ。
「速かったら言えよ、合わせるから」
「……大丈夫ですよ、遠慮なく言いますから」
そんなぶっきらぼうな言葉に、慣れていない同士でちょうどいいかと、セシリーは内心でくすっと笑った。お気をつけてと控え室の方に消えて行ったエイラを見送り、セシリーたちはしばしその場で待たされる……。
以前は備え付けの螺旋階段ですぐ上の大広間に移動し、催しを行っていたらしいが、今は。建物の中央取り付けられた、魔力で稼働する昇降台のおかげで眺めのいい展望広間を使って舞踏会を開催することができるようになったのだとか。
今もリュアンは周囲から注目を浴びていて、自分事ではないのに落ち着かない気分になりそうなものだが、不思議と平然と立つ彼が隣にいると背筋が伸び、自分まで強くなった気がしてくる。
浮遊の魔法を使った時と同じような昇降台の感覚に戸惑いながら、セシリーたちは地上三十階の展望広場に送られた。その手前側半分には所狭しと立食用のテーブルが立ち並び、奥側の半分は舞踏に使用するのか、空っぽの空間が広がるだけだ。
側面のガラス張りの壁からは眼下に王都の町並が広がり、やや青みを残した空に、もう朧げに月が浮かび始めているのが見える。
まだ立食会場は解放されていないらしく、少し壁側に寄ってリュアンと談笑し、会の始まりを待っていると・……大勢の紳士淑女がリュアンに挨拶に訪れた。
セシリーができたのは軽い挨拶と、リュアンが合図して話を振ってくれた時に微笑んだり頷いたりするくらいの事だ。
なにせ『当国の前時代的な司法制度を変化させ、これからの発展した社会に対応するためには~』とか『ガレイタムとファーリスデルの同盟関係をもっと拡大し、周辺諸国も組み入れて国際社会との繋がりを~』とか仮に自分に問われても、諸手を挙げて降参するしかない。
かろうじて着いて行けるのは商業関係の話くらいだろう。
魔法という技術ができたおかげで今ファーリスデルは国家としてかなり潤沢な財源を持っているため、商業取引にかかる税率を下げてはという話が出ているのだ。後は魔道具の輸出制限の解除とか、魔法を扱う人材を他国に派遣し、利益を得る仕組みを作るのはどうかとかそんな話もあるが……そも現在の魔力の源は、封印されたリズバーンもしくは『暗黒』から漏れだしたものがほとんどなのだ。
今後どうなるかもわからない事にあまり踏み込んだ答えも出せない。リュアンとしてもひたすら苦笑いで流すしか無いようだった。
途中で王太子とフレア嬢も声を掛けてくれ、もうすぐ開会の挨拶を行うからと言ってどこかへと消えて行く。フレア嬢から「今日のあなたは素敵よ、頑張ってね!」と肩を叩かれたのには大いに励まされた。
彼女も今日は金装飾をそこかしこにちりばめた明るい橙のドレスを着こなし、気合を入れて辺りに笑顔を振りまいている。同じ聖女として見習わなければ……とセシリーは密かにお腹に力を入れ、慣れない作り笑顔を顔に浮かべると、リュアンにこっそり指摘される。
「お前それはちょっと変だぞ。わざとらしいっていうか……」
「うっ、そうですか? じゃどうすれば……」
「もっと力を抜け。いつも通りでいいんだ。お前、いつもの笑顔は結構いいんだから、自然にしてろ」
後ろに回り込み、そっと安心させるように肩口をさすった。甘い吐息が耳にかかってくすぐったいし、突然褒めてくれるから余計にセシリーの緊張は増してしまう。
「そ、そっちこそいつも通りにしててください! こ、これ以上は……」
「……何だ?」
より顔を近づけてくるリュアンを、自分でも何を言おうとしたのか頭からすっ飛んだセシリーが押し退けようとした時、室内の明かりが暗く落ちる。
セシリーは初めてで驚いたが、周囲が落ち着いているところをみるとこれも演出のようだ。軽妙な音楽と共に、群衆の前にレオリンとフレアが進みでて挨拶を述べた。
「本日は皆様、ようこそお集まりいただきました。進行役を務めさせていただく本国の王太子のレオリン・エイク・ファーリスデルと申します。隣は――」
「婚約者であり、太陽の聖女でもあるフレア・マールシルトでございます。皆様、どうぞよしなに」
薄明りの中、給仕が静かに参列者にシャンパン入りのグラスを手渡してゆき、挨拶を終えたふたりはテンポよく説明を続けてゆく。
「この時計塔は約五百年前、ガレイタムとの境にあったある王国が史上まれにみる大きな災害で消滅した時、同じように被害に晒された両国が手を合わせてそれを乗り切ったことを記念され、その際に多くの人々を救ったとされる聖女を奉るために建てられました。それ以降年に二度この場所では、絶えることなく歴史を積み上げられたことを祝うため、節刻みの舞踏会が執り行われて参りました」
(なるほど、国としてはそういう感じになってるんだ……)
民衆に真実を秘するための作り話だが、なかなかどうしてこうして聞くと、胸に迫るものがある。話し手は切り替わり、マール嬢のいつもの明朗な声とは違う凛とした声が会場を包む。
「そしてそれを乗り越え手を取り合った両国は争うこともなく、本年もこれまでに見ぬ発展を遂げ、大きく栄華を極めようとしております。ファーリスデルがガレイタムや他の周辺諸国とも手を取り合って、共にこれからも大いなる平和を築き、人々の笑顔溢れる国としていくためには……ここにご列席された皆様方のお力を大いにお貸しいただくことになりましょう。同胞である国民たちのためにも、そのお力を奮っていただくことを、お約束願いたき所存にございます……!」
ふたりが揃って一礼し、会場は大きな拍手に包まれる。それが止むとふたりは感謝を告げてグラスを掲げ、笑顔を輝かせて開会を宣言する。
「「それでは皆様のご多幸を、そしてこれからの我がファーリスデル王国のさらなる躍進と繁栄を願いまして、開会の挨拶とさせていただきます! 本日は大いに楽しみ英気を養いましょう! それでは、乾杯!」」
「「「乾杯!!」」」
全員が大きく唱和し、会場の照明が明るくなる。穏やかな雰囲気の音楽が流れる中、人々は食事や談話、それぞれの目的を楽しみ始め……こんな風にしてついに、節刻みの舞踏会は開催された――。




