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第2章 シナリオの来訪者

 それは、あまりにも“それらしく”始まった。


 初夏のある日、学園に一人の少女が編入してきた。


 淡い栗色の髪に、柔らかな微笑み。どこか儚げで、守ってあげたくなるような雰囲気。


「本日より編入いたしました、リリア・エヴァレットと申します」


 可憐にカーテシーをするその姿に、教室がざわめく。


(……来た)


 コニーの背筋がひやりと冷えた。


(間違いない。“ヒロイン”だ)


 乙女ゲームの主人公。


 本来、この世界の中心に立つはずの少女。


 そして——


(マリアンヌ様を破滅させる、引き金)


 コニーは無意識に、隣の席を見る。


 マリアンヌはいつも通り、静かに座っている。


 けれど——


「……」


 ほんのわずかに、視線がリリアに向いていた。


(やめて)


 思わず、胸の内で叫ぶ。


(関わらないで)


 けれど、そんな願いはあっさりと裏切られる。


 昼休み。


 サロンの扉が、控えめに叩かれた。


「失礼いたします……あの……」


 入ってきたのは、リリアだった。


 場の空気が一瞬で変わる。


「……!」


 周囲の令嬢たちが息を呑む。


 無理もない。


 よりにもよって、“フキハラ令嬢”のテリトリーに、自ら足を踏み入れるなど。


 だが当の本人は、怯えながらもまっすぐマリアンヌを見ていた。


「あの……マリアンヌ様、でいらっしゃいますよね……?」


「……」


 マリアンヌは答えない。


 いや、答えられない。


 緊張で声が出ないのだ。


 だが周囲には、そうは見えない。


「……やっぱり、噂通り……」

「無視なさるのね……」


 ひそひそ声が広がる。


(違うのに……!)


 コニーは立ち上がりかけた、その時。


「……っ」


 小さな音。


 マリアンヌの指が、ぎゅっとドレスを掴んでいた。


(……マリアンヌ様)


 次の瞬間。


「……ご用件を……」


 震えながらも、声が出た。


 空気が凍る。


 誰もが目を見張る。


 “フキハラ令嬢”が、自分から言葉を発した。


 リリアも驚いたように目を丸くしたが、すぐにほっとしたように微笑んだ。


「よかった……お話、できるのですね」


 その無邪気な一言に、コニーの眉がぴくりと動く。


(……この子)


 悪意はない。


 むしろ純粋だ。


 だからこそ——厄介だ。


「あの、わたし……学園のことがまだよく分からなくて……」


 リリアは少し恥ずかしそうに続ける。


「マリアンヌ様は、とてもお詳しいと伺いましたので……」


 遠回しだが、要は「教えてほしい」ということだ。


 本来のシナリオなら——


 ここでマリアンヌは冷たく突き放す。


 それが“悪役令嬢”の役割。


 そしてリリアは傷つき、周囲は彼女に同情する。


 ——そのはずだった。


「……」


 マリアンヌは沈黙する。


 長い、長い数秒。


 コニーの心臓が嫌な音を立てる。


(断って……)


 だが——


「……わたくしで……よろしければ……」


 小さく、けれどはっきりとした声。


 その場にいた全員が固まった。


「……え?」


 リリアがきょとんとする。


「……学園の案内を……いたします……」


 静かに、言い切った。


 コニーの頭が真っ白になる。


(……ちょっと待って)


(これ、完全にイベント発生してるじゃん)


 しかも、想定外の形で。


「ほ、本当ですか……! ありがとうございます、マリアンヌ様!」


 ぱっと顔を輝かせるリリア。


 その笑顔は、まさに“ヒロイン”そのものだった。


(やばい)


 コニーは確信する。


(物語、動き出してる)


 それから数日。


 学園の空気は明らかに変わった。


「最近、マリアンヌ様……雰囲気が柔らかいわよね」

「リリア様とご一緒の時、特に……」


 噂が広がる。


 それは良い変化のはずだった。


 だがコニーの胸は晴れない。


(違う……こんなの、あたしの知ってる展開じゃない)


 本来なら、対立するはずの二人。


 それが今は——


「マリアンヌ様、ここはどういう場所なんですか?」

「……図書室です……静かに……過ごす場所で……」


 並んで歩いている。


 しかも、わりと仲良く。


(え、なにこれ。バグ?)


 思わず頭を抱えたくなる。


 その時。


「コニー様も、ご一緒にいかがですか?」


 リリアが振り返って言った。


 柔らかな笑顔。


 誘い。


 ——ヒロインムーブ。


「……」


 一瞬、言葉に詰まる。


(この子、敵じゃない)


 それはわかる。


 でも——


(マリアンヌ様の“運命”を握ってる存在でもある)


 コニーはゆっくりと笑った。


「……いいよ。あたしも行く」


 軽い口調。


 だがその目は、しっかりとリリアを見据えていた。


(ちゃんと見とく)


(この物語が、どこに向かうのか)


 そして——


 マリアンヌは、そんな二人を見ていた。


「……」


 胸の奥に、ほんの少しだけ生まれた感情。


 それが何なのか、まだ名前はわからない。


 ただ一つだけ、確かなこと。


 ——この関係は、静かではいられない。


 三人の距離が交わり始めた時。


 物語は、もう“予定調和”では進まない。

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