第69話 樹海の焚き火と、星降る夜の語らい
〈深淵樹海・ギガントフィリア〉の深部に設営された特設キャンプサイト。
その中央では、魔導の炎がパチパチと心地よい音を立てて燃え盛っており、常夜の原生林を包み込む冷たく淀んだ闇を優しく追い払っていた。
総勢十三名の合同レイドパーティーのメンバーたちは、それぞれのテントの設営や周辺の結界構築、見張りの配置といった全ての作業を終え、温かな焚き火を囲むようにして車座に腰を下ろしていた。
ティアナとライムが手際よく用意してくれた特製の野営スープからは、スパイスと肉の旨味が凝縮された極上の香りが立ち上り、冷えた身体の芯からじわじわと温めてくれる。
「うわぁ……。このスープ、身体にしみわたる美味しさだね。樹海の冷気が嘘みたいに消えていくよ」
セラが両手でマグカップを包み込みながら、幸せそうに目を細めて息を吐き出す。彼女の肩の上に移動したルビーも「キュイッ、キュイーッ!」と満足そうに小さく喉を鳴らしていた。
「本当ですね。ティアナさんの手際も素晴らしいですが、ライムさんの食材の仕込みの正確さも相まって、まるで高級レストランのディナーみたいです!」
レオンハルトのパーティーのクレリックであるモナが、うっとりとした表情でマグカップを傾ける。
その隣で、ソーサラーのイリアもスープを一口啜り、大きくうなずいた。
「同感だわー。野営でのご飯ってこんなに美味しかったっけ? 戦闘で張り詰めてた神経が、一気にほぐれていく感じがする」
「ふふ、皆さんに喜んでいただけて何よりです。ライムさんも食材の切り方や配分を手伝ってくれたので、すごく助かりました」
ティアナが穏やかな微笑みを浮かべると、ライムは少し照れくさそうに若草色の瞳を瞬かせ、タブレットを膝の上に置きながら首を横に振った。
「いえ、私はただマスターや皆さんの栄養管理データを計算してサポートしただけです。ですが、美味しい食事はチームの士気向上において最重要項目ですから、この結果はパーフェクトです」
ライムの真面目な分析に、周囲からクスクスと笑い声が漏れる。
【安倍ノ家:ふむ、過酷な深淵樹海の中でありながら、この精神的余裕の保ち方は見事だな。戦闘における役割分担だけでなく、サバイバル環境でのメンタルケアまで完璧に網羅されている。レオンハルト陣営とユウたちの相乗効果は、想像以上にギルドの総合力を底上げしているようだ】
【灰かぶりうさぎ:待ってまってまって……!!!!! 焚き火を囲んでまったりしてる十三人の図式がすでに最高すぎて無理なんだが!!! しかもユウパパの隣のポジションを当然のようにキープしてるシオンママの圧倒的正妻感よ……! からのセラちゃんの「生き返る~」っていう無邪気な笑顔も尊いし、みんなでスープ囲んで修学旅行の夜みたいな雰囲気になってるの、もう私をどうしたいの!! 今すぐこの空間にテント張って一生ここで暮らしたいんですけどーーっ!!(大号泣の血涙)】
焚き火のパチパチという音を背景に、自然と今日の道中の振り返りや、それぞれの想いを語り合う会話の輪が広がっていった。
「それにしてもさっきの戦闘、マジで凄かったよな!」
ローグのリーヴが、大きな肉の串焼きを頬張りながら笑った。
「コアをユウの〈レゾナンス・エーテル・スパイ〉がドンピシャで貫いて、最後をシュリの星辰魔法で綺麗に焼き払う……。あれは何度見ても芸術的な連携だったよ」
「前衛の皆さんの引きつけがあってこそですよ。私の星辰魔法は詠唱にわずかな隙が生まれますから、前衛の皆さんがしっかりと敵のヘイトをコントロールしてくれたおかげです」
シュリが青い髪を揺らしながら謙虚に微笑むと、アーチャーであるフローラが腕を組みながらふんっと鼻を鳴らした。
「ま、今回はたまたま上手くいっただけよ。過信してると、この先の最深部にいる神話級のボスに足元すくわれるからね。気を引き締めていきなさいよ」
ツンとした口調ではあるが、その瞳にはどこか信頼の色が滲んでいる。
それを聞いたニベアが、ガントレットをカチリと鳴らして豪快に笑い飛ばした。
「ははっ、フローラちゃんは相変わらず手厳しいね。でも、その通りだよ。私たちの前衛も、リーヴ君たちの裏からの索敵に何度も助けられたしね」
「そう言って貰えると嬉しいね、ニベアさん! 俺たちローグの影からの奇襲と、セラちゃんの遠隔銃撃のカバーリングの相性もめちゃくちゃ良かったしさ、このメンバー、マジでどこまででも行ける気がする!」
リーヴが軽やかに笑いながら親指を立て、その隣でマジックナイトのシンも無言で頷く。
そのやり取りを眺めながら、レオンハルトは静かにマグカップを置き、焚き火の炎を見つめながらぽつりと呟いた。
「ああ。正直、先日の武闘大会の決勝戦でユウと戦った時は、ここまで気が合う仲間になるとは思っていなかったな」
その言葉に俺が視線を向けると、レオンハルトは爽やかな、どこか晴れやかな笑みを浮かべてこちらを向いた。
「ライバルとして拳を交わした相手と、こうして同じ焚き火を囲んで、世界の謎や〈七大驚異〉を攻略するために肩を並べている……。なんだか、最高にロールプレイングゲームしてるって感じで、血が騒ぐよ。なぁ、ユウ?」
「ああ、まったく同感だ。一人では到底見られない景色も、こうして信頼できる仲間と一緒なら、どんな困難だって乗り越えられる気がするよ」
俺がそう答えると、シオンはふっと美しく微笑み、俺の肩にそっと自分の肩を預けるように身を寄せた。
「……当たり前でしょ。あなたがどんなに無茶な道を歩もうとも、私はいつだってその隣を歩くんだから。忘れたとは言わせないわよ、ユウ」
シオンのその言葉と真っ直ぐな瞳に、胸の奥が温かな光で満たされるのを感じる。
【安倍ノ家:ふむ、武闘大会の覇者であるユウと、それに匹敵する実力を持つレオンハルトの間に芽生えた確かな絆か。単なるギルドの垣根を超えた『合同レイド』というシステムが、この世界の人間関係やプレイヤーたちのモチベーションにどれほどの化学反応を起こしているか、非常に興味深いデータだな。物語はいよいよ第一の驚異の核心へと向かいつつある。見逃せない展開だ】
【灰かぶりうさぎ:ちょっと待って、待ってくれ……!!!!! 今のシオンママの「いつだってその隣を歩くんだから」っていう台詞、破壊力が核ミサイル級すぎて私の精神が完全に崩壊したんだが!!!!!!! 自然にユウパパの肩に寄りかかってるの、もう周りの視線とか完全に無視した公開プロポーズじゃん……!!!!! レオンハルトくんも「最高のRPGしてるぜ」とか言ってる場合じゃないのよ、今すぐその場に神父呼んで結婚指輪交換してきなさいよもう!!(大号泣しながら床を転げ回る限界オタク)】
焚き火の炎がパチパチと音を立てる中、現実世界での電脳遊戯部の日常の思い出話なども飛び出し、キャンプサイトは和やかな笑い声に包まれていった。
やがて、夜の深まりとともに樹海の空気はさらに冷たさを増し、空を覆う巨大な葉の隙間から、わずかに星々の瞬きのような魔力の光が零れ落ちるようになってきた。
現実世界の時間の流れに合わせるように、メンバーたちのメニュー画面に、システムからのログアウト推奨メッセージが送られてくる。
「おや、もうこんな時間か。現実世界のほうも、そろそろ日付が変わる頃合いだな」
レオンハルトが空中のシステムウィンドウを確認しながら、小さく伸びをした。
「そうですね。今日の攻略はここまでにして、一度しっかりと現実世界で身体を休めて、明日の朝にまたこのキャンプサイトから再開するのが一番安全ですね」
ライムが手元のタブレットをスワイプしてデータをセーブし、綺麗に収納しながら頷いた。
「みんな、お疲れ様。明日はついに神話級ボスのいる最深部への突入だもんね。今夜はしっかり現実で寝て、万全の体調で挑まないと」
セラが元気よく両手を掲げながら立ち上がり、周囲の仲間たちに声をかける。
「ええ、そうね。今日のところはこれでお開きにしましょう」
シオンも立ち上がりながら、ふっと柔らかい笑みを浮かべた。
「よし、それじゃあ皆、今日の探索は本当にお疲れ様! 明日の決戦に向けて、各自ログアウト!」
俺がそう号令をかけると、他のメンバーたちがそれぞれの空中メニューを操作し始めた。
「それじゃあ、ユウさん、皆さん、お疲れ様でした! また明日!」
「あしたも元気にレイド攻略頑張ろうねー!」
モナやイリアたちが次々と優しい笑顔を向けながら、青白い光の粒子となってふわりと虚空へと溶けていく。
レオンハルトやリーヴたちも「また明日な、ユウ!」と力強く手を振り、順にログアウトの光に包まれて消えていった。
やがて、広大なキャンプサイトには、俺とシオンの二人NPC組だけが残される形となった。
「……さてと、私たちもそろそろログアウトしようか、シオン」
「ええ、そうね」
シオンは静かにうなずくと、ふと、俺の顔をじっと見つめた。
「どうしたんだ?」
「ううん、なんでもないわ。……ただ、あなたとこうして新しい仲間たちと一緒に冒険を始めている今が、なんだかとても心地よくて、大切に思えたから」
シオンのその言葉に、俺は少しだけ照れくさくなりながらも、しっかりと彼女の手を優しく握り返した。
「ああ。俺も同じ気持ちさ。明日はいよいよ第一の驚異の最深部だ。一緒に、絶対に攻略しよう」
「ええ、もちろんよ。おやすみ、ユウ」
シオンが穏やかで美しい微笑みを浮かべたその瞬間、二人を包み込むようにログアウトの青白い光がふわりと広がった。
常夜の樹海の焚き火の温もりを背中に感じながら、俺たちの意識は静かに現実世界へと引き戻されていった。




