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三人魔王は先生を独り占めしたい ~俺が助けた三人の教え子、十年後には全員魔王になって俺を取り合っている~  作者: 古江 門


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第8話 シロに助けられた。そのあとも、閉じ込めないでくれ

 翌日の午後、シロは俺の靴を見るなり首を振った。

「先生、それじゃ駄目」

「何が?」

「底が薄い。橋の周りは、釘も石も落ちてるから」

 シロは持ってきた包みを開いた。

 中には新しい靴が一足入っていた。

「これ、履いて」

「わざわざ用意してくれたのか?」

「うん。先生の足に合わせて、選んだ」

「ありがとう。ちょうど古くなってたんだ」

 履いてみると爪先に余裕があり、底もしっかりしていて歩きやすかった。

「どう?」

「いいな。これなら安心だ」

 シロが嬉しそうに頷いた。

「じゃあ、行こう」

 門を出ると彼女が手を差し出した。

 昨日は俺からつないだ手だ。

 今日は迷わず取った。

 シロが小さく笑う。

 川沿いの道を歩いていると、彼女の手袋が目に入った。親指の付け根に小さな穴がある。

「それ、前にも直してたな」

「うん。昔のだから」

「新しいのはないのか?」

「北では、厚いのを使ってる」

「じゃあ何でそれを?」

 シロは手袋を見た。

「……先生が、直してくれたから」

 思い出した。

 十年前に縫った手袋だ。指の長さが合わなくなって、何度か継ぎ足した覚えがある。

「まだ持ってたのか」

「うん。捨てたくない」

「ずいぶんくたびれてるな。また直してやろうか」

 シロが顔を上げた。

「いいの?」

「ああ。糸を買ってくるよ」

「嬉しい。……でも、今の手に合わせてね」

「もちろん。昔よりずっと大きくなったからな」

 シロは俺の手を少し強く握った。

「うん。大きくなった」


 橋の方から槌の音が聞こえてきた。

 先月の増水で橋脚の下の土が流れ、石が傾いている。対岸の子供たちは下流の橋まで大回りして学校へ来ていた。

 村長と大工が、入口で図面を広げて待っていた。

「傷んだ石を替える間だけ、ここを支えてほしい。お前の家の修理を見て、お願いしたんだ」

 村長が俺にも説明してくれた。シロは図面と川を見比べ、頷いた。

「そこを支える。大工さんが石を替えてる間、動かさない」

 大工は俺を欄干の残る方へ案内した。

「先生はここから見てください。先は板を外してありますから」

「分かった。邪魔しないようにするよ」

 シロが川へ手を向けた。黒い線が水面の上を走り、斜めに組み合わさって岸の大岩へつながる。

 大工が橋脚の下へ降り、傷んだ石を確かめた。

「こりゃ助かる! これなら上を崩さずに済むぞ!」

 石が動くたび、黒い支えの形も少しずつ変わった。

「石を抜いた分だけ、支えを変えてるのか」

「うん。重さが片方に寄らないように。……先生、足元」

「ああ。ここから見るよ」

 一歩戻り、橋の下を覗き込んだ。

 足元で木が割れた。

 左足を載せていた作業用の板が沈み、身体が川の方へ傾いた。伸ばした手は欄干へ届かず、足の下に流れが見えた。

「先生!」

 シロの声がした。

 腹に硬いものが当たった。

 黒い板だった。

 板が俺の身体を受け止め、川へ落ちかけた足の下にも足場が現れる。

 俺はその場に尻餅をついた。

 すぐ横で折れた木片が川へ落ちた。

 水しぶきが上がる。

 背筋が冷たくなった。

「……助かった」

 ようやく声が出た。

 シロが駆け寄ってきた。

「先生!」

 両肩をつかまれる。

「怪我は? 足、痛くない?」

「大丈夫だ。少しぶつけたけど、足は動く」

 立ち上がると腰の横が痛んだ。受け止めてくれた板へ当たったらしい。

「ありがとう。お前がいなかったら川へ落ちてた」

 シロは俺の肩をつかんだまま俯いていた。手が震えている。

「……先生が、落ちると思った」

 大工が駆け寄ってくる。

「申し訳ない! あの板まで傷んでるとは思わなかった!」

「いや、俺も足元をよく見てなかったからな」

「すぐ柵を置きます。先生は岸へ戻ってください」

「ああ。そうするよ」

 俺は歩き出そうとした。

 だが足が動かなかった。

「ん?」

 腰の周りに黒い板があった。

 さっき助けてくれたものだ。

「シロ。もう大丈夫だ。外してくれ」

「……待って。また落ちるかもしれない」

 岸へ向かおうとすると、その側にも黒い板が立った。左右を塞がれ、川が見えなくなる。

「私が岸まで運ぶ」

「歩けるよ。岸まで一緒に行こう」

「先生は、さっきも大丈夫って言った」

 返事に詰まった。頭の上にも板が現れ、大工たちの顔まで見えなくなった。

「分かった。もう危ないところへは近づかない。だから下ろしてくれ」

「私が運んだ方が安全」

「シロ」

 少し強い声が出た。

 彼女の肩が跳ねた。

「外してくれ」

「先生」

「自分で歩きたいんだ」

 シロは黙った。

 黒い壁の向こうで川の音がする。

「助けてくれてありがとう。でも、閉じ込めないでくれ」

 しばらく返事がなかった。

 やがて頭上の板が消えた。

 左右の壁も一枚ずつなくなる。

 シロが俺の前に立っていた。

「……分かった」

 小さな声だった。

 俺は足場から安全な板へ移り、岸まで歩いた。

 シロは一歩後ろからついてきた。

 途中で何度か手を伸ばしかけたが、俺には触れなかった。


 岸の石に腰を下ろした。

 腰の横を確かめると少し赤くなっていた。

 大工に借りた冷たい布を当てる。

 シロは隣に立ったままだった。

「座らないか?」

「うん」

 少し離れたところへ腰を下ろした。

 いつもならすぐ隣へ来るのに。

 シロは膝の上で手を握っていた。

「……先生が怪我をするのも、いなくなるのも、嫌だった」

「うん。俺がもっと気をつけるべきだった」

 少し離れた彼女の横顔を見た。

「でも助かったあとは、俺の話も聞いてほしい」

「……私が、守りたかった」

「分かってるよ」

 それ以上言うと、助けてもらったことまで責めているような気がした。

「……もう、手をつなぎたくない?」

 シロが聞いた。

「え?」

「さっきまで、つないでくれてたから」

 彼女は自分の手を見つめていた。

 俺は答えに迷った。

 シロが嫌いになったわけではない。でも、黒い壁に囲まれた感覚がまだ残っている。

「……今は少し一人で歩きたい」

 言った瞬間、シロの顔が曇った。

「……分かった」

 彼女は立ち上がった。

 外套の下へ手をしまう。

「シロ?」

「大工さんに、支えのこと伝えてくる」

 仕事の声に戻っていた。

 俺はその背中を見送った。

 もっと違う言い方があったかもしれない。けれど、今は追いかけられなかった。


 帰り道はあまり話さなかった。

 シロは俺の隣を歩いたが、手は差し出してこなかった。

 水たまりを避けるときも少し距離を空けている。

「腰、痛くない?」

「ああ。少し打っただけだ。痛みも引いてきた」

「そう」

「シロは大丈夫か?」

「私は、怪我してないから」

「いや。さっき、怖かったって言ってたから」

 シロが足を止めた。

 何か言いかけて、首を振る。

「……先に帰るね」

「ああ。また明日な」

「うん」

 彼女は一人で歩いていった。

 手を上げかけたが、シロは振り返らなかった。


 家へ戻るとアカネが洗濯物を取り込んでいた。

「先生! おかえり!」

「ただいま」

「あれ? シロは?」

「先に帰ったよ」

 アカネは俺の顔を見た。

「何かあった?」

「ちょっとな」

 洗濯物を畳むのを手伝いながら、橋でのことを話した。

 足元の板が折れてシロに助けてもらったことと、そのあと黒い壁に囲まれて動けなくなったこと。

 アカネは最後まで黙って聞いた。

「腰を打っただけなんだね?」

「ああ。もうほとんど痛くない」

「よかった……」

 ほっと息をついた。

「でも先生が全部悪かったことにしたら、シロはまた同じことするよ」

「嫌だったことは伝えたよ」

 アカネは隣家の方を一度見て、俺へ洗濯物を渡した。

「ほら先生。それ逆!」

「ん?」

「袖が中に入ってる!」

 広げ直すとシロの上着だった。

 俺は丁寧に畳み直した。

 今は一人で歩きたいと言ったとき、シロは手を外套の下へしまった。

 一緒にいたくなくなったわけじゃない。それは伝えていなかった。

 明日は旧孤児院の片づけで、三人とも来てくれる。シロにも、ちゃんと話そう。

 俺は畳んだ上着を、明日持っていく荷物の上へ置いた。


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