↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三人魔王は先生を独り占めしたい ~俺が助けた三人の教え子、十年後には全員魔王になって俺を取り合っている~  作者: 古江 門


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/18

第17話 シロが遠慮するようになった。それを褒めてしまった

 商都から村へ戻って五日後、シロが来た。

 町で会談を終え、隣家へ二泊するという。アカネも来ていた。明日の午後には、前から約束していた水車へ二人で行く。

 俺は授業があり、その日は夕食だけ一緒にした。

 商都の話をすると、シロは聞いてくれた。魚の焼き物、夜市、二人で見た運河。エメルの顔を思い出して、つい頬が緩んだ。

 食べ終えたシロが、鞄から本を出した。

「北の本屋で見つけた。先生、前に読みたいって」

「ああ。これ、探してたんだ」

 旅人が各地の暮らしを書いた本だった。シロは途中に挟んだ紙を抜き、俺の前へ広げた。

「ここの話、先生と読みたかったの」

 古い橋の絵が載っていた。説明を追っていると、アカネが横から覗いた。

「明日の水車も、こんな大きいの?」

「いや、あそこはもっと小さい。中も見せてもらえるか、聞いてあるよ」

「ほんと? じゃあ、飲み物を飲んでからね!」

 俺は頷き、水車で出す温かい果実の飲み物の話をした。アカネは甘いものがいいと言い、俺も何を頼むか考えた。

 シロが本を自分の方へ引いた。挟んでいた紙を戻して、閉じる。

「シロ、そこはもういいのか?」

「……うん。あとでいい」

 俺が手を伸ばすと、本は貸してくれた。シロは鞄を膝へ戻した。

「預かってる手袋も、まだ直せてないんだ。糸は買ってあるから、次に会うときまでには直しておくよ」

「急がなくていい。北では厚い方を使ってるから」

「そうか。でも早めに直してやりたいな」

「……うん」

 次に会うのがいつになるかは、俺も聞かなかった。

 食器を片づけて戻ると、シロはもう外套を着ていた。

「帰るのか。本、少し読むかと思ってた」

「先生に貸す。明日はアカネと出かけるから、今日は休んで」

「ありがとう。門まで送るよ」

 隣家の門まで並んで歩いた。シロは本の話をせず、明日の天気を気にしていた。

「晴れるといいね」

「ああ。おやすみ」

「……おやすみ」


 翌日の午後、アカネと水車へ行った。

 山から帰って書いた約束を、ようやく果たせた。温かい果実の飲み物は甘く、アカネは一口目に熱さで目を丸くした。

「熱かったか」

「先生が先に飲んで平気な顔するから!」

「俺も熱かった。まだ飲まない方がいい」

 彼女は俺を睨み、笑った。

 山の人たちの反応はどうかと聞くと、訂正の知らせをまだ回していると言った。すぐには変わらない人もいるが、職人は質問を楽しみにしているらしい。

「次は私も分からない金具のところ。先生、一人でずっと聞いてたら置いていくから」

「一緒に聞こう。お前が飽きるまで」

「私が飽きても、先生は帰らなさそう」

 その顔を見られてよかった。

 帰り道もアカネはよく喋った。水車の歯車を山の竜舎でも使えないかと、手を回して見せる。

 門の前には、荷物を抱えたシロがいた。

「明日の支度か?」

「うん。先生、楽しかった?」

「ああ。水車の中まで見せてもらえたよ」

「よかったね」

 シロは隣家へ戻った。夕食も明日の出発が早いからと断り、本はそのまま預かっていてほしいという。

 その晩はアカネと食べ、借りた本は一人で開いた。


 翌朝、俺は学校へ行く前にシロを見送りに出た。

 隣家の門には北行きの馬車が止まっていた。荷物はもう積まれている。御者を急かすことも、護衛を待たせることもなかった。

「最近は無理を言わなくなったな。昨日もアカネとの約束を気にしてくれたんだろ。ありがとう」

 外套の留め金を直していたシロの指が止まった。

「……うん。もう困らせない」

「助かるよ。でも何かあったら遠慮せずに言ってくれ」

「……分かった」

 シロは馬車へ上がる前にこちらを向いた。

「先生。元気でね」

「ああ。シロも気をつけて。着いたら手紙をくれよ」

 馬車が動き出すと、シロは窓から小さく手を振った。俺も手を振った。

 授業には遅れずに済む。だが、馬車が見えなくなっても、俺はしばらく門に立っていた。


 学校ではいつもどおり授業を始めた。

 昼休みに手帳を開く。水車へ行った日にはアカネの名があり、商都へ行った日にはエメルの名があった。北へ行く予定は一つもない。

 鞄から借りた本を出し、紙の挟まれたところを開いた。

 古い橋の絵が載っている。

『ここの話、先生と読みたかったの』

 俺は続きを聞かず、その晩は一人で読んだ。今も字を追えず、シロが本を閉じたときの顔ばかり思い出した。


 夕方、机に便箋を出していると、アカネが覗き込んだ。

「先生、何してるの?」

「シロに手紙を書こうと思ってな」

「今朝帰ったばかりじゃん。何かあった?」

「いや。最近は無理を言わなくなったなって、今朝も褒めたんだけど。それが少し気になって」

 アカネは向かいの椅子に座った。

「先生。それ、褒めるところじゃないでしょ」

 少し怒った声だった。

「本、一緒に読みたかったって言ったんでしょ。困らせないのを褒めたら、次は誘えなくなるじゃん」

 俺は本を見た。シロが閉じる前に、一緒に読みたいと言っていた頁だ。

「……あとでって、いつにするかも聞かなかったな。もう帰っちゃったのに」

 アカネは便箋の端を指で押さえた。

「私と水車へ行ってくれたのは嬉しいよ。でも、シロにも何したいか聞いてあげて。先生だって、本の続きが気になってたでしょ」

「ああ。あいつの話をもっと聞きたかった。今度は俺が北へ行こうと思う」

「うん。シロも喜ぶよ」

 アカネは便箋から指を離した。

「……お前はいいのか?」

「何が?」

「俺がシロに会いに行くの」

「そりゃあ悔しいよ。私だって先生と一緒にいたいもん」

 彼女は口を尖らせた。

「でもシロがあんなふうに我慢するのは嫌。……私のところにも、また来てくれるんでしょ?」

「ああ。行きたいよ」

「じゃあいい。……私からばっかり誘わせないでね」

 俺は頷き、筆を取った。

 手袋がもうすぐ直るから、届けに行きたい。

 そう書こうとして、止めた。

 手袋を届けるだけなら、次にシロが来るまで待てばいい。

 俺はシロと一緒にあの本を読みたかった。彼女が暮らす街を、隣を歩いて見てみたかった。

『シロ。今度は俺から北へ行きたい。お前に会って、一緒にあの本の続きを読みたい。休みを相談してみるつもりなんだが、会える日はあるか』

 最後の一文まで読み返し、筆を置いた。

「書けた?」

 アカネが身を乗り出した。俺が紙を伏せると、頬を膨らませる。

「ちょっと。私の手柄もあるんだけど!」

「あるよ。ありがとう。でもこれはシロへの手紙だからな」

「分かってる!」

 アカネは椅子へ座り直した。

「ちゃんと喜んでくれるといいね」

「ああ」

 出発の時刻まで一緒に茶を飲んだ。

「明日は領主たちが来るんだろ。帰ってからも忙しいな」

「うん。先に見られる書類は済ませたけど、あっちは動かせないから」

 アカネは残った茶を飲み干した。

「水車、楽しかった。また休み、合わせようね」

「ああ。俺も相談するよ」

 門で見送ると、竜は山の方へ飛んでいった。

 家へ戻り、手紙を封筒に入れた。

 机の端には預かった手袋がある。これも直して持っていこう。シロが着けてくれるところを、自分で見たかった。


 数日後、返事が届いた。

『先生、本当に来てくれる? いつなら来られる?』

 俺は同僚と休みを相談した。留守の授業を代わってもらい、同僚が帰省する週は俺が二組を見ることになった。

 滞在は三泊。行き帰りは途中の町で一泊ずつする。

 決まった出発日と帰村日を書き、もう一通手紙を出した。

『ああ。お前に会いに行くよ。この日程でどうだろう』

 待つ間に手袋も直し終えた。継ぎ糸の色は少し違うが、今のシロの手に合うはずだ。

 次の便の返事には、城の部屋を用意しておくとあった。

 その下に、大きな字で一行。

『何時に着く?』

 ほかの字の倍くらいあった。

 俺は笑って、馬車の時刻表を開いた。

 早く知らせてやりたかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。