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第67話 常夜の樹海と、光芒の邂逅


 王国の北東部、どこまでも続く雲海を抜けたその先は、まるで世界そのものが別の色に塗り替えられたかのような不気味な領域が広がっていた。


 上空から見下ろしても、太陽の光は一切その葉に届くことなく、ただ漆黒の闇を思わせる巨大な樹々が地平線の果てまでうねるように群れ生い茂っている。それが、第一の七大驚異──〈深淵樹海・ギガントフィリア〉の威容であった。


 我が魔導戦艦は、その常夜の原生林の縁に広がる比較的安定した岩場の上空へ、まるで羽毛のように静かに滑らかに着陸を果たした。


 重厚なハッチが開き、外の冷たく淀んだ空気が流れ込む中、俺たちの先頭に立ってタラップを降りていく。その俺の右肩の上では、お馴染みの紅い小動物・ルビーが「キュイッ!」と元気よく鳴きながら、周囲の気配を窺うようにちょこんと陣取っていた。


 それに続いて、シオン、セラ、ティアナ、ニベア、シュリ、そして艦の全システムや戦闘補助を完璧にこなすライムの総勢七名が、いよいよ〈深淵樹海・ギガントフィリア〉の入り口へと足を踏み入れる。


 周囲を見渡せば、巨大なシダ植物や、不気味に青い光を放つ菌類が足元に群生し、空気そのものが重たくねっとりと肌にまとわりつくような感覚を覚える。ここが通常のダンジョンとは一線を画す、呪われた生態系であることを五感が嫌でも告げていた。


「うわぁ……空気からして、なんかこう、普通の森とは全然違うね。肌がヒリヒリするような、独特のプレッシャーを感じるよ」


 セラが珍しく警戒した面持ちで辺りを見回す。


「気を引き締めましょう。事前のデータ通りなら、この森の最大にして最悪の脅威は、物理的なモンスターの強さだけではないわ」


 シオンが愛用の剣の柄にそっと手を添え、冷静に周囲の気配を索敵する。


「そうだ。プレイヤーの『視界』と『方向感覚』を完璧に狂わせる幻覚性の瘴気が、この樹海の全域に満ちている。まともに吸い込めば、数分で仲間同士の位置すら見失い、永久にこの森を彷徨うことになると言われているからな」

 

 俺がそう言って振り返ると、メンバー全員が真剣な表情で頷いた。

 肩の上のルビーも「キュイ……」と小さく鳴き、危険を察知するように毛を逆立てた。


 ライムも手元のタブレット端末を素早く操作しながら、リアルタイムで周囲の空間魔力濃度を解析している。


「マスター、周辺の瘴気濃度が急速に上昇しています」


 ライムの言葉に、ニベアやティアナ、シュリもそれぞれの武器や聖杖を構えて気を引き締めた。


「そうか。でも安心しろ。こういうこともあろうかと、昨夜のうちに俺の錬金術でたっぷりと対策を仕込んでおいたからな」


 俺は腰のアイテムポーチから、淡い虹色の輝きを放つ小さな小瓶を取り出した。

 それは、高純度の清浄水と特殊な精霊草を煮詰めて作り上げた、空間瘴気中和パウダー──名付けて『常夜の露(トワイライト・デュー)』の特製スプレーだった。


「ほら、突入の前に、これをみんなの装備と肌にしっかりと振りかけておくぞ」


 俺がスプレーのトリガーを引くと、微細な虹色の粒子が霧状に広がり、シオンやセラ、ティアナ、ニベア、ライム、シュリ、そして俺自身の身体と衣類、さらに俺の肩で丸まっているルビーを優しく包み込んだ。


「わあ、なんだか身体の内側からすーっと澄み渡るような、爽やかな香りがする。 息苦しさも一瞬で消えたよ、ユウ」


 セラが両手をパッと広げてクルリと回りながら感嘆の声を上げる。

 

 シオンも自分の腕に付着した虹色の粒子を見つめながら、満足げに微笑んだ。


「これなら、あの澱んだ瘴気に惑わされることもなさそうね。さすがは私たちのギルドマスター、準備が抜かりなくて頼もしいわ」


「よし、これで万全だ。いくぞ」


 俺が力強く前を向くと、シオンは凛とした笑みを浮かべて一歩前に出た。


「ええ、行きましょう、ユウ」


【安倍ノ家:フム、〈深淵樹海・ギガントフィリア〉の環境ギミックである幻覚性瘴気を、事前の錬金術アイテム『常夜の露』で完全に無力化してからの突入か。実にお手本のような攻略アプローチだな。さらにライムをリアルタイムの空間解析担当として帯同させている点も極めて理にかなっている。このゲームのシステム的デバフをプレイヤーのクラフトと情報戦で相殺するプレイスタイルは、高難度エリアにおいて圧倒的な安定感を生む。流石はユウと言ったところか】


【灰かぶりうさぎ:待って、スプレーをふりかけるくだり、ルビーちゃんも含めて全女子メンバーがユウパパに身を委ねてる図式がもう最高すぎて脳内での変換が追いつかないんだが!?  しかもシオンママが「ええ、行きましょう、ユウ」って自然に名前呼びで背中預けてるの、これもう実質的新婚旅行のトランクの中身じゃん……!!  肩の上のルビーちゃんも可愛すぎて、常夜の森の闇なんて二人のラブラブなオーラですべて浄化しちゃいなさいよもう!!(大号泣のスタンディングオベーション)】


 瘴気の立ち込める深い森の小径を、互いの気配を確認しながら慎重に進んでいく。

 足元を踏みしめるたびに、湿った土の感触と、どこか不気味な植物の胞子がフワリと舞い上がるが、『常夜の露』の効果のおかげで視界は驚くほどクリアに保たれていた。


 どれくらい歩いただろうか。

 うっそうと生い茂る巨大なシダの壁を抜け、やや開けた苔むした広場に差し掛かったその時、前方から聞き慣れない重苦しい戦闘音が響いてきた。


 ──ズズンッ! ガキィィンッ!!


「……おい、音がするぞ。前方だ」


 俺が声を潜めて合図を送ると、全員が瞬時に戦闘態勢へと移行し、音のする方向へそっと身を潜めながら近づいていく。


 視界の開けた木立の向こう側──そこでは、想像を絶する光景が広がっていた。


 体長十メートルを超える漆黒の巨甲虫が、鋭い鎌のような巨大な前脚を振り回し、暴れ狂っている。


 そして、その圧倒的な巨獣を相手に、見事な連携で立ち回っている六人パーティーの姿があった。


「すきあり……!  死角から貫く、『ファントム・スタブ』!」


 影に溶け込むように疾走したローグの男性が、巨大な甲虫の死角へ一瞬で回り込み、双剣に纏わせた闇色の闘気でその柔らかい関節の急所を正確無比に穿った。


 ──ズシャァァッ!!


「ギガァァッ……!?」


 不意を突かれた巨獣がバランスを崩して体勢を揺らしたその瞬間、アーチャーの女性が、同時に何本もの矢を放ち、硬い外殻に深手を負わせ、さらにマジックナイトの女性が追撃の魔力剣を叩き込む。


 そして、戦闘のフィナーレを飾るべく、後方から眩い光の奔流が放たれた。


「──見切った!  〈天覇・明星の光芒アストレア・レイ〉ッ!!」


 凛としたソードマンの男性の美しい声とともに、数え切れないほどの眩い光弾が夜空の如き樹海の闇を切り裂き、一斉に収束していく。

 それを束ねる巨大な光の槍の雨が、激しい轟音とともにモンスターの全身を完全に貫き粉砕した。


 ──ゴゴゴゴゴッ……!


 巨大な蟲のモンスターは、断末魔の叫びを上げる間もなく、眩い光の粒子となって四散し、綺麗に消え去っていった。


「ふう……、これでこのエリアの湧きは一段落か」


 戦闘を終えた男性が、汗を拭いながら剣を鞘に納める。その整った顔立ちと、気高い雰囲気をまとったプレイヤー──それは、先日武闘大会の決勝戦で戦ったばかりのトッププレイヤー、レオンハルトだった。


「おや……?」


 こちら側の気配に気づいたのか、レオンハルトの背後に控えていたメンバーたちが一斉にこちらに視線を向ける。


「おい、あそこにいるのは……まさか、ユウたちか?」


 レオンハルトが驚いたように目を丸くし、こちらに向かって歩み寄ってきた。


「やあ、レオンハルト。流石は見事な連携だったな。まさかこんな深部ですれ違うとはな」


 俺が軽く手を上げて声をかけると、レオンハルトは爽やかな笑みを浮かべながら歩み寄り、ガっシリと握手を交わした。


「ハハ、驚いたなユウ。君たちもこの〈深淵樹海・ギガントフィリア〉の攻略に来ていたのか。先日のウェリアタース王国での武闘大会の一件以来だな」


 レオンハルトがそう言って笑うと、彼の後ろから、続々とパーティーメンバーたちが集まってきた。


「ユウさんたち、こんな危険な樹海の奥まで来るなんて、相変わらず手加減なしのハードモードだな」


 先ほど華麗な奇襲を決めたローグ男性が、双剣を背中に収めながら軽やかに笑う。その隣では、マジックナイトの男性が静かに頷き、ソーサラーの女性が興味津々な様子で俺たちの装備を観察していた。


「あら、噂の魔導戦艦のオーナーさんたちじゃない。こんなところで会うなんて奇遇ね」


 ソーサラーの女性がクスリと笑い、その後ろから戦闘中は後方に控えていたクレリックの女性が穏やかな笑みを浮かべて手を振った。


「みなさん、こんにちは。怪我人とかいませんかー?」


 そして、最後にスッと前に進み出たのは、鋭い眼光をたたえたアーチャーの女性だった。


「相変わらずいいオーラを纏ってるじゃない。けど、この先の最深部にはもっと厄介な連中が控えているわよ。油断しないでよね」


 レオンハルトは仲間たちを一瞥したあと、少しだけ表情を引き締め、真剣な眼差しで俺たちを見据えた。


「なぁ、ユウ。少し、相談があるんだ」


「相談、か?」


「ああ。この先のエリア情報や、オフィシャルなアナウンスでも言われている通り、今後の『七極戦』をはじめとする高難度コンテンツでは、『レイド』を組んで挑まないと太刀打ちできない。正直、この樹海の奥に潜む神代のボスは、一筋縄ではいかない化け物だ」


 レオンハルトは周囲の鬱蒼とした闇を見据えながら、ハッキリと言葉を続けた。


「だから……どうだ、ここで互いに手を組まないか?  俺たちと合同でレイドを組み、協力してこの〈深淵樹海・ギガントフィリア〉を攻略しないか?」


 レオンハルトの突然の共闘の提案。


 俺は少しだけ目を細め、背後にいるシオンやセラ、ライムたちの顔を順に振り返った。


「レオンハルトたちの実力は昨日の武闘大会やこれまでの戦いで十分すぎるほど分かっている。それに、未知のボスを相手にするなら、これ以上ない心強い布陣だ。皆、どう思う?」


 俺の問いかけに、シオンはすぐに美しい微笑みを浮かべて頷いた。


「異議はないわ。彼らの戦闘力も連携の巧みさも本物だし、何よりこの広大な樹海を最速で突破するには、戦力は多ければ多いほど効率的よ」


「うんうん、大賛成。レオンハルトさんたちと一緒に戦えるなら、もっと楽しくなりそうだし、何より心強いよね」


 セラが両手を叩いて無邪気に賛成し、ライムやシュリ、ティアナも穏やかな笑みで同意を示した。

 ニベアはガントレットを鳴らして「面白い! 一緒に暴れてやろうよ!」と気合を入れる。


「よし、全員の意見は一致したな。レオンハルト、その提案、喜んで乗らせてもらうよ」


 俺がそう答えると、レオンハルトはパッと表情を明るくし、力強く頷いた。


「そう言ってくれると思ったよ。 心強い相棒ができたな。よろしく頼むぞ、ユウ」


 レオンハルトが差し出した手と、俺の手がしっかりと握り合わされる。


「ああ、こちらこそよろしく頼む。せっかくだから、お互いのパーティーメンバーをしっかりと紹介し合っておこうか」


 俺がそう提案し、まずは俺たち『アストライア・ドーン』のメンバーを指し示した。


「こちらは我がギルドの副長にして最強の剣士、シオン。そして、全システムの解析と戦闘補助を完璧にこなすライム、回復と聖属性魔法のスペシャリスト・ティアナ。前衛で暴れる重戦士・ニベアに、遠隔銃撃の達人・セラ、星辰魔法を操るシュリ。さらに俺の肩の上のルビーを含め、俺たち七名が今回の攻略メンバーだ」

 

 紹介されたシオンたちが、レオンハルトたちに向けてスマートに会釈する。肩の上のルビーも「キュイッ!」と元気に挨拶した。


「ほう。噂に違わぬ豪華な顔ぶれだな。武闘大会でも見たメンバーもいるし、頼りになりそうだ」


 レオンハルトが感心したように頷いたあと、今度は自身のパーティーメンバーたちを誇らしげに紹介し始めた。


「よし、こっちも改めて紹介しよう。まず、このパーティーのリーダーで前衛のソードマンを務める俺、レオンハルト。そして、変幻自在の剣技と高い防御力を誇るマジックナイトのシン」


 大柄で頼もしい体格のシンが、静かに一礼して見せる。


「裏からの奇襲と索敵なら誰にも負けない、ローグのリーヴだ。さっきの初撃もなかなかだったでしょ? 足手まといにならないように頑張るからね」


 リーヴが不敵な笑みを浮かべ、その隣で洗練されたローブをまとった魔術師がスッと一歩前に出た。


「広範囲の元素魔法で敵を焼き払うソーサラーのイリアよ。よろしくね、ユウさんたち」


「そして、パーティー全体のHPと状態異常を完璧に管理するクレリックのモナです! どうぞよろしくお願いしますね!」


 モナが両手を胸の前で軽く組んで明るく微笑み、最後の一人──鋭い眼光を湛えたアーチャーの少女が、すまし顔で弓を軽く掲げた。


「遠距離からの精密射撃と罠の設置を担当するアーチャーのフローラよ。足手まといになったら容赦なく置いていくから、そのつもりでいてよね」


 ツンとした口調ではあるが、その瞳には確かな信頼の色が宿っている。


「これで総勢十三名の強力無比な合同レイドパーティーの完成だな。最強の布陣だ」


 俺がそう締めくくると、レオンハルトは大きくうなずき、抜いた剣を空へと軽く掲げた。


「よし! それじゃあ、皆! これより合同部隊として、〈深淵樹海・ギガントフィリア〉の最深部──神代の神話級ボスが眠る聖域へ向けて、一気に突き進むぞ!!」


 レオンハルトの威勢の良い号令に合わせ、〈アストライア・ドーン〉の面々とレオンハルトのパーティーメンバーが歓声を上げ、常夜の原生林の奥深くへ向けて、新たな進撃を開始したのだった。


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