第75話 狂乱の戦場、一筋の閃光
灰色の空を焦がす爆炎と、鋼鉄が交錯する耳障りな金属音が、アエテルニタス平原の空気を重く歪めていた。
我らが率いる新生ギルド〈アストライア・ドーン〉は、ここまで圧倒的な連携と個々の能力を武器に、幾重もの敵陣を突破し、快進撃を続けていた。
「このまま一気に中央陣地を押し込む! 皆、足を止めずについてきてくれ!」
前線の指揮を執りながら、俺は極光の錬金杖を振るい、目前に迫る帝国兵を魔力弾で撃つ。
さらに背後から放たれたシオンの鋭い風刃が敵の体勢を完全に崩した。
アイコンタクトさえ不要の阿吽の呼吸。二人の刃が綺麗に噛み合い、帝国兵の重装歩兵が崩れ落ちる。
「ユウ、油断しないで。右翼側の敵増援が、想定より早いペースで集結しつつあるわ」
冷静な声音で告げながら、シオンは淡々と複合剣を構え直す。
その額にはうっすらと汗が滲んでいるが、瞳の光は少しも揺らいでいない。
頼もしい相棒の存在に背中を押されながら、俺は力強く頷いた。
「ああ、分かってる。ここを抜ければ敵の司令部は目の前だ。一気に勝負をかけるぞ!」
しかし、その快進撃の勢いを、帝国軍はただ黙って指をくわえて見ているわけではなかった。
突如として、戦場の空気が一変する。
ドォン、と地響きのような重低音が足元から伝わってきた。
味方の前線、王国軍の精鋭たちが陣取る最前線が、まるで紙細工のように突然、内側から崩れ始めたのだ。
「なっ……なんだ……!?」
どよめく兵士たちの視線の先。
砂煙を巻き上げて現れたのは、およそ常人とは思えない異形の集団だった。
身体が通常の二倍以上はあろうかという巨躯。
黒ずんだ帝国軍の軍服を引き裂くほどに肥大化した筋肉、そして青筋が浮き出た醜悪なまでの腕。
何より異様なのは、彼らの眼球だった。白目は完全に血走り、瞳孔は極限まで縮小し、まるで理性を失った野獣のように、ただ殺戮本能だけで動いている。
「──っ!」
息を呑んだのは、俺だけではない。
すぐ隣で戦況を見据えていたシュリが、青ざめた表情で一歩前に出た。
【安倍ノ家:ふむ、これは……。帝国が禁忌とされている技術に手を染めてひそかに開発していたとされる〈狂戦士化〉の秘薬か。自我を代償に、一時的に肉体の限界を超えた身体能力を引き出す、非人道的な強化兵だな。噂には聞いていたが、まさか実践投入できる段階まで進んでいたとは……】
【灰かぶりうさぎ:うわあああキモい! デカい! 筋肉モリモリのグロいおっさんたちがいきなり暴れ出したんだけど!? これユウ君たち危なくない!? 大丈夫!? シオンちゃん、ユウくんを守ってえええ!!】
「ユウ……。彼らの、マナの澱みを感じます……」
シュリが震える声で、目の前の異形の兵士たちを指差す。
彼女の周囲に展開された探知の魔力粒子が、不快なまでに黒く濁った魔力の波動を捉えて悲鳴を上げていた。
「おそらく……自然なものではありません。薬物によって、一時的に、肉体も魔力も強制的に強化されています……。あれは、もう人の形をした兵器です……!」
「なんて非人道的なことを……!」
シオンが歯噛みする。
理性を奪われ、痛覚すらも麻痺しているであろう強化兵たちは、常人なら即死するような王国軍兵士の斬撃を受けても怯むことなく、むしろ狂ったような咆哮を上げて巨大な鉄棒や肉塊のような拳を振り回した。
ドカッ! グシャッ!
「うわあああっ!」
王国軍の兵士たちが、まるで虫けらのように次々と吹き飛ばされていく。
防壁の役割を果たしていた前衛の陣形が、文字通り一瞬で瓦礫の山へと変わった。
圧倒的な質量と、理性を欠いた暴力の前には、通常の個人の武勇など容易く踏みにじられてしまう。
「くそっ……! みんな、下がれ! まともに受けるな!」
俺は叫びながら、突進してくる一人の強化兵の巨腕をジャケットの防護フィールドで弾く。
が、フィールドを維持している魔力が一気に削られた。常軌を逸した筋力だ。
俺たち〈アストライア・ドーン〉のメンバーが総がかりで、ようやく一歩も引かずに互角で押し返せるかどうかというレベルだった。
「ユウっ!」
シオンが切羽詰まった声を上げる。
「大丈夫だ! だが……まだかなりの数が後ろに控えているぞ……!」
周囲を見渡せば、味方の防衛線はズタズタに引き裂かれ、他の王国軍兵士たちは恐怖と圧倒的な力の差に足がすくみ、崩壊の危機に瀕していた。
冷や汗が背中を伝う。
このままでは、ギルドの仲間たちごと前線が全滅する。
切り札を切れ──そう思考が判断した瞬間だった。
「……ん?」
視界の端、空を切り裂くようにして、圧倒的な輝度を放つ一筋の光の奔流が走った。
それはまるで天から降り注いだ流星の如く、あるいは世界を両断する神の剣閃の如く、戦場の真っ只中へと突き進む。
「……っ!」
眩い黄金の光芒が、暴れ回る帝国軍の強化兵士たちの群れを丸ごと飲み込んだ。
凄まじい爆発すらも光にかき消され、ただ轟音と衝撃波だけが周囲の砂塵を吹き飛ばす。
──ガァァァァァッ……!
あんなにも怪物じみた耐久力を誇っていた強化兵らが、一度に十数体も、その光の渦の中で塵も残さぬ勢いで薙ぎ払われ、地面に崩れ落ちていく。
あまりの光景に、戦場全体の動きがピタリと止まった。
敵も味方も、口を開けたままその場に釘付けになっている。
砂塵が晴れ、姿を現したその人物の背中を見た瞬間、俺の胸に強烈な安堵と、懐かしい熱が込み上げてきた。
研ぎ澄まされた大剣を肩に担ぎ、微塵の乱れもない足取りで歩み寄る、見覚えのある鷹揚とした笑み。
「レオンハルト……!」
「遅くなってすまない、ユウ! あの後の移動に少し手間取ってしまってな!」
笑いながら、レオンハルトが大きく腕を広げる。
彼の背後からは、息の合ったレオンハルトのパーティーメンバーたち──百戦錬磨の猛者たちが、見事な連携で周囲の残党を制圧しながら続々と駆けつけてきた。
【安倍ノ家:ほう……! このタイミングでのレオンハルト参戦か。彼の固有スキル『光』の範囲殲滅力は相変わらず見事だな。あの強化兵の硬度を一撃で粉砕とは、流石は大陸トップクラスの実力者だ】
【灰かぶりうさぎ:レオンハルト様、イケメンすぎるうううう!! ピンチの時に颯爽と現れるヒーロー枠最高かよ!! しかもユウ君の名前呼ぶ時の声のトーンがもう最高に「俺の相棒」って感じで脳汁ドバドバ出るんだが!! もっとやれ!!】
「レオンハルト、よく間に合ってくれた! あの薬物強化された兵士たちに手を焼いてたんだ!」
「見たところ、かなり厄介な代物のようだな。だが、理性を欠いた化け物崩れに、俺たちが敗れるはずがない」
レオンハルトがニヤリと不敵に笑い、再び大剣を構え直す。
彼の言葉に、戦意を喪失しかけていた王国軍の兵士たちにも、再び血の気が戻ってきた。
「もう一人の英雄様だ……!」「レオンハルト様が来てくださったぞーっ!」
あちこちから歓声が上がる。
「よしっ、〈アストライア・ドーン〉、反撃の狼煙を上げるぞ! レオンハルトの部隊と挟撃だ!」
「ええ、ユウ! いきましょう!」
「ふふ、遅れを取るわけにはいきませんね」
シオンとシュリが再び美しい魔法を展開する。
我がギルドの精鋭たちと、レオンハルトの歴戦のパーティーが完全に噛み合った。
一気に形勢が逆転する。
先ほどまでの絶望的な雰囲気が嘘のように、王国軍の全軍が怒涛の勢いで押し返し始めた。
残された強化兵部隊は、次々と連携の網に捉えられ、その巨体を地面に沈めていく。
「これで……終わりだっ!」
俺の魔力弾が、最後の強化兵の装甲を完全に打ち砕いた。
巨体が崩れ落ち、地響きが静まる。
前線の指揮官を失い、唯一の切り札であった強化兵部隊をも全滅させられた帝国軍は、もはや組織的な戦闘継続不可能な状態に陥っていた。
前線からの伝令が、慌ただしく撤退を告げる鐘の音を鳴り響かせる。
「全軍撤退! 退却しろ――っ!」
帝国軍の残党たちが、蜘蛛の子を散らすように背中を見せて逃げ出していく。
追撃を求める兵士たちの声が飛び交う中、ついに戦場の静寂が戻ってきた。
「──勝った……!」
誰かがそう叫んだ瞬間、戦場を埋め尽くしていた王国軍の兵士たちから、割れんばかりの歓声と勝鬨が上がった。
武器を掲げ、互いの無事を喜び合い、抱き合う兵士たち。
俺は深く息を吐き出し、持っていた極光の錬金杖を地面に突いて、どっと押し寄せる疲労感を味わっていた。
その肩に、ふと温かい重みが乗る。
「お疲れ様、ユウ」
振り返ると、シオンが少しだけ柔らかく微笑んでいた。その顔にもう緊張の色はなく、ただ共に生き残った安堵と、誇らしげな光が宿っている。
「ああ、お疲れ、シオン。君がいてくれたから、最後まで冷静に戦えたよ」
「……私も、ユウがいてくれたからこそよ」
少しだけ頬を赤らめて視線をそらす相棒の姿に、胸が温かくなる。
そのすぐ近くでは、戦いを終えたギルドの仲間たちが駆け寄ってきていた。
「やったぁぁぁ! 勝ったよライム、私達勝ったよ!」
セラが嬉し涙を拭いながら、どっと崩れ落ちるようにライムに抱きつく。
「セラさん、よく頑張りましたね! セラさんの踏ん張りがなければ前衛はもっと持たなかったですよ」
ライムはセラを抱き締め返しながら、健闘を称え合う。
「ふふっ、二人ともお見事でした。ニベアさんも怪我はありませんか?」
ティアナが優しく微笑みながら、前線を支え続けたニベアの肩にそっと手を添える。
「ティアナ、ありがとう。お陰で、致命傷は防げた。私がみんなを守り抜けたなら、それでいいよ」
ニベアは誇らしげな笑みを浮かべ、仲間の無事を確かめ合うように小さく頷き合っていた。
そんなやり取りをしているところに、からかうような笑みを浮かべたレオンハルトが歩いてきた。
「二人していい雰囲気になっているところ悪いが、大勝利の立役者に対して何か言うことはないのかい?」
「はは、助かったよレオンハルト。最高のタイミングだったな」
「ああ。礼なら後で美味いワインでも奢ってもらおうか。それにしても、君たちのギルドもすっかり板についてきたな。あの乱戦をよくぞ持ちこたえた」
レオンハルトが俺の肩を叩く。
その表情には、友として、そして冒険者としての深い信頼の色があった。
激戦の果てに掴み取った勝利の余韻の中で、俺たちは仲間たちと共に、誇らしい夕日を背負いながら高らかに勝鬨を上げたのだった。
【安倍ノ家:見事な連携による完全勝利だな。個の武力だけでなく、ギルド間の共闘という戦術的勝利を収めた意味は大きい。帝国側の動きに不穏な影は残るが……今日のところは彼らの健闘を称えるべきだろう】
【灰かぶりうさぎ:いやもう最高すぎた……!! ピンチからのレオンハルト様参戦の流れ王道すぎて語彙力消失するわ……! からの! シオンちゃんの照れ顔プライスレス!! 尊すぎて画面の前で5時間くらい正座したんだが!? 結婚しろ!!!】




