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訳あり魔法騎士団長様と月の聖女になる私  作者: 安野 吽
最終章 節刻みの舞踏会と封印の終わり

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クライスベル商会の異変

 久方ぶりの再会をセシリーが楽しんでいる数日前、オーギュストは王都に戻って早々クライスベル商会を訪れていた。キースから伝えられていた、ルバートの言葉がずっと気になっていたのだ。


 しかしその前に目にした光景はオーギュストを慄然とさせた。


(どうしたことだ……これは)


 商会の建物は、一階が総合販売所、二階以降が職員たちの作業するフロアや倉庫になっている……。当然いつもなら多くの買い物客で賑わっているはずだが、建物の周囲は閑散とし、ところどころに『品質管理のずさんな低俗商会を許すな!』『金儲けのことしか考えていない詐欺集団』など抗議内容が記された看板をかかれた住民が座り込んでいる。


 経営の大部分をルバートに任せているため、そこまで顔が知れているとは思わないが……オーギュストは一応警戒して目立たない場所に作られた裏口を開け、商会の中に入り込む。活気のない店内の通路を通り、階段を登って三階の役員室を目指した。途中すれ違う職員とも挨拶を交わすが、顔色が悪い。


「ルバート、入るぞ。ルバート」

「オーギュスト様! 今までどちらに!」


 役員室に人はいたものの、対応したのは支配人ルバートではなく、副支配人の地位に就いているチャドルという男だった。

 

「すまんな、家族のことで隣国で色々あったのだよ。しかし……まずいことになっているな。ルバートは?」

「ええ……それが」


 オーギュストと向かい合ったチャドルは、三十代の若さながら副支配人を任せるに足る実力の持ち主だ。普段から身なりに気を遣い小綺麗で流行を抑えた衣服を着こなす彼も、しかし今は見る影もない。髪の乱れや目の下の隈は、相当に憔悴し追い込まれている証拠だった。


「実はオーギュスト様が旅立たれてすぐ、総合販売所で同時にいくつか苦情騒ぎが起こりまして……販売した食品の中に虫、ごみがなどが見られたとか、壊れた不良品を売りつけられたといった、真偽を判断しにくいものだったのですが、それが毎日かなりの件数起こりました。次いで店外でも問題を告発する様な文書が貼りつけられたり、団体で抗議する人間が現われまして……急遽一旦販売所を閉鎖する騒ぎとなったのです」

「風評被害か……」


 一件や二件の単発的な過失ならば理解できるが、クライスベル商会としても商品の仕入れには細心の注意を払い、店舗に出すまでにいくつかの工程で厳しい検品をこなしている。それらを潜り抜けてこんなにも問題が重なるはずもなく……そして話を聞いてみれば、苦情騒ぎを起こし店舗を閉鎖に追い込むまでの手際がよすぎた。明らかに裏で何者かが人為的な工作を行っている。


「しかもその後、急に支配人までが足取りを負えなくなりまして……」

「ふむ……調査は終わっているか?」

「ある程度は。告発者の周辺を洗ってみたところ、べジエ子爵とフォルアンサム男爵の手の者が関わり、金をばらまいて民衆を扇動しているようです。いかがいたしましょう……王立裁判所に告訴しようにも、まだ証拠が」

「それは確実なのだな? ならばまずはルバートの身柄を取り戻すところからだが、しかし……」


 オーギュストは苦虫をかみつぶしたような表情になった。そのふたりはともかく、その上にいる人物が問題なのだ。彼らは、この国で重要な地位を占めるある公爵の麾下についている。


「今しばらくは大口の顧客の動揺を抑えることに専念するように。ルバートの身柄は私が直接確認する」

「お急ぎください。長期となれば……我らが商会も王都に移転するにあたって設備投資をしたばかりですし、資金が保ちません。すでにいくつかの取引先から契約を考え直したいと連絡を受けています。何か手を打たねば……」

「わかっている……! 必ず事の真偽を明らかにして戻る。待っていてくれ」

「……ええ。オーギュスト殿、我々はあなたに恩義のある者ばかりで、クライスベル商会は我らにとって、自分たちの家に等しい。それを守るためならば職員一同、一丸となり戦う覚悟です。ひたすら耐え忍び、あなた様のお帰りをお待ちしております」


 チャドルはその浅黒い肌の色が示す通り、元は流民であった。故郷を捨てた彼の商会に対する想いは人一倍強くはずだ。必ず持ち堪えてくれると信じ、深く頭を下げた彼の肩に手を置いて背を向け、オーギュストはクライスベル商会を後にしていった。


(捕らえられているとしたらここから一番近い、べジエ子爵のところだろうか……? いや……)


 思慮深い人物であれば、誘拐した人物を身近に置くことはまずすまい。ならばルバートは……元凶となるそれを指示した人物の元で捕らえられているのではないか。


 彼も高齢ではあるが根性の入った男だ。体力的には今しばらく頑張れるだろう。この手で元凶と直接対話し、決着をつける。そう意気込むとオーギュストはこの王室直轄地よりひとつ西に離れた領地へと出向くべく、辻馬車を捕まえ飛び乗った。

 

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