魔法騎士団への帰還
そびえると言うにはいささかこじんまりとしている……しかし、セシリーにとっては、どんな素敵なお城よりも再び訪れることを望んでいた場所だった。玄関口の両脇に吊るされた、ファーリスデル王国の紋章付の垂れ幕が目にはっきりと飛び込んでくる。
魔法騎士団本部――その黒っぽい外観の建物は以前と変わらぬ趣でセシリーを迎えてくれた。ここを訪れなくなってから一カ月程度しか経っていないのだから当たり前なのかもしれない。しかしそんな小さなことも……彼女の胸に喜びの実感を湧き上がらせてくれる。
「……ただいま」
「……あっ」
そっとその入り口扉を開けると、受付台の前で驚きの顔で迎えてくれたのはロージーだ。彼女は目をぱちぱちさせると、ゆっくりとその顔を満面の笑顔に変え、セシリーの元に近づくと両手を広げた。
「――おかえりっ! 色々あったみたいね」
「ええ……でもまた戻って来ることができました!」
あの後、オーギュストやリュアンと共に出国したセシリーは、王家の所有する魔法の車を一台与えられ、それで三日もかからずこの国に帰ってくることができた。道中誰が運転するのかでリュアンと揉めたり、試作品であったため動作不良を起こしたのを修理するため、一晩車中泊をしたり……なにくれとあったのだけど、それはまた別の話。
「忙しい時に急に抜けちゃってごめんなさい」
「気にしないでいいわよ。ちょっと前までひとりでどうにかしてたんだから。ま、ちょっとだけ寂しかったけどさ」
「ちょっとだけですか~……?」
通信用魔道具で話した時のことを思いだし、セシリーはにまっと口元を緩めロージーの肩を突く。
「こら、大人をからかわないの」「あうっ」
すると彼女はセシリーの鼻をふにっとつまみ、窘める。そんな優しい罰を受けた後、ロージーは首を傾げて笑う。
「エイラさん、元気にしてる? セシリーが向こうの国に行った後、心配で倒れちゃったのよ」
「はい、聞きました。今はなんともないって言ってましたけど……」
クライスベル邸に帰った後、エイラはセシリーとの再会を祝ってくれた。しかしそれはどこかぎこちなく……彼女の表情は浮かなくて、あまり目も合わせてくれなかったのだ。心配を掛けた自分に怒ってるのかとも思ったがそういうわけでもなさそうで、何だかよそよそしくて違う人と話しているような気分だった。
「気にしない気にしない。身体の調子が戻ればすぐに元通りになるわよ。元気出しなさい!」
ロージーに背中を叩いてもらい、気を取り直していると、背後から声が掛けられた。
「――おかえりなさい、セシリーさん。彼から話は聞きました……よく頑張りましたね」
「キースさん……」
おなじみの柔らかい笑みを見せたのはキースだ。セシリーは進み出た彼が紳士らしく差し出したその手を両手で握り返した。
「色々ありがとうございました。王太子様に私が戻れるように掛け合って下さったって聞きました……」
「礼には及びません。美しい女性の助けになるのが我ら男性の本懐といえますし、それに我らの団もロージーだけだと華やかさに欠けますのでね。エイラさんも戻ってしまわれましたし……」
「言ってくれるじゃない……こんどあんたのお茶にだけ、砂糖じゃなくて塩ぶちこんどいてあげよっか?」
「おおっと、失言失言。どうどう……ど~う」
「あたしゃお馬さんじゃないんですけどねぇ」
そんなふたりの息の合った微笑ましいやり取りに、改めてセシリーはこの場所に戻れたのだと実感する。ロージーを落ち着かせようと宥める合間にも、目敏いキースはセシリーにあった変化に気づいて、自分の瞳の中心を指で示しこちらを見た。
「そういえば、少し瞳の色が変わりましたね。綺麗な銀色だ」
「本当だ、見せて見せて」
セシリーはロージーに顔を覗き込まれながら、その時のいきさつを掻い摘んで説明しようとした。だが、よくよく考えてみると話して納得してもらえることでもなく、とりあえずその場で魔法を実演してみる。
「キースさん、私魔法が使えるようになったんです! え~と《風よ、我が身を空へ運べ》!」
以前ラケルに抱き上げてもらった時のように体を魔力で包むと、セシリーは足で大地を突き放し、ゆっくりと浮き上がる。そのまま彼女はゆっくりとエントランスの天井を一周してみせた。
「ほう、素晴らしいですね。こんなに早く魔法を体得できるとは」
「とはいってもこれ、ラナって人からの借り物なんです。彼女がきっとこれからみんなを守るために必要になるからって残してくれたんだと思うと……あんまり軽々しく使うのもどうかなって」
目の前に軽い足音を響かせて舞い降りたセシリーの迷いを聞き、キースは少し考えた後こう言う。
「そのラナという方がどんな人物で、あなたになにを思って力を預けたのかはわかりませんが……彼女もきっとあなたのことを信じてそれを与えた。ならば恐れず、心のままにそれを振るえばいいのですよ。あなたがそれを間違ったことに使わないだろうということは、ここにいる私たちが保証します。ね、ロージー?」
「もちろん! セシリーなら変なことには使わないわよ」
「恐れずに……。うん、ちゃんと使いこなせるようにこれからも努力します。ふたりとも、ありがとう……」
彼らの言葉にセシリーは感謝するとともに、これからも研鑽を怠らないことを約束する。知識や記憶を得ることはできても、実際に使ってみないと分からない部分も多い。まだまだ手足のように扱うには時間が掛かりそうだ。
「それがいいでしょう。さあ、こんなところで立ち話もなんです……我らが執務室でお茶でも頂きましょうか。久しぶりに腕を振るわせていただきますよ」
「あっ、それならこれ、色々とお土産を買って来たんです! ガレイタム産のお茶もあるんですよ」
「それは有難いですね。ん……ま、まさか、これはっ!」
キースが驚愕の表情で手にしたのは、レミュールに貰った、離宮でも使われていた茶葉だ。
「ガレイタム王国北部の峻厳なロティーガル山脈の一部でしか取れないという、《ロティーガルズ・プラチナム》……!? しかもこのセカンドフラッシュは限られた数しか売りに出されない限定生産品ッ! まさしく、至高の一品なのですよ! 早速楽しみましょう、是非! 今!」
「紅茶バカ……べ~っだ」
キースは彼らしくないご機嫌さで「素晴らしい!」と連呼しながら足早に執務室へと向かってゆき、お返しとばかりにロージーが舌を出す。
はしゃぐ後ろ姿に顔を見合わせて笑ったセシリーたちが後に続こうとした時……静かに入り口扉を開けて誰かが入ってきた。よく見知った彼の顔は、別人のように落ち込んで見えた。
「あっ……ラケル」
「……セシリー? 帰って来たんだね」
俯き加減のラケルは、どうも浮かない表情で微笑む。思えば最後にガレイタムで会った時もそんな様子だった。気には掛かるが、皆の前では問い正してもかえって話しづらいだろうと、セシリーは感謝を伝えるにとどめておく。
「向こうまで探しに来てくれてありがとう。今日からまたよろしくね! これからキースさんにお茶を淹れていただくんだけど、一緒にどう?」
「あぁ……ごめん、僕ちょっと調子悪くて。午後から任務もあるし、少し部屋で休むよ」
「えっ、だ、大丈夫? 熱とかあるの?」
額に添えようとした手はやんわりとどけられ、彼は力ない笑みを浮かべた。
「いいから。大丈夫……またね」
「う、うん。また後で」
そのまま奥へと歩いてゆくラケルを見送っていると、ロージーが隣から囁いた。
「なんか帰って来てから元気なくてさ……。向こうでなにかあったりしてない?」
「う~ん……あまり思い当たることは無いんですけど」
そもセシリーが向こうで彼と会ったのはジェラルドとレオリンの面談時と、帰る前に顔を合わせた時の二回くらいだ。その間彼の心境にどんな変化があったのかは想像もつかない。
心配するふたりにエイラがそっと声を掛けた。
「ま、年頃だしなんやかんやあるわよね。あまり根掘り葉掘りも聞けないから、今は様子見かな。いこっか。せっかくのお茶が冷めたらきっとキース、鬼みたいに怒るわよ?」
「そ、そうですね……」
ロージーが頭の上に二つの人差し指を立てたのにくすっと笑うと、セシリーは歩き出した。
誰にだって、そっとして欲しい時くらいある。今はそういう時なのだと割り切って、また今度会った時それとなく理由を尋ねてみようとセシリーは不安を払い執務室へと急ぐ。
「お帰りセシリーちゃん! 大変だったんだってな」
「団長のお守り、ご苦労さん」
「あはは。ただいまです!」
通路にいた他の騎士たちからの帰還を歓迎する声に笑顔で返しつつ、扉を開けた時、セシリーはどきっとする。
(あっ……)
リュアンの真剣に仕事に励む姿が見えたのだ。一緒にガレイタムから帰ってくる時もそうだったけれど、さんざん見慣れたはずの彼の顔が今は……どうしてかちょっとまともに見られない。
「どうしたのよセシリー」
「ああ、来たのか」
背中を押したロージーの言葉に反応したリュアンと目が合い、慌てて目線を下げ、おずおず執務室の中に入る。すると彼はわざわざ前に進み出てセシリーに笑いかけてくれた。
「お帰り」
「……ただいまです」
そんな一言を言うのが精一杯なセシリーの背中を彼は押して応接用のソファへと座らせると、自分も隣に腰を落ち着けた。触れそうな肩越しに彼を見上げると、首筋の辺りに少し傷跡が残り、袖からもまだ包帯が覗いている。ジェラルドとの戦いでの負傷が、まだ完治していないのだ。
「痛みますか?」
「なんてことないさ。俺が丈夫なのは知ってるだろ。すぐに治る」
「ごめんなさい」
「名誉の負傷なんだ、気にするな」
そういって彼はセシリーの後ろ頭を優しく撫でる。細くひんやりした指先は気持ちよく首の後ろを刺激し、セシリーは(なんで!?)とびっくりして赤くなりつつ……ジェラルドにもよくこうされたことを思い出し、むくれたふりをした。
「私は犬じゃないですよ」
「ん、ああごめん。そうじゃなくて、綺麗な髪だったんでついな……気に障ったなら謝る」
「そ、それなら別にいいんです」
「こらこら団長、ここは騎士団の執務室なんですから甘いやり取りはまた別の時にやりましょうね。以後自重するように」
犬扱いではなかったことに安堵しつつまごつくセシリーの前に、銀縁の白いティーソーサーをぬっと突き出したのはキースだ。彼はレディーファーストで団長への紅茶を後回しにすると、きついお小言をセットで添える。
「お、俺は……そんなつもりじゃ」
といいつつも、自分の行動を思い返した彼の顔はほんのり赤く染まっている。瞳がちろりとこちらを見て、合った瞬間パッと逸れた。
「……な、なんですか? 堂々としてください」
「は、反応を確かめただけだ。お前こそ、ずいぶん顔が赤いじゃないか」
「あらあら」
「あなたたちねぇ。そんなことよりもせっかくの銘茶を楽しんで下さいよ! あの《ロティーガルズ・プラチナム》ですよ!? まったく、この花の蜜を直接いただく様な芳醇な香りとコク。年に一度味わえるかどうかという至上の一品なのですから! 楽しんで下さい、さあさあ!」
普段より語気を強めたキースの口調にセシリーは紅茶で口を湿らすのだが……隣のリュアンのおかげでたっぷりと注がれてくる周囲からの生暖かな視線が恥ずかしくてそれどころではない。両手を擦り合わせるばかりで、せっかくの最高級品の味に感動する余裕もなかった……。




