変わってしまったラケル
エイラと入れ替わりで魔法騎士団に戻ってきた翌日の昼、セシリーはリルルの散歩を口実にラケルと街へ出た。だが、いつも快くお守り役を引き受けてくれる彼は気が進まない様子で、渋々といった様子で隣を歩いている。昼食で腕を振るったつもりだった、以前美味しそうに食べてくれていたハンバーグだって半分ほど残されていて……何かあったのだと思わずにはいられなかった。
「あ、あの……ごめんね。色々迷惑かけて……元気が無さそうだったから気分転換に話せればと思って」
「ううん、君のせいじゃない。これは僕の気持ちの問題だから」
ラケルは弱々しい笑みを浮かべただけで理由を話そうとはしない。手に持ったリードの先のリルルと視線を交わし、セシリーは心の中で尋ねる。
(ね、リルル。ラケルになにか聞いてない? 私に何かされたとか……どこか、体の調子が悪いとか)
(知んない。だってこいつ、ボクのことまで忘れて先に帰っちゃったんだよ。許せない……砂でもかけてやりたい気分さ)
(こらこら……)
リルルは後ろ足で地面を蹴る真似をし、セシリーはそれをなだめる。どうせ石畳なので下には大した砂利も無いのだけれど。
(でもなんか、帰ってきた時様子がおかしかったって、ティビーとウィリーが言ってた。いつもボクにちょっかいかけに来るあいつらもすっきりしない感じでさ……なんか、ふらふら帰ってきたと思ったら、話しかけてもろくに答えもせず部屋に籠っちゃったんだって。せっかく仕事代わってやったのに~って怒ってたよ。後、最近夜あんまり部屋にいないんだって)
(そう……)
不満そうな彼の話からすると、帰り道でなにかあったのだとも考えられるが……どうにも判断できずにセシリーは頬に手を当てた。
頭半分ほど上にある彼の表情は今も堅く、目線は下を向いている。
気まずい雰囲気で言葉もさして交わせぬまま、ある地点にさしかかった時……耳に騒がしい声が届いてきて、何事かと前を向いたセシリーは唖然となった。
「嘘……なんでこんなことになってるの!?」
(く、首が締まるっ! セシリー待ってよ!)
「セシリー、どうしたの!?」
急にリルルのリードを引っ張って駆けるセシリー。ラケルもそれに続く。
人垣の向こうにあるのはクライスベル商会で、活気があるのはいつものことだが、なにかおかしい。
隙間からちらりと見えるのは、徒党を組んだ男たちが壁に石や残飯をぶつけ、罵声を浴びせかけている姿。それを周りの住人たちが、迷惑そうな顔で見つめていた。
セシリーはなんとか体を捩じ込んで人混みを抜け出ると、男たちと対峙する。
「あんたたち、なにやってんのよ!」
「なんだ小娘、邪魔すんじゃねえ。俺たちぁこの商会にゴミみてえな商品売りつけられて迷惑したんでなぁ。やり返してやってるだけさ」
「そうである……これは正当な報復である。他にも多くの民衆が被害を被っておるのだ。こんな商会は我らの街から追い出さねばならぬのである」
後ろから出てきた特徴的な口調の男は、趣味の悪い着飾り方や仕草などからもどこかの下級貴族ではないかと察せられたが、セシリーは臆さず言い返す。
「何の証拠があってそんなことを言うのよ! うちの商会は安心安全を売りにしてるの! ちゃんと信用のおける供給元からしか仕入れないし、店に出す物はお金を掛けて専門の魔法使いに浄化、除毒までしてもらってるんだからね! そんなに多くの不良品なんて出るわけない! 証拠を見せなさいよ!」
「うちだと……? ならば、お前がここの経営者の娘であるのか? ふむ……ならば皆の者、こやつに制裁を。貧しい民草の怒りを思い知らせてやるのである!」
「ちょっ……嘘でしょ!?」
(セシリー、下がって!)
後ろの十数人の暴徒が団子状になってこちらになだれ込み、リルルが庇うように間に割り込んで唸った。まさかこんな街中でいきなり襲われるとは思いもよらなくて、頭の中でなにか彼らを止められる魔法を探すが……それに先んじラケルが行動を起こしていた。
いつもとは違う冷たい怒りを瞳に宿らせ、彼は非情ともいえる軽やかさで詠唱を口ずさむ。
「いい加減にしろよ。そこはセシリーの大事な場所なんだ……消えろ。『火精よ、その身を礫となし、焦熱の雨を降らせ』」
「えっ!?」
途端に、中空に浮かんだ小石程度の火の玉が暴徒たちを照準し、頭の中のラナの知識にそれが『火礫』という魔法だと知らされたセシリーが叫んだ。
「ラケル駄目! こんなところでそんな魔法使ったら……」
「加減はするよ。こんな奴らにはしっかりと身の程を分からせないと」
だがその制止も聞かず彼が魔法を解き放つと、火の玉が弩の如く放たれる。
大半は足元を目掛けて飛び命中はしなかったが、土砂が爆ぜ散って、瞬く間に悲鳴が上がる。
「……ひ、うぁぁぁぁっ!」「助けてくれ!」
「な、なんだこいつやべえ! フォルアンサムの旦那、逃げますぜ!」
「ま、待つのである……置いていくなっ!」
「逃がさないよ」
逃げ惑う暴徒たち。それに紛れ先に逃げ出そうとした首謀者の男の片方を、ラケルが鞘ごと抜いた剣で容赦なく気絶させた。残った貴族の男が震えあがって情けなく尻餅をつく。
「わ、わた、私は貴族であるぞ! きさ、貴様……手を出せば、裁判にして――」
「関係ない。セシリーの周りに危害を及ぼす奴らは……僕が全部、潰す」
ラケルは感情を殺した目で男を見下ろすと剣を振り上げた。
「待って!」
それをセシリーは抱き着いて止めさせ、からくも一撃を免れた貴族の男は悲鳴を上げ、よろめきながら走って逃げてゆく。
「どうして止めたの」
別人のような平坦な声で呟くラケルの、剣を持った腕にセシリーは触れた。
「守ってくれたのは嬉しいけど、やりすぎは駄目よ……だってあなたは、誰かを傷つけるために剣を手にしたんじゃないでしょう?」
するとラケルはほのかに微笑み、剣を腰に戻すと、彼女の頬に手を添えた。
「セシリーは優しいね……。力があっても、自分じゃない誰かが傷つくまで、それを振るおうとしない。だから誰かが……君を守らないといけないんだ」
(……ラケルってこんな人だったっけ)
これまでのラケルは、どんな相手であろうとやすやすと暴力などふるわず、対話を試みる優しさを備えていた。だが……今の彼からはそれが無くなってしまった。
表情からは今までの快活さは消え、代わりに帯びた凄味がセシリーを動けなくした。だが怯えが伝わったのか、悲しそうな顔でラケルはセシリーから体を離すと、先に気絶させた暴徒を縄で拘束した。
「……戻ろう。こいつに事情を聴かないといけないからね」
「う、うん」
解放されたセシリーは、ごくっと唾を飲んだ後立ち上がって、男を担いで騎士団の方へと戻るラケルを追う。
(どうしたんだろあいつ。セシリー、大丈夫?)
(うん……行こっか)
自分でリードを咥えて持ってきた賢いリルルを撫でて心を鎮めた後、セシリーは彼の隣に並んで、かける言葉を探した。でも心なしか、彼との距離が今までとはよほど遠くなってしまったように感じられて……口を開けては閉じるを何度繰り返しても、そこから真意を問いただせそうな言葉は生まれてこなかった。




