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「……仕方ない、全員殺すか……」
――ああ、もうダメだ――。
なんて、もう思わない。
決めたから、最期まで王女として生きるのだと。
マルガリーテ王女は最期の最期まで、幸せを求めて運命と闘うのだ。
そうするのが、マルガリーテの、王女としてのあり方だった。
『もうたくさんよ! これ以上、あなたには誰も殺させない!!』
声は、二つぴったり重なった。
絶望にくれる美女たちの中から立ち上がったのは、二人の王女。
一人は、真の王女、エリーゼ。
もう一人は、ずるをして王女になった、マルガリーテ。
「王女様、お気持ちは嬉しいですけど、下がってください。あなたがいたのでは、私は満足に戦えません」
「……あなたは、本来ならここにいないはずの人間なのよ。私が時間を稼ぐから、みんなを逃がしてあげて」
「それはできません。私は、全員助けるつもりですから」
「あの男に、勝つつもりなの? やめた方がいいわ。いくらあなたが強いといっても、あの男はそういう次元にはいない。勝てるはずがないわ」
エリーゼはマルガリーテの制止も聞かず、余裕のあるほほえみだけを返した。
サミュエルも、エリーゼの動きからその力を悟ったのか、近衛隊を全滅させた時ですら構えなかったのに、剣を持って構えた。
「そうか……バストンを倒したのは、お前だったのか……」
「ええ」
珍しく感情を見せたサミュエルに対して、エリーゼは感情が込められていない言葉を返した。
そして、再び構えを見せるエリーゼ。
それは、つい先ほどバストンを倒した時とは違う構えだった。
どこが、と聞かれても詳しいことはわからない。
でも、素人であるマルガリーテにも、違っていることだけは見て取れた。
武器を構えるサミュエル。
素手で構えるエリーゼ。
素人目にもどちらが有利なのかわかる。
それにしても、なぜエリーゼは剣を取らなかったのだろう。
そこいら中に近衛隊の剣が転がっているというのに。
――いや、剣がすでに使い物にならないことを知っていたのだ。
近衛隊の剣は先ほどのサミュエルとの戦いで、ことごとく折られていた。
素手で戦うしかなかったのだ。
「はっ!」
サミュエルが、斬りかかる。
その刃に月明かりが反射して、切っ先が煌めく。
エリーゼは、サミュエルと息の合ったダンスを披露するかのように避ける。
十人もの近衛隊を一瞬の内に殺した剣は、空を斬るばかりでエリーゼに触れることすら叶わなかった。
「――チッ」
サミュエルが、舌打ちをして間合いを離した。
その一瞬の隙を、エリーゼは見逃さなかった。
それまで防戦一方で引き気味だったエリーゼが、反転した。
足下を爆発させる勢いで地面を蹴り、離されたはずのサミュエルとの間合いを一気に詰める。
――しかし、マルガリーテは確かにその時見た。
遠目だったのにはっきりと。表情一つ変えなかったサミュエルが、薄ら笑いを浮かべたのを。
「ダメ! エリーゼ! 離れて!」
戦っているエリーゼの気を散らせてはいけないと思っていたのに、勝手に言葉が出てしまった。
サミュエルは剣の握りを変えて、エリーゼを突き刺した――。
かに見えたが、エリーゼはすんでのところで体を捻って躱していたようだった。
上手く着地できず、地面を転がったエリーゼは立ち上がると同時に再び構える。
その姿に、妙な違和感を感じた。
何かが、ついさっきと違う。
本当はわかっているクセに、認めたくなかった。
――エリーゼは、サミュエルの攻撃を完全には躱せていなかったのだ。
左肩の辺りが鮮血で赤く染まっていた。
「く……」
「……お前の力、殺すには惜しいな。俺の手下になるのなら、命だけは助けてやろう」
「冗談にしては笑えないわね。この私が、貴様のような者につくわけないでしょう?」
「そうか……交渉決裂だな。じゃあ、死ね」
「それもお断りしたはずよ」
サミュエルが、地を駆ける。
エリーゼは、その場に留まる。
――それは、ほんの一瞬の出来事だったと思う。
人間の目には映らないはずの一瞬。まるで世界の全てがスローになってしまったかのよう。
サミュエルの剣が空気を切り裂きエリーゼに襲いかかる。
それを、エリーゼの繰り出した蹴りが捉える。
剣は真ん中から真っ二つにへし折られ、
「何!?」
「私の目が黒いうちは、貴様のような悪をのさばらせたりはしない。一生かけてその罪、償いなさい!」
エリーゼはさらに体を半回転させ、剣を折ったその足でサミュエルをも薙ぎ払った。
――ドオン、と目の覚めるような大きな音で、マルガリーテは我に返った。
音のした方を見ると、サミュエルが倒れていた。
どうやら、エリーゼに蹴り飛ばされて木に叩きつけられたようだ。
辺りは、歓喜の渦に包み込まれた。
今度こそ、終わった。
まだ洞窟の中に残っている誘拐団の者もいるだろうが、それはエリーゼの敵ではないだろう。
運命は、変わったのだ――。
エリーゼはマルガリーテの家族や、捕らわれていた美女たちに囲まれて喜びを分かち合っていた。
「……なんなんだこりゃ……? これじゃ、あたしは無意味にお前と契約しちまったってことかよ!?」
……一人だけ、嘆き叫ぶ者がいたが、誰もその気持ちを理解できる者はいなかった。
「……アミー、城に帰してちょうだい。あなたならできるんでしょう?」
「……それは構わないが、いいのか? あいつらに何も言わなくて」
「私は王女を選んだ。今さら、あの家族に何を言うのよ。それに、いいのよ。ブリード家は今の姿の方が幸せそうだから。私には、あの家に幸せがなかった。ただ、それだけよ」
無言のまま背を向けたマルガリーテを、引き留める者がいた。
「待って、王女様」
そう言ったのは、真の王女エリーゼ。
家族を伴って、マルガリーテの元へとやってきた。
「何?」
「あの時は、ありがとうございました。王女様に声をかけていただいたお陰で、助かりました」
「私は、ただ見ていただけよ」
気怠そうに、振り返る。
エリーゼや家族と視線を合わせたくなかったので、マルガリーテの瞳は森の方を映していた。
――――?
……今、何かが目の端に映ったような気がした。
森の方に焦点を合わせる。
木の陰から、何かが煌めいた。
――あれは……矢……?
そうだ! ボウガンを構えたヘンリーがこちらを狙っている!
「王女様、すごいね。よくお姉ちゃんとあいつの動きが見えたね――」
「死ねえ!」
「危ない!!」
カトリーヌの話し声を遮り、ヘンリーはボウガンの引き金を引いた。
誰もがその出来事に戸惑う中、マルガリーテはエリーゼと家族を押し倒した。
放たれた矢は、確実にマルガリーテを捉えている。
――ああ、何でこんな馬鹿なことをしてしまったのだ。
エリーゼや家族を助けようとしなければ、死なずにすんだのに。
もう、ここから運命を変えることはできないだろうな……。
頭に激痛が走る。
目の前が光に包まれ――。
マルガリーテの意識はそこで途切れた。




