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三人魔王は先生を独り占めしたい ~俺が助けた三人の教え子、十年後には全員魔王になって俺を取り合っている~  作者: 古江 門


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第9話 消した一行を、三人とも覚えていた

 翌朝、俺は村長から古い教室の鍵を借り、三人と旧孤児院へ向かった。

 今は村の学校として使っている建物だ。

 春に教室を広い部屋へ移してから、古い机や棚を片づける時間が取れていなかった。

 今日は三人に手伝ってもらう約束をしていた。

「先生! 早く開けて!」

 アカネが後ろから急かす。

「もう開くよ。そんなに急がなくても逃げないぞ」

「だって懐かしいんだもん!」

 鍵が回った。

 扉を開けると乾いた木の匂いがした。

 十年前とあまり変わらない。

 アカネが真っ先に中へ飛び込んだ。

「あっ! これまだある!」

 台所の壁だった。

 そこには昔つけた背丈の線が残っていた。

 三人の名前と日付が並んでいる。

「ほら! 私ここ!」

 アカネが一番上の線を指した。

「今はずいぶん高いな」

「でしょ! 先生も測って!」

「いや、俺はもう伸びないぞ」

「分かってるって!」

 アカネは笑いながら壁に背をつけた。

 今では昔の線より頭一つ以上も高い。俺が頭の位置を示すと、アカネは壁に指を当てた。

「ああ。本当に大きくなったな」

「もっと言ってもいいよ」

「調子に乗るところは変わらないな」

「もう!」

 エメルが隣へ来た。

「先生。私の線も残っていますね」

「ああ。お前もずいぶん伸びたな」

「はい。でも昔はアカネさんに負けていたんですよ」

「今も私の方が高いよ!」

「身長だけでしたら」

「何それ!」

 二人が言い合う。

 シロは少し離れたところで自分の線を見ていた。

 白い髪が肩へ落ちている。俺は隣へ行った。

「シロのもあるぞ」

「うん」

「今日はよろしくな」

「……よろしく」

 少しぎこちないが、それでも来てくれた。

「シロ。上着、畳んで持ってきたよ」

「ありがとう」

 シロは受け取った。

 上着をしまうと、机の方へ離れた。俺もあとに続きかけたが、声をかけられなかった。

「先生! こっち!」

 アカネに呼ばれた。

 古い教室へ行くと机が一つ残っていた。

 天板に丸い焦げ跡がある。

「あっ! これ!」

 アカネが駆け寄った。

「私のせいにされた跡!」

「実際お前が鍋を置いたんだろ」

「先生がここに置いていいって言ったんだよ!」

「鍋敷きがあると思ったんだ」

「なかったじゃん!」

 アカネは笑いながら焦げ跡を指でなぞった。

「このとき、先生が先に手を見せてって言ったから泣いた」

「火傷、してなかったか」

「してなかった。机のこと、怒られると思ってたの」

 アカネは焦げ跡の上へ掌を広げて笑った。

 エメルも近づく。

「このあと鍋敷きを三枚作りましたね」

「ああ。二度と間違えないようにな」

「先生がどこを指しても大丈夫なように、でしたね」

「そんな理由だったか?」

「はい。先生がまた失敗してもいいように」

 エメルは楽しそうに笑った。

「お前たち、俺のことを何だと思ってたんだ」

「先生!」

 アカネが即答した。

「それはそうなんだが」

 三人が笑った。

 シロも小さく笑っていた。

 俺は少しほっとした。

 机を隣の部屋へ運ぶことにした。

 大工に傷んだ脚を外してもらい、天板を持ち上げる。

 シロは黒い支えを出した。

 継ぎ目が割れないように下から受けている。

「シロ。助かるよ」

「うん」

 俺が机の端を持とうとすると、シロが一瞬手を上げた。

 だが何もせず見守ってくれた。


 運び終えて脚を付け直してから、シロへ声をかけた。

「ありがとう。腰も大丈夫だ。おかげで無事に運べたよ」

「……よかった」

 シロは小さく頷いた。

「シロ。昨日のことで、もう一つ伝えたいことがある」

 彼女が俺を見た。

「怖くて一人で歩きたかったんだ。お前と一緒にいたくなくなったわけじゃないよ」

 シロはしばらく黙っていた。

「……じゃあ、また一緒に歩ける?」

「ああ。今日も会えて嬉しかった」

 俺から手を差し出した。

 シロはすぐには取らず、俺の顔を見た。

「助けたあと、また怖くなったら?」

「話してくれ。俺も無理はしないから、一緒に決めよう」

「うん。次は、ちゃんと聞く」

 ようやく指が重なった。

 昨日は握れなかった手だった。俺も少し力を込めると、シロはほっと息をついた。

「先生! そっち運べた?」

 アカネが棚の向こうから顔を出し、俺たちの手を見た。

「……そっか」

 笑ってから、すぐに棚を指した。

「じゃあ次はこっち手伝って! 重いのは私が持つから!」

 シロは俺の手を離した。

「行こう」

「ああ」


 四人で机を囲み、古い天板を拭いた。

 焦げ跡の横には三本の短い線がある。

 昔、誰がどこに座るかで喧嘩にならないように付けた印だ。

 結局三人とも俺の方へ椅子を寄せたので、ほとんど意味はなかった。

「懐かしいな」

「北で三人集まったときも、昔の話ばっかりしたよね」とアカネ。

「あの日は窓も壊した」とシロ。

「それは言わなくていい!」

 三人で北へ集まった冬、アカネが凍った窓を開けようとして、取っ手だけ外してしまったらしい。

「氷を溶かすから待ってって言ったのに」とシロ。

「だって、窓が凍るなんて知らなかったんだもん!」

 エメルが笑い、その晩はアカネまで寒がっていたと話した。アカネはすぐに、シロが用意した布団が薄かったのだと言い返す。

 俺だけが知らない冬だった。布で机を拭きながら聞いていたら、取っ手を持って戻ってくるアカネの姿が浮かんで、俺も笑ってしまった。

 話は、孤児院で過ごした冬のことへ移った。

「先生の菓子は、すぐ分かった」とシロ。

「棚の奥に隠してたのに?」

「先生が何度も棚を見るから」

「匂いもしました」とエメル。

 アカネが焦げ跡を拭きながら笑った。

「でも先生、朝まで知らないふりしてたの、気づいてなかったでしょ」

「俺の方が驚かせてもらってたんだな」

 三人が笑った。次は四人で作ろうと言うと、アカネが、先生が寝たら先に食べるかも、と答えた。


「……先生」

 アカネがふと静かになった。

「私たちがいなくなったあと、寂しかった?」

 すぐには答えられなかった。

 三人を故郷へ送り出してよかったと思っている。迎えに来た親戚や知人も、信頼できる人たちだった。それでも寂しかった。

「……寂しかったよ」

 三人が俺を見た。

「最後の一人を送り出した次の日、朝飯を作りすぎたんだ」

 アカネが目を丸くする。

「私たちの分も?」

「ああ。癖になってたんだな。しばらく四人分の分量で作ってたよ」

「先生」

 シロが小さく呼んだ。

「送り出さなきゃよかったとは思わない。でも会いたかったな」

 エメルが静かに頷いた。

「……私たちもです」

「ああ。手紙は嬉しかったよ」


「先生。覚えていますか?」

 エメルが鞄から薄い封筒を取り出した。

「昔いただいた手紙です」

 冬の初めに送った手紙だ。風邪を引かないように、厚い靴下を履くようにと、いくつも書いた覚えがある。

「これ、まだ持ってたのか」

「はい。三人で何度も読みました」

 エメルが手紙を開いた。

「特にここです」

 指した場所には黒い線があり、一行だけ消してあった。俺はそれを見て思い出した。

『会いに行けたら』

「ここか」

「はい。何と書いてあったのでしょう?」

 エメルが聞いた。

「会いに行けたら、って書いたんだ」

 三人が黙った。

「……やっぱり」

 シロが言った。

「読めなかったけど、たぶんそうだと思ってた」

「先生の字だもんね」

 アカネは笑いかけたが、すぐに手紙へ目を戻した。

「何で消したの?」

「本当に行けるか分からなかったからな。待たせたくなかったんだ」

「そっか」

 アカネは手紙を見た。

「でもさ。私たち、待ってたんだよ」

「うん」

「帰ってこいって言ってくれればよかったのに」

 俺はすぐに答えられなかった。

「お前たちには新しい暮らしがあったからな。俺が寂しいからって帰ってこいとは言えなかった」

「私、会ったら、もう帰らないって言いそうだった」

 アカネは手紙へ目を落とした。

「三人で北へ集まるのとは違うの。先生のところへ帰って、また離れるのが嫌で。もっと平気になってからって思ってた」

「今は平気なのか?」

「平気じゃないよ。だから三人で帰ってきたんだもん」

 エメルが手紙を畳み直した。

「私も帰りたいと書けばよかったんです」

「エメル?」

「最初は新しい家の方に申し訳なくて。そのうち先生には心配してほしくなくなってしまいました」

 彼女は少し寂しそうに笑った。

「元気です。仕事も順調です。そんなことばかり書いていました」

「そうだったな」

「……手紙が来るたび、迎えに来てくれるかなって」

 シロが言った。

「シロ……」

「でも、先生も忙しいから。待ってた」

 俺は手紙を見た。

 黒い線の端から、消した文字が少し見えた。

 シロが俺の手を握った。

「先生。今度は、消さないでね」

「ああ」

 俺は三人を見た。

「次は、日が決まる前でも書くよ。お前たちも、帰りたいときは教えてくれ」

「もちろん!」

 アカネが笑った。

「毎日書いちゃうかも!」

「返事が追いつかないぞ」

「じゃあ、会いに来て!」

 エメルが吹き出し、シロも口元を緩めた。

 エメルが手紙を畳む。俺は机を拭く布を取り、三人もそれぞれ片づけへ戻った。


 結局机を囲んで、昔のように四人でお茶を飲んだ。

 アカネが焦げ跡の真ん中へ鍋を置こうとする。

「待て待て!」

 俺は慌てて鍋敷きを出した。

「また焦がすぞ」

「先生が先に気づいた!」

「十年前から学習してるんだよ」

 エメルが笑った。

「先生も成長されたんですね」

「お前たちに教わったからな」

 鍋敷きの上へ鍋を置くと、アカネが嬉しそうに蓋を取った。


 帰る前、シロが古い手袋を出した。

「先生。これ」

「ああ。直す約束だったな」

 俺は手袋を受け取った。

「寸法も測ろうか。手を出してくれ」

 シロが手を差し出した。

 俺は指の長さを測った。

 昔よりずっと大きい手だった。

「きつくならないようにしないとな」

「うん。今の私に、合わせて」

「ああ。ちゃんと合わせるよ」

 シロは指を伸ばし直し、測り終えるまで手を預けてくれた。


 その晩、山へ行く休みの相談がついた。同僚が授業を引き受けてくれるという。

 アカネへの手紙に、出発の日と帰る日を書いた。

『お前が見せたいと言っていた景色を、俺も見たい。一緒に行こう』

 封をしてから窓を見ると、隣家にはまだ明かりがついていた。

 門へ行くと、アカネが出てきた。もう寝る前だったらしく、髪を下ろしている。

「何? 忘れ物?」

「手紙。渡しに来た」

「声、聞こえる距離なのに?」

 笑われたが、彼女は受け取るとその場で開いた。日付を読み、最後の一行で紙を自分の方へ寄せる。

「……先生、明日の朝でもよかったじゃん」

「今、決まったから。早く知らせたくて」

 アカネは手紙を胸に抱えた。

「嬉しい。寝る前にこんなのもらったら、眠れなくなるじゃん」

「俺も、返事を聞くまで落ち着かなかったよ」

「行くよ! 迎えに来る!」

 声が大きくなり、奥からエメルの笑う声がした。

「お二人とも、明日もお会いになるのでしょう?」

 アカネは振り返らず、手紙を畳んだ。

「明日は、もうちょっと早く来て。寝る前の顔、また先生に見られるから」

 その夜は、俺の方が寝つけなかった。

 明日どんな顔で会えばいいのか。考えるたび、手紙を胸に抱えたアカネの姿が浮かんだ。


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