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三人魔王は先生を独り占めしたい ~俺が助けた三人の教え子、十年後には全員魔王になって俺を取り合っている~  作者: 古江 門


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第2話 シロの雨よけが、防護壁として報告された

 鍋の底で、雨粒がぽんと鳴った。

「さっきの返事は、ちゃんと考える。今は屋根を何とかさせてくれ」

「忘れたふりは、なしだからね」

 アカネが念を押す。

「しないよ。三人とも、ちゃんと聞いた」

 そう答えたところで、二滴目が俺の頭を直撃した。

「先生、こっち!」

 アカネに腕を引かれ、椅子から立つ。さっきまで俺のいた場所へ、三滴目が落ちた。


 シロが鍋を覗いた。

「いつから?」

「春から。大家さんには話したんだが、大工が忙しくてな」

「春?」

「晴れてる日は困らないし、雨の日は鍋で受ければ――」

「先生、山へ来よう!」

 アカネが俺の話を遮った。

「私の城なら、屋根も寝室も好きなだけ選べるよ。竜で迎えに来るから、荷物も全部積んであげる」

「今日帰ってきたばかりだろ」

「だから、今度は先生が来る番!」

「先生は、ここにいる」

 シロが言った。

「そりゃ、仕事もあるからな」

「家が困るなら、家を動かせばいい」

「……何を?」

 シロが窓の外を指した。

 庭の物置の下に黒い板が滑り込み、薪を入れたまま、物置がふわりと浮いた。

「これなら、家ごと北へ――」

「待って! 先生を家ごと持っていくつもり!?」

「土台を分ければ、できる」

「できるのは分かった! 下ろしてくれ。大家さんの物置だ!」

 物置が元の場所へ戻った。薪が中で、かたん、と鳴る。

 エメルは驚く様子もなく、隣家の鍵を卓へ置いた。

「お二人とも、引っ越しは先生に決めていただきましょう。今夜だけでしたら、私たちが借りた隣の家にも空き部屋があります」

「お前まで俺を連れていく話なのか」

「雨漏りしているお部屋で、先生を眠らせたくないだけです。……ご一緒できたら、私は嬉しいですけれど」

 最後の一言だけ、少し声が小さかった。


 三人がこちらを見た。山の城、北国への家ごと移転、隣家への避難。雨漏りひとつで、話が大きくなりすぎている。

「ありがとな。でも、俺はここに住みたい。学校にも近いし、子供たちもこの家を知ってる」

 シロが俺の顔を見た。

「ここがいいの?」

「ああ。だから、家は動かさずに直したい。シロ、屋根を見てくれるか」

「……うん」

 シロはすぐに頷いた。

「先生がここにいたいなら、ここを濡れない家にする」

「じゃあ、山へ遊びに来る話は?」とアカネ。

「休みが取れたら行きたいよ」

「約束だからね!」

 エメルが鍵をしまった。

「では私は、家主さんと大工さんに相談してきます。修理が終わるまで、隣の家はいつでも使えるようにしておきますね」

「頼む。助かるよ」


 シロは庭に出て、雨の中で片手を上げた。

 頭上に黒い板が現れた。板は横へ伸び、軒を越え、家を丸ごと覆う大きな屋根になる。

 雨音が遠くなった。

 さっきまで天井を打っていた雨が、黒い屋根の上で弾けている。水は端から滝になって落ちた。

「おい、庭が川になるぞ!」

「大丈夫」

 シロが指を曲げる。黒い屋根の縁が雨樋の形になり、水が庭の排水溝へ流れ込んだ。

 鍋が鳴らなくなった。

「……もう止まったのか」

「雨は。でも、木が傷んでる」

 家へ戻ったシロが天井へ手を向ける。

 黒い柱が四本、壁際に現れ、天井の梁を支えた。軒先からも、黒い支えが格子状にのぞいている。

「これで、傷んだ梁に屋根の重さがかからない」

「外には雨よけ、中には支えか。すごいな」

「これくらい、いつも使ってる」

 シロが嬉しそうに目を細めた。

「いつもは、砦を守るときだけど」

「砦?」

「うん。砦を守る魔法を、小さくした」

「……屋根にしていいものなのか、それ」

「先生の家だよ。使う」

 即答だった。


 戻ってきたエメルの後ろに、家主と大工がいた。

 家主は黒い屋根を見上げたまま、口を開けている。

「屋根が、増えとる」

「勝手に壊したわけじゃありません。魔法で雨を避けています。置いておいてもよろしいですか」

 シロが聞くと、家主は大工の顔を見た。

「梁を直す間だけなら、むしろありがたい。なあ?」

「ありがたいどころじゃないぞ。雨の中でも屋根を開けられる」

 大工が梯子をかけ、屋根裏を覗いた。

「こりゃ、板だけじゃ済まんな。梁も一本、やられとる」

「そこは支えてる。木を外しても、屋根は落ちない」

 シロが黒い柱を指した。

「じゃあ、明日から取りかかる。今日は材料を揃えよう」

 エメルが手帳を開く。

「足りない木材は書いてください。商団にあれば、今夜のうちに運びます」

「何から何まで、すまんなあ」

 家主が頭を下げた。

 俺も二人に礼を言った。


 大工たちを見送り、床の水を拭き取った。もう新しい雫は落ちてこない。

 鍋を棚へ戻す。春から何度も水を捨てた鍋だ。今夜はもう、出さなくていい。

「ありがとう、シロ。これなら夜中に雨の音で起きずに済む」

「……うん」

 シロは鍋をしまった棚を見て、それから俺へ向き直った。

「外も見て。先生が窓を開けても濡れないようにした」

「見たい。案内してくれ」

 戸口へ向かったシロが、一度立ち止まった。

「……手、つないでもいい?」

 差し出された手を見た。

 告白を聞く前なら、昔の教え子に手を引かれても気にならなかっただろう。でも、今は違う。

「……ああ」

 指を握ると、シロは俺の横へ並んだ。

「こっち。雨樋、よく見えるから」

 家を動かす話は迷わずしたのに、俺の手はおそるおそる握っている。

 その違いに気づいて、俺まで照れた。


 黒い屋根の下を二人で歩く。外は土砂降りなのに、足元には雨が落ちてこない。

「ほら。窓の下も、洗濯物のところも濡れない」

「本当だ。よく考えたな」

「先生、ここが好きだから」

 シロは手を離さず、少しだけこちらへ寄った。

 道を通りかかった村長が足を止める。

「……お前、砦を守るやつを屋根にしたのか」

「雨も止められる」とシロ。

「普通は屋根を直す方を頼むだろ!」

「頼んだぞ、屋根を見てくれって」

「どうしてこんなことになるんだ……」

 シロが俺の手を少し強く握った。

「先生は、喜んでるよ」

「ああ。すごく助かってる」

 村長ではなく、俺へ向けた笑顔が返ってきた。


 家へ戻ると、アカネが炉の前で湯たんぽを二つ用意していた。

「先生、寒かったでしょ。これ」

「ありがとう。あったかいな」

 受け取ると、アカネの目が俺たちのつないだ手へ落ちた。

「……外、二人で歩いてきたの?」

「うん。先生に見てもらった」とシロ。

「そう。じゃあ、次は私の番だからね」

「山へ行く話は忘れてないぞ」

「それもだけど!」

 アカネは一度口を閉じ、もう一つの湯たんぽをシロへ押しつけた。

「……二人とも、先に髪拭いてよ。床が濡れる」

 シロがようやく俺の手を離した。

「アカネ、ありがと」

「どういたしまして!」

 語尾だけ妙に強かった。


 アカネは荷物から古い鍋を出した。底のへこみも、取っ手をつないだ針金も、見覚えがある。

「それ、まだ使ってたのか」

「使えるもん。みんなが帰る朝、私が朝ご飯を作るね」

「楽しみだな」

「先生、最初の一口は私からだからね」

「味見なら任せろ」

「……そうじゃなくて。まあ、いいや」

 鍋を炉の脇へ置き、アカネは楽しそうに笑った。

 エメルが食卓へ夕飯の椀を運んできた。

「材料は明朝届きます。修理の間は、私が家主さんと連絡を取りますね」

「助かる。お前がいると、話が早いな」

「はい。ですから次に困ったときは、何か月も我慢せずに呼んでください」

「分かった。今度はすぐ相談するよ」

 エメルが微笑んだ。

「お約束ですよ。先生のお役に立てるのは、嬉しいんですから」

 四人で席に着いた。

 窓の外はまだ雨だった。けれど鍋を置く必要も、席を動かす必要もなかった。

 シロは天井を一度だけ確かめてから、匙を取った。


 食器を片づけ終える頃、表の門が叩かれた。

 立っていたのは、城の巡回兵だった。差し出す書面の端まで雨に濡れている。

「街道から、魔王の防護壁が村の中心に築かれたとの報告がありました」

「防護壁?」

 兵が屋根を指した。

「あの黒い防護と、内側の格子です。監視塔から確認されまして」

 俺は戸口から見上げた。雨よけの下で、梁を支える黒い柱が家を囲んでいる。遠目には小さな砦に見えるのかもしれない。

「雨漏りを止めてもらったんだ」

「雨漏りに、砦の防護を?」

「小さくした」とシロ。

 兵の顔が青ざめた。

 エメルが家主の承諾書と、大工の材料の控えを差し出す。兵は二枚を確かめ、ようやく息をついた。

「事情は分かりました。ただ、伝令がもう王都へ向かっています」

「止められないか?」

「今夜には着きます。もう間に合いません」

 シロが俺を見た。

「……先生、ごめん」

「いや、助かってるよ。明日は俺も一緒に説明する。支えは、大工さんが困らないように残してくれ」

「うん。外からは目立たないようにする」

 兵を送り出し、戸口を閉めようとしたところで、今度は村長が来た。

「明日の朝、王都の使者が来る! お前の家は、いったい何になっとる!」

 俺は乾いた天井を見上げた。

 今夜は静かに眠れると思ったんだが。

「……とりあえず、雨漏りはしなくなった。入ってくれ」


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