太陽の聖女
登城――人生二度目の、である。
遠巻きには見たことのあるその巨大さには驚きつつも、しかしセシリーは今回意外と落ち着いていることができた。それは隣に居る男たちのおかげだ。魔法騎士団・団長リュアンと副団長キースに挟まれ、場違い感は拭えなくとも、なんとか伯爵令嬢の面目は保てそうである。
ファーリスデル王城はガレイタムとは違って内装も外観も白色な、綺麗な城だ。
ガレイタムの王宮が仮に豪壮と形容するならば、こちら華美という言葉がしっくりくるだろうか……そんな麗しい雰囲気の建築物。衛兵の身体検査を受けた後、面会予約を確認した上でひとりの侍女へと案内され、招かれたのは右も左も煌びやかな一室だった。
「リュアン・ヴェルナー様御一行をお連れいたしました」
「うむ、入っていただいてくれ」
気品のある男性の声が響き室内に招かれると、そこには一度顔を合わせたことのあるレオリン王太子と、もうひとり華やかな印象の見知らぬ女性が立っており、明るい笑顔を向けてくれる。
いや……かつて一度、しかもごく最近セシリーはこの人を見かけている。王太子の婚約者並びに太陽の聖女であらせられる、フレア・マールシルト様だ。
セシリーはこの方の身分を知らないが、そのきっちりとした佇まいといい、おそらく幼い頃から貴族としての教育を受けてきたに違いない。額に金のティアラを嵌め、純白の正絹の端々を金糸で彩った高貴なドレスに身を包む彼女は、次期王妃としての貫禄をすでに備えつつある。
彼女が自分に目配せして、にっこりと微笑んだのに会釈しつつ、セシリーは胸が少し痛んだ。情けないことにまだあの婚約破棄による心の傷は塞がっていないのだ。それでも思ったよりも平気なのは、隣にリュアンたちがいてくれるからなのだろう。
「ガレイタムで会って以来だな。ようこそいらっしゃった」
「あの時はお力を貸していただきありがとうございました。今回のこともご相談に乗っていただき恐縮です」
一番に彼の差し出した手を握ったのはリュアンだ。肩肘を張る様子もないのは元王侯の品格が身に付いているゆえなのか。セシリーは、その余裕を少しは自分に分けて欲しく思う。
「いやいや、我が国の民を率先して守ってくれている君たちに助力は惜しむまいよ。実績も大きい魔法騎士団の団長を私怨で罷免し、団を解体に導くなど……とんでもない軽挙に他ならない。是非とも解決策を共に探って行こう」
「ありがとうございます」
王太子に順々に挨拶すると、セシリーは次に隣で微笑んでいる聖女に紹介されたのだが……。
「あなたが、本来であれば月の聖女とガレイタムの王妃を兼務するはずだった、セシリー・クライスベルね!?」
「は、はあ……一応そう言うことになりますでしょうか」
名乗る前からぐいっと顔を近づけられてペースを握られ、あわてて小声でもにょもにょ呟いていると、彼女は両手を伸ばしセシリーの手を取る。
「申し遅れたわ。わたくしがレオリン王太子と婚約し、太陽の聖女として認められたフレア・マールシルトよ。一応伯爵家に属する者だから、あなたとお揃いになるわね!」
「そんな……う、うちはただ爵位を買い上げただけの形だけで由緒も無い家柄ですから……!」
「あらいけないわ、そんなことでは! 一度人生の舞台に上がったならば、与えられた立場でも胸を張って精一杯務め上げないと! 一緒に大災厄に立ち向かうのはあなたと聞いているから、力を合わせて世界の平和を守りましょう。ガレイタムでの武勇伝も聞きたいわ、さあこちらへ、さあさあ!」
初手からぐいぐい来られ、何の話し合いに来たのか分からなくなるセシリー。そんな姿を見て、レオリンがフレアを窘めてくれた。
「フレア、その前に彼らと直近の問題について語り合わないと……少しばかり大人しくしていてくれるかな」
「あら残念。ならばわたくし、政治絡みのお話はあまり興味がありませんのでそれまで黙っていますわ」
「そうしてくれると助かる」
口を尖らせつつも、すんとレオリンの隣にお澄まし顔で戻ったフレアにセシリーはほっと胸を撫で下ろし……一行は案内されたテーブル席に落ち着くと、今回の事件について語り合った。
まず進行役のキースが、事のあらましを説明する。
「ルバート氏にもあの後お話をお伺いしましたが、それによると最初の異変が起こったのは、オーギュスト殿とセシリー嬢がガレイタムに旅だった、すぐ後のようです」
丁度その頃、連日に渡っての苦情騒ぎが起こり、それに呼応するようにクライスベル商会を批判する文言を記したビラが撒かれたり、実際に表立って暴動などが起こされたらしい。その対応で苦慮している間に支配人であるルバートも姿を消し、さらに王都のクライスベル商会は追い込まれた。
それを主導していたのが、ベジエ子爵とフォルアンサム男爵だ。イーデル公爵に忠誠を誓う彼らの暗躍も問題だが、それだけではなく公爵は正騎士団の上層部とも結託し、団長であるリュアンと魔法騎士団を解散の危機に追い込もうとしている。これらの件の発端はおそらく、リュアンが彼の息子マイルズを喫茶店でやりこめた一件だと思われる。
「我々はなんとしてでもクライスベル商会に対する不当な圧力を阻止し、魔法騎士団を解体から救わねばなりません。ですが……現状では有効な手段が見つかっていない。皆さん、何かご意見はありますか?」
「ううむ。そもそも……イーデル公爵は俺をどういった件で糾弾するつもりなんだ?」
リュアンが難しい顔でした質問に、キースは自身の予想を打ち明ける。
「詳しくはわかりませんが、なんとなく想像はできますね。我々は仕事柄恨みを持たれることも多い。イーデル公爵は王国法務関係にも多くの繋がりがあります……不利益を被った人間と口裏を合わせ、ありもしない罪を擦り付けて来るかもしれません」
「なんでもありじゃないか……。くそっ、俺がもう少し政府筋との協力者を作ることができていたらな……」
後悔するリュアンを見て、王太子が冷静に発言する。
「気を悪くしないで貰いたいが、この国でのリュアン殿の現状の戸籍も不利に働くやもしれん。一定以上の高位貴族には、ヴェルナー侯爵家というのがどういった家柄かは知れ渡っているはずだからな」
セシリーがきょとんとしたので、隣にいるリュアンが説明をしてくれた。
元々ヴェルナー家は、ガレイタム王国側で問題を起こし国にいられなくなった王族等の受け入れ先として立ち上げられた。ゆえに侯爵家といえど、こちら側ではよい印象を持たれていないのだ。
彼がこの騎士団の団長でいられるのも、それを覆すほどの輝かしい実績を上げたことと、名侯爵家であるエイダン家や、王太子の支援があったことが大きいのだという。
「俺が、この国に生まれていたなら……」
リュアンが強く膝を叩こうとして、セシリーがその手を止めた。
「気を落とさないで下さい……リュアン様、そんなことあなたに救われた人たちは誰ひとり気にしてませんから」
「だが……俺の出自がここに来て、団の足かせになるなんて……。せっかく皆と一緒にここまで大きくして、やっとこれからだって時に」
リュアンの背中に手を当てて励ますセシリーの姿にフレアが少しだけ笑みを深くした。そんな中キースが訝しんだ表情で眼鏡を押し上げる。
「穏便に済ませられるならと、なにか交換条件をとも考えてみたのですが……損得勘定ではなく私怨元に発した行動ですからそれも難しいでしょうね。……しかし、イーデル公爵に関し私は所領に関しては非常に優れた統治をなさる方で、民の信頼も厚いと聞いていたのですが。息子への侮辱があったとはいえ、こんな軽率な行動を起こされるとは……。レオリン様、何かお聞きではありませか?」
レオリンもキース同様、疑念は拭えない様子だ。
「ああ……私もイーデル公には強く信頼を置いていたのだが、最近聞く彼の噂はあまり好ましいものではない。とはいえ、本人に直接問うこともできなくてな……」
彼は憂いの深い表情になりながらも、リュアンたちを力強く鼓舞した。
「この件、私も持てる力を最大限に使ってせめて長期戦には引き込む考えだ。父上には二日後に彼とこの件で面談を行うと聞いている。その際にはあなたたちにも是非同席し、公爵の暴挙を止めるべく力を尽くして貰いたい」
「もちろんです。私たちも是非、魔法騎士団をを失くさないため、彼らの悪事を暴く証拠をひとつでも多く見つけ、対談に備えておきます」
リュアンは普段とは違い、ややかしこまった口調で王太子に同調すると、固く握手を交わす。場の緊迫感が和らぎ、これで話は終わりかと思ったが……そこでフレアがひとつ大きく手を鳴らした。
「では、次はわたくしの番ですわね。現在、来るべき大災厄の復活に備え……ファーリスデル、ガレイタム両国間で協議が続けられ、リズバーン砂丘周辺に少しずつ兵員が集められています。セシリー、あなたも封印の儀式に必要な魔力が大量に不足していることは御存じですわね?」
「ええ。月の女神さまから聞いています」
セシリーは月精の森での不思議な邂逅を思い出す。会話だけははっきりと覚えているのだが、あの時自分がどのような状態にあったのかはどうにも感覚として残っていない。
「そこで、ひとついい知らせをいただいておりますの。ガレイタム王国が長年の研究により、人口魔石の開発にこぎつけていることは御存じかしら? 近年それは実用化され、彼らはそれをかなりの数量備蓄することに成功しているようです。そして、ここファーリスデルには、これがある……」
彼女は額のティアラをすっと抜くと、目の前のテーブルに置いた。その中心には大粒の、ひし形をした橙色の宝玉が嵌まっている。王太子がそれについて説明してくれた。
「言い伝えでは、この石はある日轟音と共に火を噴きながら天空から降り注いだ、隕石の中に閉じ込められていたのだという。大半が砕けたそれらの中からたまたま見つかった原石がある宝石職人の元に持ち込まれ、加工されて王家に献上されたという、いわく付きの宝玉なのだ」
「この石に不思議な力を感じ、歴代の太陽の聖女のひとりが女神に見せたところ……この石は長い間天を翔け、陽の光を大きく集めていたのだろうということです。これには今時計塔にある太陽の石に近いほどの魔力が込められていて、さすがに女神もこれは計算外だったと」
それを聞いたセシリーの顔に希望が湧き上がる。
「わぁ……じゃあ、それらを使えば再封印は可能なんですか!?」
「ええ、おそらくは……。ですので封印が弱まり切る前に、わたくしたちは全ての準備を整え、両国の時計塔よりそれぞれの女神と石の力を借りて、封印の祈りを捧げます。ひたすら心を清らかに保ち、封印が完成するまで何時間も、何日も一心に祈らなければならない。過酷な務めとなりますが、いけますわね?」
「……はい! やってみせます……それが私の役割なら」
力強く頷くセシリー。フレアはそんな彼女を見て、満面の笑みを浮かべた。
「その意気やよし! やっぱりあなたとは気が合いそうですわ! これからはそちらの殿方とご一緒でなくても、わたくしの友人としていくらでもこのお城に遊びに来てくださいまし! 大歓迎いたしますわよ、おーっほっほっほ!」
「こらこら、あまり羽目を外さないでくれよ? とはいうものの、私もあなたたちとは友人付き合いを続けてもらえると嬉しい。後で太陽の眷属にも紹介したいしね。サニアっていう黒猫の姿をした精霊がいるんだ」
「それはわたくしが教えたかったですのに……」
口を尖らすフレアになんとなく親近感が湧いて、セシリーも負けじと月の眷属の、あの食いしん坊狼を話題に出した。
「わぁ……それじゃ今度、魔法騎士団にいるリルルも連れて来ますね! 白い狼の精霊なんです……丸っこくてふわふわで可愛いですよ! でもよかった……再封印は不可能だって聞いてたから」
「ふふ、人間様を舐めてもらっちゃ困るってことですわ! 後は多少のポカがあってもこのフレア・マールシルトがなんとかしますから、大船に乗った気分でいればよろしくてよ! おーっほっほっほ!」
「フレア、その笑い方だけは王妃になったら直さないとね」
高笑いを何度も響かせる彼女にやれやれ顔の王太子が注意し、朗らかな空気の中リュアンはセシリーに笑いかける。
「よかったな、セシリー」
「はい!」
「……先程から思っていましたけど、おふたりはどういったご関係ですの?」
「「え?」」
それを見たフレアからの質問にふたりは同時に目を丸くし、お互いの顔を見て頭を悩ませる。
「従業員と雇い主……。いや、俺が給金を払っているわけでもないからなぁ。上司と部下、とか?」
「え……なんですか? 同志とか、仲間とか……もうちょっと言い方があるでしょうに。冷たくないです?」
「……別に冷たくない」「冷たいです!」
そんなことをひどく近い距離で言い合うふたりに、フレアは笑いを噛み殺しながら納得した。
「絶賛進展中の間柄、ということですわね。もちろん今度の節刻みの舞踏会もおふたりで出られるんでしょうね?」
「え、どうかな……今回の件がどう転ぶか分かりませんし」
そこで弱気になったリュアンを、この男が見逃すわけがなかった。
「ほうほう、それはうまくいけば出る予定だということですね? ちゃんと聞きましたよ団長。いや~安心しました。またあんな子供っぽい態度を取られたらどうしたものかと思っていましたのでね」
「こ、こらキ、キース! こんなところでまで人の恥を晒そうとするな!」
キースによる唐突なリュアン弄りが開始され、フレアは興味深そうにくりくりと目を動かす。
「そんな態度とはなんですの!? セシリー、ねえねえ教えて!? 」
その圧に負けセシリーもついついそんな話に乗っかってしまう。
「え~、実はですね……一回団長に盛大に振られちゃいまして」
「まぁひどい! セシリーの何が不満ですの!?」
「セシリー、あれは違うだろ! あ、あの時俺は自分のことで手一杯で……」
「でも、私も傷ついちゃいましたもんね」
「その後フォローしただろ!」
あろうことか王城の一室で始まったリュアンとセシリーの喧嘩から、煽った本人のキースはさっさと非難し、王太子と言葉を交わす。
「まぁ、あのふたりはあれくらいが丁度いいんですよ……最近面倒事が多かったですから。殿下、うるさいのにはしばらく目をつぶっていただけると」
「はっはっ、いい雰囲気のふたりじゃないか。私たちも頑張らないとな、フレア」
「舞踏会が楽しみになってまいりましたわね!」
レオリンとフレアもお互いの顔を見て仲睦まじく笑い合う。
我に返った後、しばらくして王城を後にするリュアンとセシリーは、人に見せられない程真っ赤した顔を俯かせており……後ろに続くキースはそれをひとりご満悦な顔で見下ろしていたのだった。




