第79話 絶望の巨獣、そして全サーバーを揺るがす電撃司令
山岳部の外へと飛び出した俺たちの目に飛び込んできたのは、あまりにも絶望的な光景だった。
帝国が造り上げた巨躯を持つ化け物──〈神獣〉の進撃。
──ズシン、ズシン……ッ!!
一歩踏み出すたびに大地が割れ、底知れぬ殺意と呪詛の魔力が周囲の空気を黒く染め上げていく。理性を完全に失ったその巨大な怪物は、周囲の木々や岩盤を踏み倒しながら、ゆっくりと、しかし確実に、王国の方角に向かって歩を進め始めていた。
「このまま王国まで行かせるわけにはいかない! 俺たちでなんとか食い止めるぞ!」
俺の号令に従い、神獣に向けて、それぞれ全霊の力を振り絞り、一斉に攻撃を叩き込んだ。
だが──。
「くっ……! 全然、手応えがない……っ!」
俺が放った全霊の魔弾は、神獣の全身を覆う重層的な障壁の表面で、まるで水滴のように霧散して消え去っていた。
「ダメね、物理的な耐久力はもちろん、魔法耐性もこれまでのボス格とは次元が違うわ。私たちの攻撃が、まるで届いてすらいない」
隣に降り立ったシオンが、息を荒げながら冷や汗を拭う。
彼女の〈天壌風霊〉による風でも歯が立たず、シュリの放つ星辰魔法すら、その巨大な質量と魔力の奔流の前に、ただの余波として掻き消されていく。
「どうする? このままじゃ、こっちのMPもスタミナもジリ貧よ。そもそも、まともにダメージが入るビジョンが見えないわ!」
「分かってる……けど、ここで引くわけにはいかないんだ。あいつがこのまま王国の方向へ行ったら、帝国だけじゃなく、大陸全土が文字通り消し飛ぶ……!」
俺が歯噛みする。
しかし、そんな俺たちの焦燥を嘲笑うかのように、神獣は静かに、だが底知れぬ威圧感を伴ってその巨大な頭部をもたげた。
──ゴオオオオオオオオオッ!!
喉の奥底から絞り出された、純粋な破壊の概念そのものが物理的な波動となって空間を揺るがす。
開かれたその巨大な口内から、圧縮された魔力が奔流となって解き放たれた。
「来る……っ! 防ぎきれない、全員、回避に全力を――!」
直撃を免れるため、俺たちはそれぞれ岩陰へと身を躍らせたが、爆風の余波だけで吹き飛ばされ、硬い地面に激しく叩きつけられる。
けれど、神獣はそれほどまでに圧倒的な一撃を放ちながら、俺たちに追撃を加えることすらしなかった。
まるで、足元で蠢く名もなき虫けらなぞ眼中にもないと言わんばかりに、虚ろな光をたたえた無数の複眼を前方へと向け、ただ静かに、重い足取りで王国への道を進んでいく。
一歩、また一歩と大地が揺れる。
その行く手にあるのは、無数の人々やプレイヤーたちが暮らす平穏な街並みだ。
「嘘……でしょ……。あんなの、どうあがいても……勝てるわけがない……」
シオンが絶望に満ちた声を漏らし、その場に膝をついた。誰もが同じ思いだった。
個人のプレイヤースキルや、数名のパーティー単位の連携など、この理不尽なまでの天災の前には無力の一言に尽きる。絶望の澱が、戦場を重く冷たく覆い尽くしていった。
【安倍ノ家:これは……。βテストの時の裏ボスより数段ヤバいな。物理耐性・魔法耐性の二重構造に加えて、周囲の魔力を常時吸収するパッシブまでついている。個人の火力じゃ絶対に削りきれん設計だ。ユウたちの判断は間違っちゃいないが、相手が悪すぎる……!】
【灰かぶりうさぎ:ひえっ……! 神獣様、怖すぎでしょ……!! だけどそんな絶望的な状況の中、吹き飛ばされたシオンちゃんをサッと庇うように前に立つユウくんがイケメンすぎて全米が泣いた。あれ絶対お互いのことしか見てないよね? ね? 苦難を共に乗り越える二人、尊さの極みすぎて私の心臓がもたない助けて……!!】
誰もが諦めかけたその瞬間、突如として空間全体が眩い黄金色の光に包まれた。
視界の隅、システムウィンドウの各所が一斉に警告音を鳴らし、赤字の緊急テロップが幾重にもポップアップして空間を埋め尽くす。
『──全プレイヤーへ緊急通達。』
それは、通常のシステム音声とは異なる、運営側からの直接的なアナウンスだった。
全世界のサーバー、すべてのエリアにいるプレイヤーたちへの通達。
『大陸北部、山岳部外縁エリアにて、封印されし厄災〈神獣〉が覚醒。現在の個体は、通常のオープンフィールドボス規格を遥かに超越した世界改変級の脅威度を指定されています』
テロップの文字が激しく明滅し、新たな巨大なクエストウィンドウが強制的に開かれた。
『【突発グローバルレイドクエスト:星を喰らう巨獣の討伐】』
『概要:山岳部より出立した神獣の進撃を阻止し、全プレイヤーの総力を結集してこれを討伐せよ』
『参加条件:全プレイヤー(戦闘職・生産職・支援職問わず、専用の防衛・補給ライン構築に参加可能)。
備考:本クエストの勝敗は、今後のメインストーリーにおける世界の勢力図および街の存亡に直接影響します』
「な……っ!? グローバルレイド……全プレイヤー合同の討伐戦……!?」
俺は息を呑み、目の前に浮かび上がった膨大な参加プレイヤーの数を示すカウンターを見た。
数千もの単位で合同レイドの参加者が増加していく。
「ふふ、さすがに運営もこの規模のイベントは総力を結集しないと無理だと判断したようね。これだけの人数がいれば、さっきの鉄壁の障壁も、削り切れる計算が立つわ!」
「ああ! 俺たちだけじゃ到底かなわない相手でも、皆で力を合わせれば──!」
絶望の淵にあった空気が、一変して熱い闘志へと塗り替わっていく。
世界中の至るところで、トップランカーたちから初心者までがそれぞれの拠点を飛び出し、神獣を討伐するための大軍団を結成し始めたのだ。
【安倍ノ家:単なる個人無双じゃなくて、MMOの醍醐味である大規模レイドの解禁だ!! 運営、いい仕事しするな……! 各地のギルドマスターたちも動き出してるぞ。この物量戦なら、神獣の自動回復を火力で押し切れる!!】
【灰かぶりうさぎ:うわぁぁぁん、世界中の人たちがユウ君とシオンちゃんを助けるために立ち上がってくれたよ……! っていうか、この一大事の最中でも背中合わせで「行くわよ」「ああ、派手に暴れるぞ」ってアイコンタクト交わしてるの尊すぎて語彙が溶ける。もう二人で結婚式挙げながら神獣倒してこい!!】
俺たちは一時撤退の判断を下した。
これ以上俺たちだけで深追いしても無駄死にするだけだ。体制を立て直し、全ギルドとの合同作戦会議を開く必要がある。
「全員、撤収! 持ち場を離れて、一度魔導戦艦へ急ぐわよ!」
「「はい!」」
シオンの鋭い号令に、ティアナやシュリが頷く。
俺もまた、未だ唸りを上げる神獣の背中を鋭く一瞥してから、仲間の後を追い走り出した。
§
「ふう……なんとか無事に生還、っと。いやぁ、マジで死ぬかと思ったわね」
魔導戦艦に乗り込んだシオンがふっと肩の力を抜き、やれやれといった表情で笑みを作った。
その隣に並び立った俺も、ふうっと小さく息をつく。
「本当だな……。だが、これで終わりじゃない。ここからが本当の総力戦だ」
「そうね。世界中のプレイヤーが、この世界を守るために集まってきてくれる。……なんか、ちょっと胸が熱くなっちゃうじゃないの」
シオンはそう言いながら、ふと視線を俺の横顔に向け、悪戯っぽく微笑んだ。
戦場の緊張がほどけたその空間には、妙に穏やかで、確かな絆に満ちた空気が流れていた。
魔導戦艦は轟音を響かせ、全速力で王国の中枢へと舵を切る。
地平線の彼方に広がる空を見上げる俺とシオン。その背中には、これから始まる壮絶な決戦に向けた、揺るぎない決意が宿っていた。
【安倍ノ家:さて、ここからが本当の地獄だ。全プレイヤーのクラス構成、タンク・ヒーラー・DPSの割り振りをどうするかでレイドの勝敗が決まる……!】
【灰かぶりうさぎ:もう無理、今日の配信神回すぎん?? 最後に二人並んで空見上げるとことか、完全にエンディングのそれじゃん……。あ、ちょっと待って、今ユウ君がさりげなくシオンちゃんの肩に自分の上着をかけたように見えたんだけど私の目の錯覚!? いや絶対にそうだ、結婚おめでとう!!!!(大号泣の血涙スタンディングオベーション絶叫床ローリング)】




