↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三人魔王は先生を独り占めしたい ~俺が助けた三人の教え子、十年後には全員魔王になって俺を取り合っている~  作者: 古江 門


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/18

第1話 三人で来いと言った。国ごと来るとは聞いてない

 昔預かった三人が帰ってくるので、俺は借家の台所で三つのカップを洗っていた。

 十年前、戦で身寄りをなくした三人を、村の小さな孤児院で預かった。故郷の親戚や知人へ送り出してからも手紙は続いていたが、会うのはそれ以来だ。

 届いた返事は窓際に立ててある。

 『三人で帰ります。今度は私たちがお茶を淹れます』

 俺も学校を空けられず、三人もそれぞれの暮らしで忙しかった。帰ってこいと書いたのは、今回が初めてだった。

 砂糖の瓶を傾けると、残りはせいぜい二、三杯分だった。

 昔はこれで喧嘩になった。今はどうだろう。


 家の窓が暗くなった。

 雲ではなかった。窓いっぱいに赤い鱗が流れていく。竜の腹だ。翼が一度打ち下ろされ、軒先の洗濯物がまとめて裏返った。まだ空が戻らない。もう一頭来た。

 俺は布巾を置いて庭へ出た。

 村の入口から街道の果てまで、黒い旗が続いていた。馬が鼻を鳴らし、幌馬車の金具が鳴る。さっきまで砂糖を数えていた台所と、どう考えても同じ日の景色ではない。

 村長が畑の脇を走ってきた。

「お前っ、何を呼んだ!」

「教え子だ。三人」

「三人で街道が埋まるか!」

「俺だって驚いてる!」

「あれが畑に入ったら、麦が全部踏まれるぞ!」

 手紙には「三人で帰ります」とあった。兵を連れてくるとは一言も書いていない。

 黒い旗の下で、白い髪の女性が振り返った。

「全隊、街道で待機。村の中には入らないで。後ろへ伝えて」

 静かな声だった。だが、伝令が走る前に前列が止まった。畑へはみ出しかけた馬の手綱が引かれ、長い列が道の内側へ戻っていく。

 女性は外套を兵へ預け、こちらを見た。

 目が合うと、足を止めた。昔と同じだった。

「シロ」

 庭の門を開けると、最後の数歩を走ってきた。抱き留めると、肩が昔よりずっと高い。角が俺の胸に当たらないよう、少し顔を傾けてくれた。

「おかえり。顔を見せろ、シロ。手紙じゃ背丈まで分からん」

「……ただいま、先生」

 背へ回った手に力が入った。

 俺も腕を回す。覚えていた細い子供の身体とは違う。それでも、この抱きつき方は覚えている。ようやく着いたと言うように身体を預けてきた。

 しばらくそのまま抱きしめていた。シロも何も言わなかった。

「シロ、先はずるい!」

 赤い竜が村外の草地へ降りた。背から飛び下りたアカネが荷物を誰かへ押しつけて走ってくる。

「同じ日に来るって言ったのに!」

「同じ日だよ」

「同じ瞬間って意味だった!」

「今来れば。一緒に抱きつける」

「場所を空けてから言って!」

「反対、空いてる」

 シロは俺の服から頬を離したが、腕は離さなかった。

「分かったから、アカネもこい」

 俺はもう片方の腕を広げた。

 アカネの赤い髪に、長い金の飾りが揺れている。背丈も声も変わった。俺めがけて飛び込んでくる勢いだけは、まるで変わらない。

「おかえり、アカネ」

「うん。……ただいま」

 抱きついてくる勢いは強いくせに、声だけは小さかった。


「先生、二人とも。私のことも忘れないでくださいね」

 声の方を見ると、エメルが玄関先に立っていた。外套まで脱いでいる。

「いつ来た?」

「先生がシロとアカネを抱き留めていらした間に。先にお台所をお借りしました」

「言い方!」

 アカネが振り返った。エメルは俺を見て、両腕を広げた。

「お茶は淹れてあります。抱きつく許可は、どちらへお願いすれば?」

「俺だ。許可なんていらないぞ。おいで、エメル」

 シロとアカネが名残惜しそうに離れた。エメルが俺の胸へ飛び込んでくる。

「ただいま、先生」

「おかえり、エメル」

 抱き寄せると、彼女はほっと息をついた。外套を脱いだ肩が冷えていて、俺はもう少し強く腕を回した。

「ところで、三人とも今夜はどこに泊まるんだ?」

「家主さんにお願いして、隣の家を借りました。三人とも、そちらです」

 村長が俺の横から顔を出した。

「宿の話は聞いた。軍の話は聞いとらん」

 エメルは村長へ向き直った。

「兵は村外の休耕地に。地主さんの許可は取ってあります。畑への道は空けます。商団も、今日は荷を下ろすだけです」

 庭にかかっていた竜の影が動いた。見上げると、広い翼が折り畳まれていく。あれだけの大きさが背中に収まるのか。つい身を乗り出した。

「先生、竜はあと!」

 アカネが俺の腕を引いた。

「私だって大きくなったでしょ」

 言われて向き直ると、昔は見下ろしていた顔がすぐ近くにあった。

「ああ。さっきから驚いてる」

「……じゃあ、もう少し見ててよ」

 俺が頷くと、アカネは袖を引いたまま目を逸らした。


 三人とも、低い戸口をうまくくぐって家へ入った。シロは角を避け、アカネは尾を内側へ寄せる。俺が注意するより早かった。

 食卓には、ポットと四つのカップが用意されていた。

 俺が練習帳を片づける間に、エメルがお茶を注ぐ。シロは俺の隣に座り、アカネが向かいへ回った。エメルは残った席へ腰を下ろした。

 カップを見た三人が、ほとんど同時に黙った。

「これ、まだ」

 シロの指が縁の青い線をなぞる。

「ああ。三人ともこれがよかっただろ」

「私のは底が少し斜めなの」

 アカネが持ち上げた。

「置くと、かたって鳴る」

 わざと置いてみせる。懐かしい小さな音がした。

 エメルは自分のカップを両手で包んだまま、湯気を見ていた。

 三人は今、それぞれ国や山や都市を治めているという。人間の国では、普通の兵で止められない異種族の統治者を、ひとまとめに魔王と呼ぶらしい。

 俺は順に顔を見た。

「三人とも、魔王なのか」

「呼ばれるね」

 アカネが言った。

「先生まで魔王って呼んだら、返事しないからね」

 窓の外で、村長が慎重に門を閉じている。

 俺は砂糖の瓶を真ん中へ出した。

「しまった。砂糖が四人分ないな。甘くしたい奴から使ってくれ」

 三人の手が伸びた。途中で止まり、譲り合いになった。

 そのうちシロが俺のカップへ先にひと匙入れた。

「私、今日は甘くなくてもいい」

「その一匙、先生に入れたの?」

 アカネが瓶を覗いた。シロは匙を持ったまま頷く。

「私の分。先生にあげた」

「私もあげる!」

「いや、俺は一匙で十分だ。ありがとう、アカネ」

 俺がカップを引くと、エメルまで砂糖の瓶へ手を伸ばした。

「私も、先生に差し上げたかったのですが」

「気持ちはありがたいよ。二人とも、自分の分に使ってくれ」

 エメルが瓶の蓋を取り、砂糖を自分のカップに入れた。

「次は私が淹れる。先生と二人のときに」

 アカネが言った。エメルは瓶を卓へ戻した。

「それなら、私も先生と二人で過ごす時間が欲しいです」

「お前たち、そんなに俺とお茶が飲みたいのか?」

 昔も、誰が俺の隣に座るかで揉めた。今度も順番に、と言いかけたところで、シロが匙を置いた。

「先生」

「どうした」

「昔と同じにしないで」

 シロが青い線のカップを俺のそばへ置いた。卓の下で、彼女の膝が触れた。

「おかえりって言ってくれて、嬉しかった。でも、それだけで帰るつもりはない」

 アカネの手が砂糖瓶のところで止まった。

「シロ、待っ」

「待たない。十年、待った」

 シロは俺を見たまま言った。

「先生。私は、先生の恋人になりに来た」

 俺は持っていたカップを置き損ねた。底が皿の縁へ当たる。

 シロがカップを支えてくれた。顔は近いままだった。

「……恋人?」

「うん。先生と二人で暮らしたい。隣に座るのも、帰ってくるのも、私がいい」

 アカネが椅子から腰を浮かせた。

「先に言うの、ずるい! 私はちゃんと、二人で出かけてからって」

「では、私も予定を変えます」

 エメルもカップから手を離し、まっすぐ俺を見た。

「先生。私も先生が好きです。恋人として、お隣にいたいんです」

「……三人とも、そういう話なのか」

「そういう話!」

 アカネが言い切って、それから頬を赤くした。

「先生が好き。昔、助けてもらったからだけじゃない。手紙が来るたび会いたかった。今日、顔を見たらもっと好きだった」

 庭で竜が低く鳴いた。窓の向こうには兵の旗が見える。

 昔、眠れない夜に背中をさすった三人だった。その記憶があるのに、今は目の前の三人に何と答えればいいのか分からない。

 シロはまだ、俺のカップを支えていた。

「先生。聞こえた?」

「聞こえた。聞こえたから、少し待ってくれ」

「少しは待つ。でも、子供が言ってることにしないで」

 何と答えればいい。

 ちょうどそのとき、天井から雫が落ち、俺の膝で弾けた。

 四人が一斉に上を向いた。

「……先生。あれ、いつから?」

 シロは雨染みを見つめた。さっきまで俺の返事を待っていた顔が曇った。

 雨漏りを見上げたまま、三人が同時に椅子を引いた。

「私が直す」とシロ。

「直すより、山に連れてく!」とアカネ。

「まず、家主さんのお許しを」とエメル。

 俺は鍋を持ち、三人を見比べた。

 恋人になってほしいという話に返事をするより先に、今度は雨漏りの対処法で三人が競い始めた。

「……そんなに張り合わなくてもいいだろ」

 シロは真顔で答えた。

「先生は一人だから」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。