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「おい、王女。お前だけ外に出るんだ」
バストンという大男がマルガリーテに命令し、牢屋の鍵を開けた。
牢屋の外には十人くらいの黒装束がこちらを睨みつけている。
抵抗すれば、どんな目に遭わされるのか、簡単に想像できる。
「ちょっと、待ちなさい。何で王女だけ出すのよ。あたしらも出しなさいよ」
あろうことか、アミーは誘拐犯相手に抗議した。
人間じゃないから、状況がわかっていないのだろうか。
「はあ? 馬鹿か? お前は?」
当然、バストンは聞き入れない。
――と思われたのだが――。
「あたしが出せと言ってるんだ。言うことを聞け」
聞いた者全てに畏怖の念を与えるほどの声が、重く静かにこだました。
思わずアミーの方を振り返ると、アミーの瞳が妖しく光っている。
「……そうだな。このアジトはどうせ捨てなければならんのだ。こいつらも馬車に乗せて移動させるんだから、今ここで先に馬車に連れて行った方が後々楽かも知れないな……」
まるで生気のない顔で、バストンはぶつぶつとつぶやき、
「よし、全員外に出るんだ」
そう言って、アミーの要求を受け入れた。
正しくは、受け入れさせたのだろう。
……アミーの、悪魔の魔法によって。
なぜ、そんなことをしたのか。聞きたかったけどその暇はなかった。
「いいか? 俺の後ろに一列に並んでついてくるんだ。まあ、馬鹿なことをする奴はいないと思うが、抵抗したらその場で殺す! わかったかっ!!」
生気を取り戻したバストンが、声を張り上げた。牢屋のある部屋は大きくないから、そんなに怒鳴る必要はないというのにそれで威圧しているつもりなのだろう。
牢屋に入れられていた何人かの女性は泣きそうな顔をしていたから、効果はあったのかな。
マルガリーテは怖くなかった。ただ、うるさかったのは不快だったけど。
バストンの迫力に押されたのか、牢屋の扉が開けられたのに誰も出ようとはしなかった。
ぐずぐずしていると、それを理由にまたこいつは怒鳴るだろう。
マルガリーテは率先して言われた通りにした。
「お、王女様……」
誰かが心配そうな声を上げたが、無視して進み出た。
「フ……さすがは王女、聞き分けがよくて助かるぜ」
王女が大人しく従っては他の者も抵抗するわけにはいかず、渋々牢屋から出てマルガリーテの後に続いた。
バストンは、マルガリーテたちに背を向けて歩き出した。
マルガリーテたちを睨みつけていた黒装束は、一人に一人が見張るようにくっついて歩き出す。
そのまま真っ直ぐ進むと、すぐに階段にぶつかった。
やはり、地下室だったのだ。階段は上にしか伸びていなかった。
薄暗い階段を一段一段確かめるように上る。
まるで、断頭台に臨む死刑囚のように。
階段を上りきると、ますます辺りが暗くなった。
明かりは、たいまつのような物がところどころにあるだけ。
その小さな明かりを頼りに目を凝らすと、周りが岩肌で囲まれていることがわかった。
どうやら、ここは洞窟のようだ。
右も左も入り組んでいて、どちらが外に続いているのか見当もつかない。
それにつけ加えてこの暗さだ。ここに住んでいる者にしか、この中は案内できないだろう。
犯罪者のアジトとしては、適当と言わざるをえない。
「余所見をするな。逃げようと思っても、無駄だぞ」
「……逃げるつもりはないわ。どうやったら外に出られるのかもわからないのに……」
「そりゃそうだ」
バストンは、「ガッハッハッ」と口を大きく開けて笑った。
……それから、どれだけ歩かされただろうか。
とにかく入り組んだ道を覚えきれないほど曲がり、初めこそ怯えていた人たちもその元気すらなくなるくらいみんな疲れていた。
「――あ!」
唯一元気の残っていたと思われるカトリーヌが小さく叫んだ。
足下ばかりを見ていたから気づかなかったが、正面を向くとぽっかりと空いた穴から月明かりが差し込んでいる。
――出口だ。
みんな、走り出したい気持ちだっただろうが、バストンの命令を無視するわけにもいかず、淡々と外に出るしかなかった。
洞窟から出ると、そこは辺りを森に囲まれた小さな広場になっていた。
広場といっても町中のように整備されているわけではない。
洞窟の出口の辺りだけ木が切られていて、そこを月明かりが照らしているからそう感じただけだ。
「そこで止まれ」
バストンは後ろ向きのままそう言うと、そのまま数歩進んでからこちらに振り返った。
すると、いつの間に離れたのか黒装束はマルガリーテたちを囲むように輪を作っていた。
マルガリーテたちの列も自然と崩れ、押しくらまんじゅうでもするかのように一つに固まった。
森に広がる静寂が、マルガリーテたちをも包み込む。
それを破ったのは、野太い男の声。
「急なことだが、このアジトを捨てなければならなくなったんだ。もちろん、お前たちも俺たちと一緒に来てもらう。しかし、一つ問題があってな。王女を連れて国境を越えるわけにはいかん。王女には、ここで死んでもらう」
マルガリーテは、目の前で告げられた死刑宣告を不思議なくらい冷静に受け止めた。
何も怖くはない。
例えようのない感情がマルガリーテの心を支配していた。
覚悟を決めて、達観したのだろうか。
それとも、あまりの恐怖にその感情すら感じなくなるほど心が麻痺してしまったのか。
ただ、少なくとも、もう迷いはなかった。
マルガリーテは選択したのだ。
――王女として、生きることを――。
だから、不様に取り乱したりはしない。
そんなことは、マルガリーテ王女に相応しくない。
最期の最期まで、王女であり続ける。
だって、死は恐れるものではないもの。
どんな者にも必ずやってくる。遅いか早いかの違いこそあれ、命ある全てのものに平等に死は訪れるのだから。
元の、何者でもないマルガリーテに戻って生き続けることの方が、よっぽど恐ろしい。
それならば、特別なまま死んだ方がマシだった。
マルガリーテは、一歩だけ前に出た。
その時、ふとアミーと目が合った。
「それで、いいんだな?」
「ええ。せっかく心配してくれてるのに悪いけど、私が決めた答えだから、後悔はしていないわ」
「べ、別に心配してるわけじゃねーよ。お前が死ねば、その魂はあたしのものになるんだからな」
「アハハッ……そうだったわね。そうそう、どうしても聞いておきたいことがあったんだけど、何でみんなを牢屋から助けたの?」
「……お前だって、助けようとしてただろ? 国家予算の半分まで使って」
「あなたまさか……ずっと起きて……?」
「さあ? どうだろうな。誤解のないように言っておくが、あたしは自分のために牢屋から出たんだからな。そう……あたしゃ、お前の死を一番近くで見届けるためにわざわざ魔法まで使ったんだ」
まったく素直じゃない。
でも、それでこその、アミーか。
マルガリーテは鼻で笑うと、一つ息を吐いてから素の笑顔を向けた。
「……最後に、もう一つ。たった数日だったけど、いろいろ世話になったわ。今にして思えば結構楽しかったのよね、王女の生活。初めて、友達までできちゃったし……」
「……お前、まさか……」
「だから――ありがとう。アミーには、いろいろ感謝しているわ」
これ以上アミーのことは見ていられなかった。
心を見透かされたくはなかったから。
――本当は、特別でなくなることだけが嫌だったんじゃない。
王女として……いや、本当のマルガリーテとして築いた絆を、マリアンヌやバルバロッサ、そしてロバートさんや城に住むたくさんのメイドと執事たち、他にもたくさん関わった人がいたけれど、どの関係も白紙になんかしたくなかった。
ブリード家の次女じゃなくなって、王女になってやっとマルガリーテは本当の自分を取り戻したのに、劣等感しか抱けないブリード家になんか戻れるわけがなかったのだ。
それに何より、アミーとの出会いによって変わったこの人生を、元に戻ることで否定なんかしたくなかった。
マルガリーテは全てを振り切るように、颯爽とバストンの前に躍り出た。
それは、舞踏会でダンスをする広場に出た時よりも、よっぽど優雅で様になっていた。




