芽生えた気持ちと怖れ
「――どうか皆様、クライスベル商会をよろしくお願いいたしま~す!」
その日は帰って心置きなく泥のように眠ると、騎士団の仕事を数日休ませて貰い、セシリーはクライスベル商会の信用回復に努めるべく、商会へ客を呼び込んでいた。
多くの知人の手を借り……お客様たちの信頼を損なったことへの謝罪や、これまで行われていた抗議の内容はすべてクライスベル家を陥れようとする者たちの図り事であったこと、商会では商品の安全に細心の注意を払っていることなどをわかりやすく記載した広告を町のあちこちで配ってもらっている。この広告は店舗で提示すると割引券代わりとして使えるようにしてある。
同時に、総合販売所内でセールを行い、大勢の客にたいしてクライスベル商会の商品を試してもらう機会を作ることができ、客足はすぐに元通りの賑わいを見せ始めた。
今回のことでクライスベル商会は大きく資金を失ったが、それは後々イーデル公爵家からの賠償金で十分賄えるはずだ。
そして何よりも有難かったのは、なんとレオリンとフレアが何度か店内を回り、王室にも信用されていることをアピールしてくれたこと。これが噂になれば、クライスベル商会に攻撃を仕掛けようという者は滅多なことでは現れまい。
今店内には、少し物々しい甲冑姿の騎士たちが見られる。これは偽イーデルの言うがままにリュアンを罷免する計画に加担しようとしていたと正騎士団の面々が、直々にリュアンに謝罪に来た後オーギュストに協力を申し出たことによる。
彼らはこれ以上の責任の追及をなんとしても逃れたいらしく、しばらくは商会付近と店内の警備を請け負ってくれる様子だった。
「安心安全のクライスベル商会です~! 只今絶賛大売出し中ですので、奮ってご来店ください! 皆様の生活に寄り添うため、今後も鋭意努力を続けていきますので、クライスベル商会を、どうかよろしくお願いいたしま~す!」
掛け声と共に街頭でセシリーは一生懸命広告を配る。
オーギュストにもそこまでしなくていいと止められたのだが、今回の件には自分も深く関わっているので、最後まで責任を果たすべきだと思ったのだ。
そして隣には、珍しく私服のリュアンがいる。キャスケットを目深に被り、ダークグレーのコートの襟を立てて目立たないように装っているようだが、スタイルのよさや雰囲気からただものでないのは伝わるらしく、無言で広告を差し出しているだけなのに……彼の元には声出しするセシリーの側よりも女性たちが群がっていた。
一通りそれらを配り終え人だかりが捌けた頃、セシリーは苦笑交じりで礼を言った。
「ありがとうございました。でも団長自らお守に来なくても……仕事の方は大丈夫なんですか?」
「遅れは昼から取り戻すから問題ない。それよりもお前から目を離すと、またなにかに巻き込まれそうで怖いんだよ。ルバートさんの救出だって、キースに任せてればよかったんだ」
「あれはだって……友達が困ってたし」
「心がけは立派だが、親父さんや俺たちの身にもなれっての。心配なんだよ、お前が」
額を拳の裏で小突かれて注意されながらも、セシリー口元が緩んでしまう。最近のリュアンは本当にこちらを気遣う気持ちが言葉の端々に滲み出ていて、ついつい頼りたくなってしまう。
でも……先々を考えると自重しなければならない気がしている。彼にはもっとふさわしい人が隣にいるべきだ。ラケルはああ言っていたが、仮にそれが本当だとしても……セシリーにはそれを受け止められる勇気が持てない。
たまたま聖女の血を受け継いでいるだけの、なんてことのない女……それがセシリーだ。封印が無事済めば、また元の生活に戻ることになる。そうすればきっと、彼の興味も自分から薄れていくだろう。
元王子の彼と、平民として育ったセシリーの間には、やっぱり大きな溝がある。これ以上距離を近づければ、ゆくゆくは彼が苦しむことになる。だからセシリーは突き放したくて、少しばかり反抗的な態度を取った。
「そんなこといってたら、私一人でどこへも行けませんよ。家の中に閉じこもってるの苦手だし。それに、魔法だって使えるようになったんですから、多少のことは……」
「それが慢心だとは言わない。城でも多くの人間を助けて見せたしな。でも今は駄目だって、自分でもわかってるだろ? お前に万が一のことがあってはいけないんだから。大人しく俺に守られておけ」
「はい……」
しかし諭すように優しく言われたら、頷く以外なにもできなかった。今更ながら、役得が過ぎるのだ。もし自分が聖女としての力を持っていなかったら、きっと彼はこんな風には自分と接してくれていないだろう。
甘くも苦い、そんな思いを打ち消すようにセシリーはあえて明るく言った。
「これが終わったら、私、一度ガレイタム王国に出かけてみようと思うんです。あ、そうだ……リュアン様、リルルの故郷って行ったことないでしょ。すっごく奇麗なんですよ。ガラスみたいに透明な湖の縁に、女神様の宿る木がバーンと立ってて」
「ほう? 俺も実は自分の国なのに、王都以外はほとんど行ったことないんだ。色々なことに決着が付いたら、少し長い休みを取って見て回るか……」
「気を付けて行って来てくださいね。私は、お母様のお墓とか、実家とか回りたいところが別にあるので……」
「なんでだよ。一緒に行けばいいだろ? 女の一人旅は危険なんだ。仕事を放ってでも付いて行くぞ」
(嬉しいな……でも)
なんにも答えられず、頭一つ分高い位置にあるリュアンの顔に、セシリーは黙って笑顔を向ける。いつの間にか、袖すれ合うほどの近い距離が自分の定位置になっており、少し肩を離す。
セシリーは怖い。彼がではなく、自分の心に芽生えているこのどうしようもなく胸を締め付ける気持ちが。
「明日は舞踏会か。景気づけにあの喫茶店でも寄って行こう。証言してくれた店長への挨拶もまだだったし。ほら、手を出せ。人が多くてはぐれるかも知れないから」
「……はい」
セシリーは自分の気持ちがこれ以上育たないように目を背け、リュアンが差し出してくれた手を握る。頭の上の輝く太陽を模した文字盤はもう、その時には丁度十二時を指そうとしていた。




