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王女になれば、それだけで幸せな毎日が手に入ると思っていた。
だから、生まれながらにして王女であることを手に入れたエリーゼが嫌いだった。
だって、ずるいじゃない。
どんなに努力をしても、どんなに運がよくても、どんなに羨んでも、決して手に入れることができないものを、最初から持っているなんて。
それなのに、奇跡を使って手に入れたものは、思い描いていたものとはかけ離れたものだった。
「ククク……アハハハハハッ!!」
突然の笑い声に、マルガリーテは起こされた。
辺りは真っ暗だったけど、そこがすぐにどこなのかわかった。
昨日も夜中にここに来たからさすがに覚えていたのだ。
マルガリーテは、いつの間にか寝室のベッドに寝かされていた。
声のした方を見ると、寝室の床でアミーが笑い転げていた。
「ハハッ! だ、ダメだ……笑いすぎて……死にそー、ククク……フハハハハハッ!!」
「……うるさいわねえ、何がそんなにおもしろかったのよ」
「だって、お前……ククク……きれーにぶん殴られるから……」
まったくもって会話にならない。
ついには、アミーは腹を抱えてその場にうずくまった。
のんきなものだ。こちらは昨日、散々な目に遭わされたというのに。
学問や芸術を学ぶのはわかる。なぜ、王女が武術訓練までやるのか。
それも、マリアンヌの話によれば、エリーゼは望んでそれを日課にしていたみたいだった。
「フー、フー……。あー、腹いてぇ……」
「少しは、落ち着いたみたいね」
何かの拍子にまた笑いのスイッチを入れたくはなかったので、努めて冷静に言った。
「まーな。しっかし、お前の天然ボケッぷりは、何かの作戦なのか?」
「はあ? 何言ってるのよ。私のどこが天然ボケだって言うの?」
「気づいていないのか……。だとしたら、それは天性のものだってことか。恐ろしいな。お前はあたしを笑い死にさせるところだったんだからな」
意味はわからないが、馬鹿にされていることだけは伝わってきた。
「アミーが死んだら、私はどうなったのかしらね?」
「一生そのままさ。あたしの魔法は完璧だからな。あたしが解かない限り、決して魔法がなくなることはないぜ」
「――え……」
皮肉を返したつもりが、思いもよらぬ言葉を返されて、驚いた。
いや、そうじゃない。
驚いたことに、驚いているのだ。
アミーが死んでも、マルガリーテに掛けられた魔法は解けない。本来ならばそれは嬉しいことのはず。
というより、そんなことを考えること自体間違っている。
――ダメだ。これ以上このことを考えてはいけない。
モヤモヤしたものを振り払うように、頭を振って、話を変えた。
「そんなことより、アミーの提案は何の役にも立たなかったわよ」
「それは、お前が馬鹿だからだろう?」
「な、何ですって――」
「誰がエリーゼのまねごとをしろと言った? あたしはただ『記憶喪失のふりしろ』としか言ってないぜ。それなのに何を考えているのか、こっちが聞きたいくらいだよ」
アミーは言葉をかぶせた。
「私は、ただ――」
全てに恵まれたエリーゼにできたことが、自分にもできないはずはないと思っただけ。
「何を意地になってるのかは知らねーけど、お前はお前だろ? どんなに演じてもそれを変えることはできねーんだ。それとも、無理をしてまでエリーゼになりきることがお前の求めていた幸せなのか? 違うだろ?」
「でも、アミーが私とエリーゼを入れ替えてしまったから、私がエリーゼを演じていないと変に思われるじゃない」
「どうしてそんなことを気にするんだ? お前、まさかこの期に及んでまだあたしの魔法を信じてねーのか?」
「どうして、そんな話になるのよ?」
「お前は、自分が本当は王女じゃないから、何かをきっかけにあたしの魔法が解けるんじゃないかと心配してるんだろ?」
それは、図星だった。
返す言葉もない。
悪魔の言ったことだというのに、自分の考えていたことよりも、よっぽど説得力があった。
「もう一度はっきり言おうか? 実にくだらねー悩みだよ。人間があたしらを信じるかどうかは、そりゃ人間しだいさ。でもな、お前があたしのことを信じてねーなら、そんなあたしの力を頼るなよな」
アミーは言いたいだけ言って、また姿を消した。
朝焼けが寝室の中に入り込む。
それで、今日はずいぶんと早く起きてしまったことに気づいた。
正しくは、起こされてしまったのだけれども。
それにしても、悪魔に説教されるなんて、どうかしてる。
「私の幸せ、か……」
確かにそれはエリーゼを演じることじゃない。
言われるまで、そんなことにも気づかないなんて。
せっかく王女になったのに、それを楽しまないなんて馬鹿げてる。
「私は私だ。王女であってもエリーゼじゃない」
これからは、マルガリーテ王女として、好き勝手に生きてやる。
それでもし、マルガリーテのことをおかしいという奴がいたら、そんな奴は城から追い出してやればいい。
きっと、そんなことにはならないと思うけど。
昨日一日過ごしてわかったことがあった。
それは、エリーゼがここで全ての人に好かれていた存在だったということ。
アミーのお陰でマルガリーテに対しても、皆同じ思いで接している。
つまりこの城において、王女に疑問を持つ者などそうはいないだろう。
だからきっと、どんなわがままも許されるに違いない。
そうと決まれば、こうしちゃいられない。
マルガリーテは寝室のタンスから、一番動きやすそうな服を探した。
「……なんだか、どれもこれもドレスばっかりね……」
こういうところを見ると、やっぱり王女は贅沢だな、と思う。
下着一つとっても、庶民には買えないような物ばかりがタンスの中に無造作に入っている。
その中からやっとの思いで選んだのは、シンプルで丈の短いドレスだった。
デザイン的には、ちょうど儀式の夜に着ていた、黒いドレスの丈を少し短くしたような物。
ただ、肌触りからして格段に違うけど。
「さてと……。こんなに早く起きちゃったから、ここでマリアンヌを待っているのも退屈よね……」
せっかくだから、マリアンヌを捜しがてら城の中を探検することにした。
昨日はそれどころじゃなかったし、そんな余裕もなかった。
まず寝室を出て、広い廊下を右に向かって進んだ。左の方へ行くと食堂へ行ってしまうことくらいは、覚えていた。
たいして歩きもしない内に、突き当たりにぶつかった。
目の前には扉がある。
「…………」
数秒だけ迷ったが、ノックをして開けることにした。
「失礼しまーす」
扉を開けたところで、マルガリーテは固まった。
中にいた人と目を合わせたまま、お互いがお互いに動けなくなってしまったのだ。
「……き、きゃー!!」
「ご、ごめんなさいっ!」
今まさに着替えている最中だったその人が叫んだお陰で、マルガリーテの金縛りも解かれた。
あわてて扉を閉め、背を向けると、目の前にはマリアンヌが、
「うわっ!」
「……こんなところで何してるのよ」
捜していた人が急に現れたものだからこっちは心底びっくりしたのに、マリアンヌは軽蔑するような眼差しを向けていた。
「おはよう、マリアンヌ。今日はずいぶん早いのね」
「おはようございます。……でもそれは、私の台詞じゃありませんか? 昨日の武術訓練であっという間に気絶させられてしまったから、心配で早起きして王女様の部屋に行ったら誰もいないんですもの。何かあったんじゃないかって思っていたのに……。その様子なら心配はなさそうですね」
廊下だからか、マリアンヌの口調は王女に接するものだった。
「ま、まあね。それよりも、あなたのことを捜していたのよ」
「? 何か、私にご用でも?」
「うん。国王のところに連れて行って欲しいの」
「はい……って、えぇえ!!」
「声が大きいわよ。娘が父に会いたいというのが、そんなに驚くこと?」
「……確かにそうですけど……」
「わかってくれたんなら、きりきり案内してよ」
「はぁ……」
マリアンヌはため息なんだか返事なんだかよくわからない言葉を返して、歩き出した。
国王の寝室は城のてっぺんにあるのかと思ったら、そうではなかった。
城の全体図からしたら、それは奥まったところに位置するが、マルガリーテの寝室からだとさして遠くはない。
マルガリーテたちはすぐに一つの扉の前へ着いた。
「……ここが、国王の寝室なの?」
「そうだけど、やっぱりまだ記憶は戻っていないのね」
「あ、気にしてくれてたんだ」
「そりゃ、気にするわよ。一応先に言っておくけど、王様に向かって『国王』なんて呼ばないでよね。王様はあなたのお父様なんだから」
「そ、そうね……。忘れていたわ」
改めて、うかつな自分に嫌になるが、そうも言っていられない。
口元で小さく何度か「お父様」と繰り返してから、扉をノックした。
「はい、どなたですかな?」
中から聞こえてきたのは、国王の声ではなかった。
この声は確か、執事のロバートさんだ。
「えと、マルガリーテです」
「マルガリーテ!? どうしたのだ? 中に入りなさい」
マルガリーテが名前を出すと、今度は国王が声を上げた。
ということは、少なくとも国王がいないという事態は避けられたのだ。
そのことに、安心と不安が入り交じった複雑な気持ちになった。
「マルガリーテ……?」
マルガリーテの気持ちが移ったのか、マリアンヌまで複雑な表情をしていた。
「大丈夫よ」
まるで自分に言い聞かせるように言って、扉を開けた。
「失礼します」
「おはよう、マルガリーテ。それから、マリアンヌも」
「おはようございます」
「お、おはようございます」
珍しくマリアンヌの方が取り乱している。
やはり、それだけ国王という存在が大きいということだろう。
マルガリーテも初めこそその威光に気後れしていたが、もうそのことを気にするのはやめていた。
何しろ今の国王との関係は親子なのだから。
それに、父という存在ができたことが、少しだけ嬉しかった。
マルガリーテには父の記憶がほとんど残ってはいなかったから。
――そうか、だったらもう国王だと思うこともやめるべきだ。
目の前にいる人は〝セントロード王国の国王、バルバロッサ=ルウ=ローザ〟ではなく〝マルガリーテの父〟なのだから。
「今日はいったいどうしたというのだ? こんなに朝早くから私に会いに来るなんて」
父さんはいかにも嬉しそうにほほ笑んだ。
もしかしたら、エリーゼはこうして父さんに会ったりはしなかったのかも知れない。
「父さんにお願いがあるんだけど」
「と、父さん?」
娘と父の会話に、素っ頓狂な声で割り込んできたのは、ロバートさんだった。
隣ではマリアンヌが青ざめている。
(し、しまった。「お父様」って言わないといけないんだった)
「ハッハッハッハッ、何を驚いているロバート。いいじゃないか『父さん』で。私は常々思っていたのだよ。いつもいつも『お父様』ではつまらない、とな」
呼び方を間違えたはずなのに、なぜか父さんは怒るどころか、ますます機嫌がよくなっていった。
ここの親子関係はどうなっていたのか、想像もつかない。
でも、そのことをマリアンヌに聞くつもりはなかった。もう、エリーゼを演じるつもりなど、毛頭ないのだから。
「それで、お願いとは何だ?」
「私、今日から全ての公務を休みたいの。それで、好きな時に起きて、好きなものを食べて、そうね……午後はお城で舞踏会なんか開いて。もちろん、その会場には城下町の男の子たちもいっぱい招待してあげるの」
「お、王女様!? 何て血迷ったことをおっしゃるのですか!?」
人が話している最中だというのに、またもや割り込まれた。今度は背後から、マリアンヌが金切り声で。
父さんとロバートさんは驚きはしたが、そこまで取り乱してはいなかった。
「……ふむ……。そうか、お前もやっと女心というのに目覚めたのだな。いいだろう、好きにしなさい。ただし、彼氏ができた時は真っ先に私に紹介するのだぞ」
「へ? 王様、いいのですか?」
父さんの答えに、一番面食らっていたのはマリアンヌだった。
「マルガリーテがようやくそういうことに興味を持ってくれたのだ。私としては嬉しい限りだよ。マリアンヌも協力してやってくれ。ロバート、さっそく舞踏会の準備をさせなさい」
「はい」
「ありがとう、父さん。それじゃ、私はこれからもう一眠りさせてもらうわ」
未だに唖然としているマリアンヌを引っ張って、マルガリーテは父さんの寝室を後にした。




