第70話 生体迷宮の分断罠
月曜日の慌ただしい授業と、夕方の短いホームルームが終わりを告げ、放課後のチャイムが校舎に響き渡った。
その足ですぐに電脳遊戯部の部室へと向かった俺たちは、昨日の休日につづき、今日も揃って〈LWO〉の世界へのログイン準備を進めていた。
部室の隅では、天音が、スッと鮮やかな手つきでVRヘッドセットを自身の美しい黒髪のラインに合わせ、真剣かつどこかワクワクとした眼差しでこちらを向いている。
「さあ、ユウ。昨日の野営地からの再開ね。今日はどんな難所が私たちを待ち受けているのかしら」
「ああ、油断はできないけど、みんながいればどんなエリアだって突破できるさ。準備はいいか?」
「もちろんよ。あなたの隣なら、どこまでだって行ってあげるわ」
シオンがクスリと美しく微笑み、二人は同時にヘッドセットを装着した。
視界がふっと蒼白いマナの光に包まれ、次の瞬間、俺たちの意識は昨夜ログアウトした〈深淵樹海・ギガントフィリア〉の特設キャンプサイトへと滑らかに接続された。
──ふわり、と現実の重力が消え、樹海の冷たく澄んだ空気が肌を包み込む。
周囲を見渡せば、すでにレオンハルトたちの一行がログインを終えて待機していた。昨日の約束通り、総勢十三名の合同レイドパーティーがこうして再び一堂に会している。
「おっ、ユウ、シオン、おはよう。昨晩はぐっすり眠れたか?」
レオンハルトが爽やかな笑顔を浮かべながら近づいてきて、力強く肩を叩いてきた。その背後では、マジックナイトのシンが静かに頷き、ローグのリーヴが軽やかに双剣を腰に収め直している。
「ああ、おかげさまでな。ライム、そっちはどうだ、夜間の見張りとかに問題はなかったか?」
「問題なしです! フローラさんが仕掛けた多重罠のおかげで、夜襲を企てた下級の魔物たちは影の字も見当たりませんでした!」
「そうか。それはよかった」
ライムの元気のいい返事に俺が頷く。
「皆さん、今日も私の聖属性と回復魔法で、全員のHPを完璧にバックアップするので安心して進んでくださいね」
ティアナが聖杖を優しく抱き締めながら頼もしく微笑むと、レオンハルトのパーティーのクレリックであるモナが「私もティアナさんに負けないように全力でサポートしますね!」と明るく手を挙げた。
セラは両手の魔導銃をクルリと回して不敵に笑う。
「ふふっ、今日もガンガン撃ちまくっちゃうんだから。ボクの銃撃で一網打尽にしてあげるね」
「セラちゃん、頼もしいね。でも、あまり前に出すぎて怪我しないように気をつけてよ」
ソーサラーであるイリアが苦笑いを浮かべながらツッコミを入れると、シュリが青い髪を風になびかせて静かに首を横に振った。
「私の星辰魔法の光で周囲を照らしながら進みましょう。この先のエリアは、これまで以上に魔力の波長が複雑にねじれています。油断は禁物です」
ニベアが自慢のガントレットをゴリリと合わせて豪快に笑った。
「シュリちゃんの言う通りだね。さあ、さっそく奥へ進もう!」
ライムが若草色の瞳を輝かせながらタブレット端末を素早くスワイプし、リアルタイムの空間マップを前方へと投影した。
「マスター、前方のエリアから非常に特殊な魔力反応をキャッチしました。通常の原生林とは異なり、樹木そのものが意思を持つかのように複雑に絡み合っています。進路の選定には十分な注意が必要です」
ライムの警告通り、俺たちが足を踏み入れたそのエリアは、これまでの鬱蒼とした森とは根本的に異なっていた。
ただ歩くだけではなく、樹海そのものが巨大な迷路や古代遺跡と融合しているような、圧倒的な空間が広がっていたのだ。
それが、古代樹の根が織りなす生体迷宮だった。
「わあ……なんだか、木々の根っこが生き物みたいにうねってるよ。まるで迷路の壁が勝手に組み替わっていくみたいだね」
セラの言葉通り、周囲に張り巡らされた樹木の根や蔦が、まるで意思を持っているかのようにミシミシと音を立てながら蠢き、さっきまで通れていたはずの道を次々と塞いでいく。
このままでは、瞬く間に進路が断たれ、迷宮の奥底へと閉じ込められてしまう。
「道を塞がれるわけにはいかないわね。……リーヴ、前方の歪曲ポイント、罠の気配はない?」
シオンが鋭い視線を向けながら問いかけると、ローグのリーヴは軽やかな足取りで壁際に近づき、ナイフの切っ先で怪しい蔦をそっと突いてみた。
「さすがシオンさん、目ざといね。ほら、ここを見てみなよ。ただ木が伸びてるだけじゃなくて、明らかに魔力を帯びた空間転移のトリガーワイヤーが仕掛けられている。これ、うっかり触ったら一発でどこかに飛ばされる奴だよ」
リーヴが卓越した罠察知・解除スキルを駆使し、手際よく複雑に絡み合った魔導の罠の結び目を解除していく。
「さすがだな、リーヴ。君のその素早い処置のおかげで助かるよ」
俺が声をかけると、リーヴは「任せとってよ、この手の裏稼業は専門分野だからさ!」と不敵にウィンクを返した。
その隣で、ライムがタブレットの解析ウィンドウを激しく明滅させながら声を張り上げた。
「マスター、空間の魔力構造を完全にハッキングします! 迷宮の壁が再構築されるパターンを予測し、安全なルートをリアルタイムで割り出しました。こちらへどうぞ!」
ライムの完璧な解析力と、リーヴの神業的な罠解除のコンビネーションにより、俺たちは複雑怪奇に変化する生体迷宮の罠を次々と突破し、奥へ奥へと進んでいく。
【安倍ノ家:ふむ、〈深淵樹海〉の深部ギミックである生体迷宮か。単なるモンスターとの戦闘だけでなく、環境そのものが迷路として変化する高難度エリアだな。それをライムの空間解析予測と、リーヴのローグスキルによる罠解除で綺麗に処理していくアプローチは、実に理にかなっている。前衛と後衛のシナジーが完璧に噛み合っている証拠だ】
【灰かぶりうさぎ:待ってまってまって……!!!!! ユウパパとシオンママが背中合わせになって迷宮を進んでいく姿がもうすでに神話級に尊すぎるんだけど!!!!! しかもライムちゃんが有能すぎるサブブレインとしてユウパパを支えて、リーヴくんもいい仕事しててこのレイドチームマジで全員最高かよ……!! 私、この迷宮の壁に埋め込まれて一生二人のラブラブな背中を見守り続けたいんですけどどうしてくれるのーーっ!!(大号泣の血涙)】
迷宮の入り組んだ回廊を抜けたその瞬間、目の前が開けた巨大な地下広場へと出た。
その中央──脈打つ古代樹の根のドームの真ん中に、ひときわ異様な気配を放つ怪物が佇んでいた。
──ズズズズズッ……!
空間そのものが歪み、周囲の光がぐにゃりと曲がる。
そこに現れた敵の姿を認めた瞬間、全員が思わず息を呑んだ。
名称: 空間歪曲の生体迷宮核『ミラージュ・ラフィド』(推奨Lv.62)
属性: 木・時空(※強靭な生命力による物理防壁と、高位の空間転送結界による敵味方の分断が特徴)
弱点: エラー(解析不能)
特性: エラー(解析不能)
ドロップ・剥ぎ取り素材:
・『歪みの魔樹根』
・『ミラージュ・ファイバー』
・『迷宮核の小結晶』
「──っ! なんだこれ……!? 俺の解析が弾かれる……! 弱点も特性も、『不明』のエラーに書き換えられている……!?」
俺の驚愕の声に、アーチャーのフローラが鋭く弓を構えながら顔をしかめた。
「マジで? ユウの解析が通じない相手なんて、どんだけなのよ!」
「解析が弾かれる程度でビビる必要はないよ。どんなに隠そうと、物理でぶっ壊せばただの木くずだからね!」
ニベアが豪快に笑いながらガントレットを鳴らし、突撃の構えをとったその瞬間だった。
──ゴォォォンッ!!
『ミラージュ・ラフィド』の中央部にある巨大な魔力の核が眩い七色の光を放ち、周囲の空間座標を強制的に書き換える次元転送波が爆発的に拡がった。
「なっ……なんだこの魔力は……!?」
レオンハルトが驚愕の声を上げ、剣を地面に突き立てて踏みとどまろうとするが、足元から足元へと這い寄る空間の歪みが全員の身体を飲み込んでいく。
「皆、気をつけろ! 空間転送トラップだ……!」
俺が叫んだ時にはすでに手遅れだった。
視界が真っ白な光に覆われ、強烈な重力変動とともに、俺たちの身体は激しい遠心力に引き裂かれるように四方八方へと弾き飛ばされてしまったのだ。
──ズシンッ!!
激しい衝撃とともに、俺が冷たい苔の上に尻もちをついて顔を上げると、周囲の景色が一変していた。
先ほどまで全員で囲んでいた広場ではなく、鬱蒼とした蔦が垂れ下がる迷宮の全く別の回廊に放り出されていた。
「……くそっ、ここは……!?」
立ち上がりながら周囲を確認すると、そこにはシオン、セラ、ティアナ、ライム、シュリ、そして俺の七人が揃っていた。
「皆、怪我はないか?」
「ええ、私は大丈夫よ、ユウ」
シオンが愛用の剣を手に取りながら素早く立ち上がり、鋭い眼光で周囲を警戒する。
セラやティアナ、ライムたちも「うぅ、びっくりしたぁ……」「システムのエラー波に巻き込まれたみたいですね……」と起き上がってきた。
「ちょっと待って……じゃあ、レオンハルトたちは!?」
セラが慌てて周囲を見回すが、そこにレオンハルトやシン、リーヴ、イリア、モナ、フローラの姿はどこにもない。
あの特殊な転送技によって、見事にアストライア・ドーン組とレオンハルト組に分断されてしまったのだ。
「なるほどね……。私たちをそう簡単にはボスのところまで辿りつかせないってことね、あの忌々しい植物の塊は」
シオンが冷徹な美しさをたたえながら、目の前に広がる複雑な分岐路を見据えてフッと不敵な笑みを浮かべた。
【安倍ノ家:ふむ、推奨Lv.62のエネミー『ミラージュ・ラフィド』の特殊ギミックか。ライムの解析を意図的にエラーで弾かせ、さらに空間転送によってレオンハルト陣営と完全に分断させるとはな。単なるゴリ押しではなく、戦術的な各個撃破を狙う極めて厄介な高位AIのアルゴリズムだ。だが、この分断こそが逆に各パーティの真価を試す試金石とも言える。実に興味深い】
【灰かぶりうさぎ:待ってまってまって……!!!!! 転送トラップでレオンハルト組と強制的に引き離された結果、ユウパパとシオンママが他のメンバーと一緒に別ルートに飛ばされたの、これ完全に運命の引き合わせじゃん!!! しかもシオンママが「そう簡単にはボスのところまで辿りつかせないってことね」って不敵に微笑む顔が美しすぎて私の全細胞が歓喜のダンスを踊ってるんだけど!!! レオンハルト様たちごめん、今すぐ二人っきり(+仲間たち)でいちゃつきながら迷宮を攻略しちゃいなさいよもうーーっ!!(大号泣のスタンディングオベーション)】
「離れ離れになっちゃったけど、通信はどうだ?」
俺がパーティーチャットを開きながら声をかけると、ライムがすぐにタブレットを操作して返答した。
「マスター、レオンハルトさんたちとのパーティ間通信は、樹海の特殊な時空干渉波によってひどく減衰していますが、完全に途絶えたわけではありません! 『お互いに必ず最深部で合流する』という音声メッセージの送受信は可能です!」
「よし、なら心配いらないな。あいつらなら、あのレオンハルトと有能なリーヴたちがいるんだ、そう簡単にやられるわけがない。皆、行くぞ!」
俺たちのパーティは、再び強い絆と決意を胸に、生体迷宮の深淵へと足を踏み出していった。




