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訳あり魔法騎士団長様と月の聖女になる私  作者: 安野 吽
最終章 節刻みの舞踏会と封印の終わり

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応えられない想い

 翌日も元気に出勤したセシリーは昼休みが終わるころ、魔法騎士団の一室……ラケルが使っている部屋に昼食を乗せたトレイを運んだ。謹慎中で部屋から出て来ない彼の様子がどうしても気になったのだ。


「ラケル、開けてくれる? お昼ご飯を持って来たんだけど」

「……セシリー? 入って」


 ノックした扉がすっと開き、ラケルが顔を見せる。その顔は憔悴していて、いつもの快活さが見受けられない。綺麗な赤い瞳も、いつもの輝きを失っているように感じられた。


「調子、悪そうだね。あの……ごめんなさい。私が連れ出したせいでこんなことになっちゃって」

「もういいよ……気にしないで。ありがとう、そこに置いて座って」


 ラケルは、テーブルに備え付けた椅子を引いてセシリーに座らせ、自分はベッドに腰掛ける。いつもなら、なんとはなしに話が進むふたりだったが、どうもそれきり黙り込んでしまう。


 話のきっかけが欲しくて、セシリーはこの間の隣国の話を口に出す。


「む、向こうではなんか大変なことになっちゃったよね。疲れたでしょ……あの、今度何かお礼したいなって思うんだけど、なにか食べたい物とか、欲しい物とかあるかな? なんでもいいよ」

「……駄目だよ。なんでもとか言ったら」

「えっ?」


 彼がぼそっと言った言葉を聞きとれず、首をかしげていると……ラケルはふっと笑った。


「それじゃ、笛でも聞いてもらおうかな。横笛……」

「ああそっか、得意なんだもんね。私なんかが聴衆役でいいなら全然」


 セシリーはラケルが気を取り直してくれたのだと思ってほっとした。音楽は心を癒す効果があるというし、今の彼にはちょうどいいかもしれない。


「何の曲を吹くの?」

「……内緒」


 そういうと、黒塗りのフルートをケースから引き出し、そっとその唇を当てる。確かめるように何度か音を鳴らした後、すっと息を吸い込み、静かに演奏を始める。


 彼のお気に入りの曲なのだろうか、運指に淀みは無く、音色に乱れはない。だがどこか物悲しい曲は普段のラケルとはあまりにもかけ離れていて、なんとなく、聞いていて胸が締め付けられる。


 演奏が終わると、彼はすっと笛から口を離し、拍手するセシリーを見つめた。


「どうだった?」

「うん……とっても素敵だったけど、少し寂しい感じのする曲だよね。なんていう曲なの?」

「『星の砂』っていうんだよ……。手に入らないものを想って作られた、そんな曲」

「手に入らないものかぁ……」

 

 セシリーにも望もうと、決して手に入らないものはいくらでもある。俗人的な感覚だと、大金や地位、才能などがそうだし……他にも例えば、レミュールやリュアンのような美貌とか、ラケルの天性の明るさ、キースのような明晰な頭脳……その人をその人たらしめているような特別なものはどう足搔いても望めない。


「一杯あるよね……そんなの。悔しいけど、でも……それは仕方ないし、誰かになったりはできないけど……それに向かって努力することはできるじゃない。そうして頑張れば……なにかが――」

「違うんだよ……!」


 彼は首を振り……俯きながら、絞り出したような声で言った。


「欲しいのは紛い物じゃない……。ひとつしかない、それそのものなんだ。他のなにかじゃ駄目なんだ……」


 ラケルがふらっと立ち上がると、セシリーに近づいて見下ろす。


 いつも見慣れたその赤い瞳は照明に照らされず、今は血のように少し暗く見えて、セシリーは暴徒を退けてくれた時と同じで少し怖くなった。


「ど、どうしたのラケル……」


 彼はそのままゆっくりと体を近づけてくる。


「ねえ、セシリー。僕はさ……魔法騎士団の皆が好きだ。団員の人たちやキース先輩、そして団長のことはものすごく尊敬してる。リュアンさんみたいになりたいって憧れてた。でも今は、その人たちの信頼よりも……他にもっと、手に入れたいものができちゃったんだ」

「ま、待ってラケル。ちょっと痛い……」


 彼が肩に乗せた手が強い力で握られ、セシリーは呻いた。瞳はじっと、毛筋ほどの揺るぎも見せずセシリーの瞳を覗き込んでいる。


 セシリーはたまらず椅子を倒して地面に倒れ込んだ後、後ろの扉から外に出ようとした。だがその前でラケルは壁に強く手を付き、身を縮めるセシリーに覆いかぶさるように彼女の行動を止めた。


 彼の前髪が額にかかるほど間近で見つめられる……。


「ねえ、セシリー。僕じゃ駄目なの? ……お願いだよ、僕を選んでよ」

「何言ってるの? ラケル……おかしいよ。どうしちゃったの」

「どうもしてない……! 僕はただ、君が僕にしか出来ないことがあるって背中を押してくれた時から、ずっと君が……好きなんだ! もしひとつだけ自分のしたいことを選べと言われたら、僕は君だけを……傍にいて守りたいんだ!」


 ラケルはセシリーの片方の手首を強い力で握って壁に貼り付ける。


「お願いだセシリー、僕を選んで……! リュアンさんじゃなくたっていいじゃない! あの人はなんでも持ってる……強さも、美しさも、望めば王様にだって成れるんだ! ひとつくらい……君の心くらい、僕に譲ってくれたっていいだろ!」

「な、何を言ってるの……団長は別に私のことなんか」

「そんなはずない! セシリーじゃなきゃ、きっと団長は助けに行かなかった! 彼はずっと、僕と同じくらい君のことを想ってる! だから渡したくないんだ!」

「……そんなの、嘘よ」


 そう言いながらも、セシリーの胸には強い動揺があった。目の前の彼が今こんなことをするのが信じられなかったというのもあるが……リュアンが自分などを想っているというその言葉が、セシリーの胸を強く打った。


 少しだけ彼の手が緩み、瞳が潤む。


「セシリーは僕のことが嫌い?」

「……違う、よ。ラケルは、大切な友達で」

「ありがと……。でもね、それじゃ僕は嫌なんだ。君の特別な人に……なりたいんだ。一体、どうすればいいの……。教えて……?」

「そんなの……」


 ゆっくり、ラケルの顔が近づいてきて……混乱したセシリーは後ろ頭を壁に付けたまま、顔を背けようとした……。でもそれも、もう片方の手で止められてしまう。


 赤い前髪が鼻先を掠めるが、爽やかな整髪料の香りを意識する余裕もなく……。こんな時にも浮かんだのはやはりリュアンの顔で……なぜかとても、心が痛んだ。


 ――バタン!


「ちょっと~、なかなか帰って来ないけど、どうかした~? って……何やってんの!」


 扉から顔を覗かせたのは、ロージーだった。


 彼女が咄嗟にラケルを突き飛ばし、セシリーは拘束を解かれて尻餅を付くと、すぐに身を翻して外に飛び出す。


「セシリー! 待って!」

「あんた、あの子に――」


 言い合いはすぐに聞こえなくなった。階下に降りていったセシリーは、そのまま掃除用具庫の隅で座り込むと、肩を抱いて蹲る。


(……わかんない)


 どうしてこうなってしまったのだろう。ラケルはセシリーにとって、リルルと一緒に、大変な時何度も助けに来てくれた、騎士団で一番最初にできたかけがえのない友達なのに……。


 ……それでも、彼の気持ちを受け入れることは決してできない。心までを求められた時……嬉しいだなんて思えなかったから。


(わかんないよ! どうしたらいいのか……)


 彼はとても辛そうで……そうさせたのは自分なのだ。少しでもそれを和らげてあげたいとは思う。思うけれど……多分これだけは、自分の気持ちに嘘をついて相手に寄り添うことをしてはいけない。もしそれで彼との関係が壊れてしまうのだとしても。


 気持ちを偽らず、しっかりと伝えないといけない……。頭はそう判断している……でも今は、どうしてもそんな気になれない。


「仕事、しなきゃね……」


 何もする気力が湧いてこないが、こんなことをしてばかりではいけない。まずロージーに彼とは何も無かったことを告げて、心配を掛けたことを謝らなければ。


 セシリーは駄目な自分の頭を自嘲気味に小突くと、瞬きして涙を払う。沈む気持ちを切り替えて深呼吸をひとつ。


 もっと強くなりたい――そんな事を思いながら薄暗い掃除用具庫を後にした。





「――ベジエ子爵はどうやら、かなり上位の貴族から指示を受けていたようです。ルバート氏を拘束した件については非を認めましたが、それ以上は頑として口を割りませんでした」


 今、セシリーはキースから先日の件について報告を受けている。


 心配してくれたロージーに口止めをして、なんとかその日の仕事を終えたセシリーはあまり正直頭を動かしたくない気分だったが、この話については自分も大きく関係することで、聞かないわけにはいかない。


 セシリーも、彼が立ち会っていないクライスベル商会前での事件で、気になっていた事を口に出す。


「あの後思い出したんですが……うちの商会の前で騒ぎになった時、フォル……なんとかとかいう人の名前が出たんです。貴族っぽい服装をした人でした……」

「ええ、ラケルからも聞いています。ベジエ子爵と彼の接点を考えると、その上にはある人物の名が浮上しますが……。困りましたね……」


 明快な答えを得ている様子にもかかわらず、キースはそこで言い淀み、話を変える。


「不甲斐なく思いますが、現状私たちにできるのは商会周辺を警護することくらいになるでしょう。これ以上は証拠を探すことも難しくなるかもしれません」

「ど、どうしてですか? ルバートさんもあんなに酷いことされて、私たちだって……商会の評判をいいようにされて、黙って泣き寝入りなんて……」


 すると彼は珍しく弱った表情を浮かべた。


「実は……私も、正騎士団に所属している父に頭の痛い話を聞かされましてね。現在父は顧問として活動しているのですが……正騎士団の団長とも関わりのある人物が、魔法騎士団の解体を画策し、団長の罷免を直接国王へ陳情したようです。彼はどうやら前々からこちらのことをよく思っていなかったらしい」

「えっ、嘘でしょ!? も、もし今魔法騎士団が解体されたら……」

「ええ、国中に跋扈する魔物たちへの対応は非常にずさんなものになるでしょう。解体後は正騎士団にまた再編成されるという話ですが……本当かどうかも怪しいものですね。魔物の被害に遭って苦しむ人々のことなど、彼らはまるで考えてもいない」


 渋面で拳を握るキースに、セシリーは堪らず尋ねた。


「な、なんなんですかその人……! 誰なの……一体」

「その人物の名は、あなたもご存じですよ。この国で五本の指に入る程の権力者。そして、以前リュアンが懲らしめた、あのマイルズという青年の父です」

「それって……!」


 キースは、セシリーが頭に浮かべた通りの人物の名を口に出す。


「そう。彼の名はアルストリン・イーデル。イーデル公爵と言った方が通りがいいでしょうか。王都の西方……イーデル領に居を構える名門貴族の当主であり、彼が一声かければ誇張ではなく万の軍勢が動く。我々もなかなか厄介な相手を敵に回してしまいましたね……」


 セシリーは愕然とする。よもや、あの時のツケがこんな形で回って来るなんて。


 マイルズは確かに、ただでは済まさないと言っていた。……でも、粘着質な彼のことは置いておいても、その父親の立派な公爵様までがそんな底の浅い考えに同調し、魔法騎士団の解体まで目論んでいるなんて……。


 セシリーは婚約当初イーデル公爵に会ったことはあるが、その時はマイルズとは全く違う懐の深そうな大人物に見え、こんな非道な行いを許すとは信じられなかった。


「……リュアン様は、このことを知っているんですか?」

「ええ。今は任務でいませんが、帰って来たらレオリン王太子に直接今回の件を相談するつもりでいますので、セシリーさんも出来れば御同行願えますか? 一度こちらの国の聖女であるフレア様ともお話していただく必要がありますし」

「う……。わ、わかりました。頑張ります」


 王城……ここでもまたあの重圧に晒されるのかと思うと、セシリーの気は重い。

 しかし、クライスベル家の未来と魔法騎士団のためには、避けては通れない道だ。


「お気の毒ですが、事が大きくなり過ぎてしまいました。おそらく近日中に我々も関係者として召集され、国王の裁可を仰ぐことになるでしょう。それに立ち会う心づもりをお願いします」

「はい……」

「せめて、気持ちが落ち着くハーブティーでも淹れましょう。リュアンに送らせますから、少し座って待っていてください」


 気を遣ってくれたキースが給湯室に消え、しばしセシリーはソファに体を深く預けた。


 心が休まる暇も無い。幸い、衣装に関しては、ジェラルドやレミュールが向こうの離宮でセシリーが来ていた服をそのままプレゼントしてくれたので、どうにかはなる……。とはいえどこかで粗相でもしたらと気が気では無いし、騒動が無事に終わったとしても舞踏会や大災厄の復活に向けての段取りなどしばらくは多忙な日々が続く。


(でもその方がいいのかも……今は)


 それでも、少しだけ考えたくないことから離れられるのが今のセシリーにはありがたい。この出来事が終わったら、ちゃんとラケルに向かい合おう……。そう決意しながら、セシリーはリュアンが戻ってくるまで、しばらく目元を手で覆って休んでいた……。

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