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第5章 重なる記憶、選ばれないはずの心

 その夜、マリアンヌは眠れなかった。


(……“あの時も同じ顔で笑っていた”……)


 王子の言葉が、何度も胸の奥で反響する。


 知らないはずの記憶。


 けれど、どこかで——


(……見られていたような……)


 自分でも説明できない感覚。


 そしてもう一つ。


「……他の方と……」


 思い出してしまう。


 リリアと並んでいた、あの光景。


 胸が、少しだけ痛む。


(……これが……)


 コニーが言っていた感情。


 ——嫌、というもの。


 マリアンヌはそっと目を閉じた。


 だが、その内側に浮かんだのは——


 見たことのないはずの景色だった。


 王宮の庭。


 誰もいない噴水の前。


 自分が一人で立っている。


 そして——


『どうして、あなたはいつもそうなの』


 誰かの声。


 冷たくて、遠い。


 次の瞬間、視界が暗転する。


「……っ!」


 マリアンヌは息を呑んで目を開けた。


 心臓が早鐘のように打っている。


(……今の……何……)


 それは夢にしては、あまりにも鮮明だった。


 翌日。


 三人は自然と、サロンに集まっていた。


 だが、誰もすぐには口を開かない。


 沈黙を破ったのは、コニーだった。


「ねえ、確認しよ」


 いつもより少しだけ真面目な声。


「たぶん今、“三人とも”変なこと起きてる」


「……はい」


 リリアが小さく頷く。


「わたしは、知らない記憶が増えています……断片的に……」


「……わたくしも……」


 マリアンヌが続ける。


「……昨夜……見たことのない光景を……」


 コニーは深く息を吐いた。


「やっぱり」


 そして、はっきりと言う。


「これ、“別ルートの記憶”だよ」


「……別ルート……?」


 リリアが首をかしげる。


「うん。ゲームってさ、選択肢で未来が変わるじゃん?」


「……はい」


「その“別の未来”の記憶が、混ざってきてる」


 空気が重くなる。


「じゃあ……殿下も……」


 マリアンヌの問いに、コニーは頷いた。


「たぶん、がっつり持ってる」


「……」


 リリアが唇を噛む。


「……だから、あんなことを……」


 “初めて会った気がしない”。


 それは比喩ではなく、本当に“知っている”という意味。


「問題はさ」


 コニーの声が低くなる。


「なんで今、それが起きてるか」


 誰も答えられない。


 その時——


 扉がノックされた。


 全員の視線がそちらに向く。


「……入るぞ」


 聞き覚えのある声。


 王太子レオンハルトだった。


 彼は迷いなく、三人の前まで歩いてきた。


「話がある」


 短い言葉。


 逃げ場はない。


「……わたくしたちも……お聞きしたいことがございます」


 マリアンヌが静かに返す。


 王子は一瞬だけ彼女を見て——


「……そうだろうな」


 と、苦く笑った。


 そして。


「単刀直入に言う」


 空気が張り詰める。


「私は——この世界を“繰り返している”」


 リリアが息を呑む。


 コニーは目を細める。


 マリアンヌは、ただ静かに見つめている。


「何度も同じ時間を辿り、その度に結末が変わる」


 淡々と語られる事実。


「だが共通していることが一つある」


 視線が——マリアンヌに向く。


「君は、必ず破滅する」


 静寂。


 言葉の重みが、遅れて落ちてくる。


「……なぜ……」


 マリアンヌの声は、驚くほど落ち着いていた。


「理由は様々だ」


 王子は目を伏せる。


「嫉妬、誤解、陰謀……形は違えど、結果は同じだ」


 そして、ゆっくりと続ける。


「だから私は——君を遠ざけた」


 その一言で、すべてが繋がる。


「……っ」


 マリアンヌの指がわずかに震える。


「関われば、君は壊れる」


 王子の声が低くなる。


「それなら最初から、関わらない方がいい」


 合理的な判断。


 正しい選択。


 ——けれど。


「……それで……」


 リリアが一歩踏み出す。


「わたしに、近づいたのですか……?」


 王子は答えない。


 沈黙が、答えだった。


 胸が、きゅっと締め付けられる。


(……どうして……)


 わからない。


 けれど——


(嫌だ)


 その感情だけは、はっきりしていた。


 その時。


「それ、さ」


 コニーが口を開いた。


「めっちゃ勝手じゃない?」


 空気が張り詰める。


「……何?」


 王子の視線が鋭くなる。


「マリアンヌ様の未来、勝手に決めてるじゃん」


 コニーは一歩も引かない。


「しかも“過去の結果”だけ見て」


「結果は事実だ」


「でも今は“別のルート”でしょ?」


 言い切る。


「マリアンヌ様、もう前と同じじゃない」


 その言葉に——


 マリアンヌの目がわずかに揺れる。


「……コニー……」


「それにさ」


 さらに続ける。


「リリアも、なんかおかしいし」


「……え?」


「記憶混ざってる時点で、普通のヒロインじゃない」


 リリアは息を呑む。


「つまり」


 コニーは三人を見渡した。


「この世界、もう“シナリオ通り”じゃない」


 静寂。


 そして——


「……だったら」


 小さな声。


 マリアンヌだった。


 全員の視線が集まる。


「……試してみませんか」


 ゆっくりと、言葉を紡ぐ。


「……わたくしが……破滅しない未来を」


 静かで、強い声。


 王子の目が見開かれる。


「……君は……」


「……怖くないわけでは……ありません」


 正直に言う。


「……ですが……」


 ほんの少しだけ、微笑んだ。


「……選ばずに終わるのは……もっと、嫌です」


 その言葉に——


 リリアの胸が熱くなる。


「……わたしも」


 思わず口にしていた。


「わたしも、自分で選びたいです」


 コニーはにやっと笑う。


「いいじゃん、それ」


 そして王子を見る。


「どうする、殿下?」


 しばらくの沈黙。


 やがて——


「……本当に変わったな」


 王子が呟く。


 それは、諦めと——ほんのわずかな期待が混じった声だった。


「……いいだろう」


 顔を上げる。


「今回だけは、観測者でいるのをやめる」


 一歩踏み出す。


「この“例外”を、見届けよう」


 その瞬間。


 三人と一人の関係が、はっきりと変わった。


 運命に従う者たちではない。


 運命を、書き換えようとする者たち。


 そしてその中心で——


 マリアンヌは、初めて自分の意思で立っていた。


 椅子に咲くだけの花ではない。


 風を選び、光を選び、未来を選ぶ花として。

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