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三人魔王は先生を独り占めしたい ~俺が助けた三人の教え子、十年後には全員魔王になって俺を取り合っている~  作者: 古江 門


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第6話 アカネと丘へ。竜より先に、私を見て

 翌日の午後、アカネが竜に乗って戻ってきた。

 約束どおり護衛は村外に残し、荷物も水筒と敷物だけだ。村長がほっとした顔をしている。

「先生! 来たよ!」

「おかえり。弁当もできてるぞ」

「やった! 早く行こう!」

 アカネは俺の手から弁当を取ろうとした。

「今日は俺が持つよ。お前が水筒を頼む」

「じゃあ帰りは交代ね」

「ああ。それでいい」

 家の裏から続く道を二人で歩き始めた。

 丘までは二十分ほどだ。竜ならひと飛びだろうが、今日は歩いて行く約束だった。

 村を抜ける間、畑の人が何度か頭を下げた。アカネは手を振りながら俺の隣を歩く。

「竜に乗った方が楽だった?」

「いや。こうして歩くのも楽しいよ」

「私も! でも先生が疲れたらおんぶしてあげる」

「まだそこまで年寄りじゃないぞ」

「竜王のおんぶだよ? なかなかしてもらえないんだから」

「それは光栄だな」

「もっと喜んでよ!」

 坂へ入ると畑のざわめきが遠ざかり、草を擦る風の音だけになった。

「ここ覚えてる?」

「小さい頃に花を集めたところだろ」

「うん。先生に毒がないか見せてから持って帰った」

「よく覚えてるな」

「先生とのことだもん。忘れないよ」

 アカネは少し得意げに笑った。

 道の脇の赤い実を見て、アカネが手を伸ばした。

「これ、昔も食べようとして止められたよね」

「茹でないと腹を壊すぞ。今日の弁当が食えなくなる」

「そっちの方が困る!」

 手はすぐに引っ込んだ。

 笑いながら歩いていると、アカネの尻尾に草の種がついているのが見えた。

「アカネ。尻尾に種がついてるぞ」

「えっ? どこ?」

「先の方」

 振り返るたびに尻尾も横へ逃げ、先が見えない。

「取ってやろうか?」

「うん」

 種を取る間、アカネはおとなしく待っていた。

「取れたぞ」

「ありがと!」

 先へ歩き出すと、尻尾がさっきより大きく揺れた。

 水をもらったとき、彼女の手首に小さな傷が見えた。昔の傷ではない。

「そこ、どうした?」

「竜の鞍の金具。慣れたつもりで触って、挟んだの」

「痛そうだな」

「痛かった。今はちゃんと見てから触る」

 俺もこの前、棚の金具で指を挟んだと話した。アカネは水筒をしまう手を止めた。

「先生も? 見せて」

「もう治ったよ」

 手を広げると、彼女は指を一本ずつ確かめた。

「先生も、人のこと言えないね」

「お互い気をつけような」

 アカネは頷き、俺の指を離した。


 丘の上には古い栗の木がある。

 アカネは真っ先に木の下へ向かったが、根が地面から飛び出していた。

「ここに敷く?」

「少し痛そうだな。あっちの草地はどうだ?」

「でもここからが一番よく見えるんだけど」

「川も見えるぞ」

「ほんとだ」

 アカネは少し考えてから俺の指した場所へ走った。

「じゃあこっち! 先生も早く!」

 敷物を広げると、丘の下から強い風が吹いた。

 開きかけていた弁当の包みが飛ばされる。

「あっ!」

「待て! 弁当が!」

 二人で追いかけた。

 アカネの尻尾が伸びたが、わずかに届かない。

 俺が端を掴むと、アカネも反対側を押さえた。

「先生! 離さないで!」

「分かってる!」

「私のお弁当なんだから!」

「俺もまだ食べてないぞ!」

 二人で包みを抱えて戻った。

 幸い中身は無事だった。

「危なかったな」

「もう! 先生がちゃんと押さえてないから!」

「すまんすまん」

「せっかく作ってくれたのに」

 アカネは包みを胸に抱いた。

「楽しみにしてたんだからね」

「ああ。お前に食べてほしくて作ったんだ」

 アカネの顔が赤くなった。

「そういうこと急に言わないでよ」

「何か変だったか?」

「変じゃない! だから困るの!」

 俺が首を傾げると、アカネは包みを開け始めた。

「もう! 早く食べよう!」


 弁当には卵とパンを入れていた。

 アカネの分は塩を控えめにしてある。

「卵入ってる!」

「好きだったろ」

「うん! 今も好き!」

 アカネが嬉しそうに食べ始めた。

 俺も隣へ腰を下ろす。

 川が畑の横を曲がり、橋をくぐって村の裏へ消えていく。

 遠くには家々の屋根が見えた。

「上から見るのとは違う?」

「うん。竜だと川が一本に見えるんだよね」

 アカネが指で川をなぞった。

「ここからだと途中で隠れるんだ」

「冬は葉が落ちるからもう少し先まで見えるぞ」

「じゃあ冬も来たい!」

「いいな。また一緒に来よう」

「先生と?」

「もちろん」

 アカネはパンを持ったまま俺を見つめた。

「約束だからね」

「ああ。約束だ」

 彼女は嬉しそうに笑った。

 風が吹いて赤い髪が揺れた。

 今日はいつもより高い位置で結んでいる。

「その髪型も似合うな」

 アカネの手が止まった。

「分かる?」

「昨日はもう少し低かっただろ」

「覚えてたんだ」

「昨日は料理してるところをずっと見てたからな」

「そっか」

 アカネは顔を伏せた。

「じゃあまたこれにする」

「好きな方でいいぞ」

「先生が好きな方にするの!」

 言い切ってから自分で照れたらしい。

 水筒の栓を開け、杯を置く前に注ぎかけた。

「こぼれるぞ」

「あっ!」

 慌てて杯を下へ置く。

「先生が変なこと言うから!」

「似合うって言っただけだぞ」

「それが変なの!」

 アカネは水を飲んだ。

 それから少し考えて俺を見た。

「……もう一回言って」

「似合ってるよ」

「ありがと」

 今度は小さな声だった。


 食後もしばらく丘で過ごした。

 アカネは山で育てている竜の話をしてくれた。

 最近は若い竜が初めて遠くまで飛んだらしい。

 翼の動きを説明するうちに身振りが大きくなり、とうとう自分の尻尾まで使い始めた。

「ここでこう曲がるの!」

「なるほど。それで風を受けるのか」

「そう! 先生ならすぐ分かってくれると思った!」

 アカネは楽しそうだった。

 竜王と呼ばれるようになっても、好きなものの話をするときは昔のままだ。

 もっと聞いていたくなった。

「今度は実際に見てみたいな」

「ほんと!?」

「ああ。山へ行ったら案内してくれ」

「もちろん! 私が一番いい場所を教えてあげる!」

「楽しみにしてるよ」

 アカネは笑顔のまま俺の肩へ寄りかかった。髪が首に触れ、俺も少し身体を寄せた。

「山では、私の方が道を知ってるからね」

「ああ。頼むよ」

「先生が知らないところ、いっぱいあるんだから」

 若い竜の話に戻ると、また尻尾が動き始めた。翼の代わりに振るたび草へ当たり、種がいくつもつく。

「またついてるぞ」

「……帰る前に取って」

 そう言って、アカネは俺の肩から離れなかった。

 俺ももう少し、このまま話を聞いていたかった。


 帰り道はゆっくり歩いた。

 俺が草を摘む間、アカネは隣で待っていてくれた。

 坂を下り始めると、彼女の手が何度も俺の袖へ近づいた。

 触れそうになっては離れる。

「さっきからどうした?」

「何でもない!」

「そうか?」

「普通に歩いてるだけ!」

 アカネは前を向いた。

 だが尻尾が落ち着かない。

 俺は少し考えてから手を差し出した。

「俺は手をつないで歩きたい」

 アカネが立ち止まった。

「……先生から?」

「ああ。嫌か?」

「嫌なわけないでしょ!」

 勢いよく手を掴まれた。

「危ない! 坂だぞ!」

「あっ、ごめん!」

 アカネは慌てて力を緩めた。

 指を握り直す。

 さっきまで元気に喋っていたのに、急に静かになった。

「……嬉しい」

 小さな声だった。

「そっか」

「先生から言ってくれると思わなかった」

「俺だってお前と手をつないで歩きたかったんだよ」

 言ってから自分でも少し驚いた。アカネが俺を見上げ、握る手に力を込めた。

「じゃあ、帰るまで離さないでね」

「ああ」

 アカネはつないだ手を見下ろしてから、俺より半歩先へ出た。引っ張るくせに歩く速さはゆっくりだった。

 坂の下に村の屋根が見えても手は離れなかった。


 家へ着くと、会談帰りのシロが門のところにいた。エメルも町の仕事から戻ってきて、隣家へ荷物を置いたところだった。

「おかえりなさいませ」

「ただいま」

 エメルの視線が俺とアカネの手へ下がり、笑顔が止まった。

 シロも見ている。

「……手、つないでる」

 アカネはつないだ手を少し持ち上げた。

「先生から!」

 シロが俺を見た。

「次は、先生から」

「分かった。今度は俺から」

 エメルは少し考え、俺の空いた手の前へ自分の手を差し出した。

「……私も、言っておいた方がよさそうですね」

「今じゃない!」

 アカネがつないだ手を自分の胸へ引き寄せた。

 エメルは笑って手を下ろしたが、指先が俺の腕をかすめた。

「お約束だけ、いただきました」

「覚えたよ。エメルにも、俺からな」

「先生!」

 アカネが俺の腕を引いた。

「今は私とのデートが終わったところなんだけど!」

「そうだったな。楽しかったよ」

「私も」

 アカネは小さく答えた。それから、つないだ手を少し引く。

「帰るまで離さないって、約束したんだからね」

「ああ」

 俺が握り返すと、アカネはようやく笑った。

 戸口へ向かう間も、その手は離れなかった。


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