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大広間には、マリアンヌたちの招待した客がたくさん集まっていた。
皆一様に、王女の登場を待ちわびている様子が窺える。
マルガリーテは、大広間に続く階段を一段一段確認するように、ゆっくりと降りた。
すると、それまで騒ついていた大広間は、水を打ったように静まりかえった。
招待客は、男も女も関係なく、王女に羨望の眼差しを向けた。
その気持ちのいいことといったら、他はない。
全身が身震いするほどの快感である。
うれしさのあまり、叫びたくなる衝動を抑えるので必死だった。
品のある王女を演出しているのに、そんな馬鹿なことはできない。
招待客の中に見知った顔はなかったが、この城下町に住んでいる者どもは、皆知っているはずだった。
マルガリーテが、美人一家の出来損ないだと。
食堂が営業している時は、一度も部屋から出なかったから、どんな人が食べに来ていたのか知らない。
でも、きっとこの男たちの誰かは、来ていたと思う。
それが今やどうだ。
皆憧れの存在としてマルガリーテを見ている。
王女になってよかったと、改めて思った。
「本日は、急なことにもかかわらずお集まりいただき、ありがとうございます。かねてから私は、城下町の者と交流したいと思っておりました。この舞踏会が、王家とそれを支えている国民との掛け橋になったらいいと思っております。それでは、皆様と共有できたこの時を、共に楽しみましょう」
自分ではない誰かを演じるのは、もうこりごりだと思っていたのに、あいさつの言葉はまるで自分の言葉ではなかった。
もちろん、エリーゼでもない。
それはきっと、自分が思い描いていた、想像の中の王女。その人の言葉だった。
マルガリーテは城下町に住む者に対して、そんな気持ちなど微塵も持っていない。
本心を明かすのも、それはそれでおもしろいだろうが、思ってもいないことを言う方がそれよりもよっぽど馬鹿にできると思った。
何も知らず、マルガリーテを王女として敬っている者たちを心では馬鹿にしながら、表面的には演じてやるのだ。
自然と笑みがこぼれてくる。
それすらもこいつらにとっては王女がほほえみかけてくれた、とか思っているのだ。
その姿が滑稽で仕方がなかった。
こうして、舞踏会はある意味とても優雅に幕を開けた。
どんな基準でマリアンヌたちが招待客を選んだのかはわからないが、この様子から察するに良家の者が多いのではないかと思った。
王女が会場にいるのに、皆行儀がいい。
まあ、王家の住む城にそう易々と庶民を入れるわけにはいかないから、そうなったのだろうけど。
マルガリーテは、取り敢えず腹ごしらえをしようと、料理の並べられているところへ行った。
大広間の階段の側に楽団がいる。彼らはもちろん、舞踏会のための音楽を演奏している。
そして大広間の中央部分は、本日のメインイベントであるダンスのために広く開けられている。すでに、音楽に合わせて何組もの男女がダンスをしている。
今マルガリーテがいるのは階段を望むちょうど正面の壁際。そこには王城専属のコックが常駐し、たくさんの料理を用意している。
ちなみに、ここから見て左手には料理を食べたり、休憩をしたりするためのテーブルと椅子が並べられている。右側は、大きなガラスの扉にあって、向こう側はバルコニーだ。一応外に出ることも可能だけど、曇りがちな今日の天気ではわざわざ外へ出る人はいなかった。
マルガリーテはパスタとパフェを持って、テーブルの方へと移動した。
当たり前のように、マリアンヌがついてくる。
「マリアンヌは? 食べないの?」
「ここではさすがに、ご一緒するわけにはいきません」
マリアンヌは耳元で囁くように言った。
ちょっと寂しい気もしたが、あっさり諦めることにした。
「まあ、それもそうね。それじゃ、いただきま――」
「王女様、私もご一緒させていただいて、よろしいですか?」
パスタをフォークに刺したところで、男の子が話しかけてきた。
年はたいして変わらないと思う。見た目を一言で表せば、格好いい。背も高く、客観的に見てモテるタイプだろうな、とわかる。
「エリオット、抜け駆けとは感心しないな」
こちらがまだ何も言ってないというのに、さらに別の男の子が割り込んできた。
「……リチャード……」
二人の会話から、名前だけはわかった。
最初に話しかけてきたのがエリオットで、二人目がリチャードだ。
リチャードは、エリオットとはずいぶんタイプが違う。線が細くて、男の子だけど美しいという言葉の方が似合う人だった。
「どうでもいいけど、座ったら? 落ち着いて食べられないんだけど」
「これはこれは、失礼いたしました」
そろえたように二人は同じ台詞を言って、マルガリーテを囲むように座った。
「王女様、髪をお切りになったのですね。今の髪型も素敵ですよ」
「そちらのドレスは、どなたが作られた物ですか? 王女様の美しさを際だたせるすばらしいドレスですね」
彼らは、まるで競い合うかのように次々とマルガリーテを誉めた。
マルガリーテはというと、適当に相づちだけ打って、遅めの昼食を食べることに専念していた。
遠巻きには、いい男に囲まれてチヤホヤされているように見えると思う。
当の本人は、なぜだかあまり嬉しくも楽しくもなかった。
パスタとパフェを食べ終わって、席を立とうとしたら、またさらに別の男が近寄ってきた。
「王女様、俺と一曲踊らないか?」
ちょっと無骨で男らしいその人は、そう言って手をさしのべた。
答えに迷っていると、無骨な男は強引にマルガリーテの手を引いて、ダンスをする広場へ躍り出た。
「――あっ」
「――ジョン!」
マルガリーテの声と、エリオットたちの声が重なった。お陰で、この男も名前だけは知り得た。
マルガリーテたちがダンスを始めると、それまでダンスをしていた者たちは皆一斉に壁際へ退いた。王女のために、広場を開けてくれたつもりなのだろう。
迷惑極まりない。
見せ物になるのが、一番嫌なのに。
――そう、自分が王女であることを誇示したくて舞踏会なんて開いたけど、マルガリーテにはダンスの経験がまったくなかった。
運動神経が低いことも、昨日の武術訓練で思い知らされている。
マルガリーテの想像する王女が舞踏会なんか開いていそう、というイメージだけで企画したことだったのだ。
今さら後悔しても遅いが、もっとよく考えてお茶会とかにすればよかったと思った。
フラフラになりながらのダンスは、とてもダンスと呼べる代物ではなかった。
最初こそ心配そうに見ていた客たちも、いつしか失笑がもれてくる始末。
さすがにいたたまれなくなったマルガリーテは、わざと足をもつれさせて倒れた。
あわててジョンが抱き起こそうとしたのを振り払って、その場から退散した。
「王女様!!」
「ついてこないで!」
多くの男たちがマルガリーテの後を追いかけてきそうだったので、一喝して断った。
そのまま逃げるようにバルコニーに出る。
「はぁっ、はぁっ……」
日はすでに傾きかけていて、夕焼けがバルコニーを照らしていた。
風が冷たく、この格好だと少し寒かった。
「どうしたのよ、マルガリーテ」
誰もついてこないように言ったはずだが、マリアンヌには聞こえていなかったのだろうか。
「別に、急にバカバカしくなっただけよ」
背を向けたまま、マルガリーテは話を続けた。
「みんなが心配するわよ」
「……招待客には、気にせず楽しむように言って。それで、日が沈んだら、あなたが舞踏会を閉会してちょうだい」
「私が? ……わかったわ。でも、あまり長くここにはいない方がいいわよ。風邪引くからね」
「……うん。ありがとう」
マリアンヌはそれ以上何も聞かず、大広間の方へと戻った。
「……はぁ……」
一人になると、ため息ばかりが出てくる。
いったい、何のためにこんなことをしたのか。
そりゃ、確かに開場のあいさつをした時の羨望の眼差しにはこの上ない喜びを感じた。
でも、格好いい男の子たちにチヤホヤされても、空しいばかりで欠片ほども楽しくなかった。
おまけにダンスの心得なんかないものだから踊ればボロが出るし、ひどいものだった。
なぜ、こんなにつまらないものになってしまったのだろう。
舞踏会のことを思いついた時は、きっと幸せな気持ちになれると確信していたのに。
自分の好き勝手に振る舞っても幸せになれないなら、どうすればいいの?
「そもそも、私にとっての幸せって、何だったのかしら」
――ああ、結局はそこに行き着いてしまった。
今朝、アミーと話している時に、その考えの手前まで行って引き返したのに。
もはや認めるしかない。
「私は、私の幸せをわかっていない――」
だとしたら、王女になったことも間違っていた?
いや、それは違うと思う。
ここに来て、マルガリーテは確実に変わっていた。自分でもそれを実感するくらいに。
ブリード家の次女だった時は全てに対して無気力だったけど、ここでは活動的になれた。
それが、間違いなはずはない。
ならば、なぜ幸せになれない?
かつて私は、王女になれればそれだけで幸せになれると信じていた。
王女という特別な存在には、存在するだけで意味があったから。
マルガリーテのように何も得られない上に得るための努力をしてこなかった者は、同じように存在するだけでは意味があるとは思えなかった。
だから、この世界で生きていくためにはどうしても自分も特別な存在なのだと、自分自身に証明するしかなかった。
そうすれば、存在することも許せる。
――なのに――。
悪魔を呼ぶという特別なことをしても、王女という特別な存在になっても、幸せになれない。
これだけ幸せの条件が揃っているというのに、なぜ幸せを享受できないの?
吹き抜ける風が、ほほを冷たく濡らす。
いつの間にか、バルコニーは闇に包まれていた。
マリアンヌの言うように、これ以上ここにいては、風邪を引いてしまうだろう。
それとも……馬鹿だから風邪は引かないかな。
自嘲的な笑いを浮かべて、マルガリーテは大広間へ戻った。
マルガリーテの言いつけをしっかりマリアンヌは守ってくれたようで、すでに舞踏会は終わっていた。
あれだけいた人も、きらびやかな雰囲気もまるで存在しない。
マルガリーテの心を表しているかのように閑散としていた。
「マルガリーテ」
「――え?」
声のした方へ振り返ると、そこにはマリアンヌがいた。
「一人の方がいいかな、とも思ったんだけどね……」
「ううん、そんなことはないわ。マリアンヌは、私の友達だから……」
「ねえ……。ダンスの時、あなたのことを笑った連中の名前、リストアップしてあるんだけど、復讐したければ手伝うわよ」
「フ……フフフ……、あなた、まさかそのためにここに残っていたの?」
「いや、別にそれだけじゃないけど……」
「まあ、確かにダンスで失敗したことは悔しかったけど、そんなことをするつもりはないわ。それは、私の幸せには関係のないことだもの」
「そうね……。あんな連中のことなんか気にする必要ないわ」
そこまで言われてやっと気づいた。マリアンヌは、慰めようとしてくれているのだ。
「悪いわね、気を遣わせて。でも、私は大丈夫だから、あなたも気にしなくていいわ」
そう、マリアンヌもある意味マルガリーテ以上に気にしていたのだ。マルガリーテを笑った連中を招待したのがマリアンヌだったから。
そんなこと、もはやどうでもいいというのに。
舞踏会に間違いがあったならば、それは招待客ではなく何も考えずに開催を決めたこと自体にある。
「ごめん、マルガリーテ……私のせいで、つまらない舞踏会に……」
「いいのよ、私が馬鹿だっただけ。そのことに気づいてもいなかったのだから」
泣き崩れてしまったマリアンヌを抱き起こす。
「あなたに泣かれると、もっと困るんだけどな……」
「あ、ご、ごめん」
「私はもう部屋に戻るけど、マリアンヌもいつまでも落ち込んでないで元気になりなさいね。私は元気なあなたを見ている方が幸せなんだから」
「うん」
マルガリーテの言葉に、マリアンヌは少しだけ明るさを取り戻したようだった。
そのことに安心して、マルガリーテは自室へ戻った。




