第65話 彷徨うメイド、幽霊屋敷の契約
新ギルド〈アストライア・ドーン〉の結成から数時間が経過した午後の昼下がり。
俺たちはウェリアタース王国の首都中心部へと降り立ち、新たな拠点となるギルドホームの選定作業に本格着手していた。
総勢十二名という大所帯を収容し、かつ今後の〈七大驚異〉の攻略や魔導戦艦のメンテナンス拠点としても機能する物件を見つけるため、ギルドマスターである俺と、副長ポジションであるシオンの二人が、物件探しの全権任せ役として街の不動産仲介ギルドを回っていた。
「うーん……これだけ色々な物件を見せてもらったけれど、どれも一長一短ね」
王国の高級大通りに面した不動産ギルドの応接室で、シオンは手元のホログラムカタログをペラペラとめくりながら、小さくため息をついた。その横顔には、どこか物足りなそうな気配が漂っている。
「そうだな。あの巨大な魔導戦艦を近場に置けるところとなると、かなり絞られてくるもんな」
カタログに並ぶのは、王都の一等地にあるモダンな石造りのマンションや、要塞風の頑丈な一戸建てなど様々だったが、どれも条件にはどぐわなかったり、ピンとこないものばかりだ。
そんな俺たちの様子を見かねて、不動産ギルドの担当NPC──初老の紳士風の職員が、苦笑いを浮かべながら一枚の古い羊皮紙を取り出した。
「お二人の眼鏡に叶う物件がなかなか見つかりませんか。……でしたら、最後に一つだけ、他所では絶対にお見せしない『特殊な物件』がございますが……ご覧になりますか?」
「特殊な物件?」
シオンが興味深そうに眉をひそめる。
「価格は破格です。広さも庭の規模も申し分ありません。次元格納ギミックで、外見は普通の広めの庭ですが、敷地内だけ空間魔術によって拡張されており、物理法則を無視して巨大な戦艦が収まるような仕様になっています。我が王都の高級住宅街の一角にあるのですが……ただ、一つだけ大きな問題がありましてな」
職員は少し言いにくそうに声を潜めた。
「そこはかつてある貴族の邸宅だったのですが、数年前から『怪奇現象が起きる幽霊屋敷』として有名になってしまい、どんなに値引きしても買い手がつかないのです」
幽霊屋敷──その言葉を聞いた瞬間、シオンの目がわずかに輝き、俺も思わずフッと笑みを漏らした。
「幽霊、ですか。私たちを誰だと思っているの。古龍を討伐し、武闘大会を勝ち抜き、さらには国家間の戦争の気配すら笑い飛ばす冒険者グループよ。今更オバケの一匹や二匹、恐れる理由がどこにあるっていうの」
シオンが自信満々に胸を張ると、俺も深くうなずいた。
「だな。百聞は一見にしかずだ。その物件の場所を教えてもらおう」
かくして、俺たちは首都の喧騒から少し離れた、静寂と深い木々に囲まれた旧貴族街へと足を踏み入れた。
目の前にそびえ立っていたのは、かつての栄華を物語るような、重厚な石造りの大邸宅だった。
しかし、手入れがされていないためか、どこか退廃的で、周囲の空気までもがひんやりと冷たく淀んでいるように感じられる。
「わあ……雰囲気は抜群にゴシックロマンって感じで最高だけど、確かに誰も住んでない廃墟感すごいわね」
面白がるように言うシオンが重々しい鉄製の門を押し開き、俺たちは、荒れ果てた広大な庭を抜けて、館の巨大なエントランスへと近づいていく。
──ガキィィン……と、重い玄関の扉を押し開けて中へ足を踏み入れた瞬間、室内の温度がさらにスッと下がった。
「──おや。珍しいお客様ですね」
突然、薄暗いエントランスの空間が歪み、青白い燐光の粒子の中から、一人の人影がふわりと姿を現した。
それは、漆黒のクラシカルなメイド服を身に纏い、透き通るような銀髪と赤い瞳をした、どこか儚げな少女の幽霊だった。
けれど、その顔立ちは怒りと警戒心に満ちており、俺たちを威嚇するように両手をフワフワと宙に浮かせながら声を荒らげる。
「ここは私だけの城です! 人間風情が勝手に踏み入るなんて許しません! さあ、今すぐここから立ち去りなさい! さもないと……この恐ろしい幽霊の力で、地獄の底まで呪い殺してしまいますよ……っ、おーっ、おー……ふ、怖がれ、怖がれーっ!」
最後のほうで急にトーンが下がり、どこか自信なげに両手をパタパタさせるその姿は、脅しているというよりも、むしろ必死に追い払おうとしているようにしか見えなかった。
シオンと思わず顔を見合わせ、俺は思わず苦笑を浮かべる。
「……なぁ、脅かすにしてはだいぶ可愛らしい威嚇だな」
「なっ、なにを言っているのですか! 私は恐ろしい怨霊なんです! 貴様らのような不法侵入者は、今すぐこの世から消し去ってやります……!」
メイド幽霊は必死に虚勢を張り、青白い呪詛の炎を手のひらにチラつかせた。
だけど、俺たちは一歩も引かない。
ポケットから、これまでの錬金術の成果で作製した『最高純度の聖銀浄化パウダー』を取り出した。
「ふむ。幽霊を消滅させるのは簡単だが……この浄化アイテムを浴びせたら、君は二度とこの世に留まれなくなるどころか、存在のデータそのものが綺麗さっぱり消え去るんだが、どうする?」
「ひっ……!?」
メイド幽霊は、俺が掲げた小瓶から漂う神聖な光の粒子を見た瞬間、顔面を真っ青にしてその場にへたり込んだ。
「そ、それは……私の魂の核を直接焼き尽くす恐ろしい浄化の波動……っ! や、やめてください、消されたくありません……っ!」
彼女は両手で頭を抱え、涙目を浮かべながら盛大にブルブルと震え始めた。
「うわーん! ごめんなさい! 調子に乗ってすみませんでした! だからどうか、私を消さないでください、許してください何でもしますからぁぁぁ……っ!」
完全に戦闘意欲を喪失し、床にぺたりと座り込んで許しを乞うその姿に、俺たちは完全に拍子抜けしてしまった。
シオンは小さくため息をつきつつ、そっと彼女に近づいた。
「ほら、そんなに怯えなくてもいいわよ。私たちは別にあなたを消しに来たんじゃない。ここを私たちのギルドの拠点にするために見学に来ただけなの。まずは、あなたの名前を聞かせてもらえるかしら?」
メイド幽霊は恐る恐る顔を上げ、潤んだ赤い瞳で俺たちを見つめた。
「……ミシェル、です。私の名前は、ミシェル……」
ミシェルと名乗った幽霊の少女は、トボトボと立ち上がりながら、自らの悲惨な過去をぽつりぽつりと語り始めた。
「私はかつて、この屋敷に仕える普通の人間の一人娘であり、メイドでした……。ですが、当時のこの屋敷の主──サディストで狂気に満ちた悪辣な貴族の男が、自分の気まぐれと残酷な趣味のために、私を地下室で連日拷問し……そして、理不尽に命を奪ったのです……」
ミシェルの小さな拳がギュッと握りしめられ、その瞳に深い悲しみと絶望の色が宿る。
「死後も私は成仏できず、この屋敷に縛り付けられました。人間を怖がらせて追い返さなければ、またあの時の恐怖が蘇る気がして……だから、必死に脅していたんです」
その話を聞いたシオンは、そっとミシェルの頭に優しく手を伸ばし、その銀髪をなでた。
「そうだったの……辛かったわね、ミシェル。もう大丈夫よ。その残酷な主は、とっくに没落してこの世にはいないわ。そして、この屋敷は今日から私たちのギルドの所有物になる」
「え……?」
ミシェルは目を丸くした。
「だからさ、ミシェル」
俺はニヤリと笑って提案した。
「消えるか、それとも俺たちと一緒にここで暮らすか、選ぶといい。ただし、条件がある。君が幽霊としてこの屋敷にいるなら、俺たちのギルドの専属メイドとして働いてもらう。どうだ?」
ミシェルはしばらく呆然としていたが、やがてその顔にパッと温かい光が差し込んだ。
「私……人間たちのために、働いてもいいのですか? 怖がらせるんじゃなくて、お世話をして、役に立っても……いいんですか?」
「当たり前だ。うちのギルドには料理上手な奴もいれば、美味しいお茶を入れてくれる奴もいるけど、君のような本格的なメイドがいれば大歓迎だ。それに、庭の広さも十分だし、地下室のあたりは『錬金ラボ』に改装する予定だからな。この屋敷は気に入ったよ。お前にとっても悪くない話のはずだ」
ミシェルは感極まったように両手で口元を押さえ、やがて大粒の涙をポロポロとこぼしながら深く頭を下げた。
「はいっ……! 喜んで、この屋敷の、皆様のメイドとしてお仕えします……! ありがとうございます、新しいご主人様……!」
こうして、俺たちは無事に幽霊屋敷の怪奇現象を解決し、最高の物件を手に入れることに成功したのだった。
俺たちはすぐさまギルドのメンバー全員をこの屋敷へと招待し、大々的なギルドホームお披露目会兼お引越しパーティーを開催することにした。
夕方になり、新しく俺たちの拠点となった大邸宅の広い庭には、メンバー全員が集結していた。
「なにここ、めちゃくちゃお洒落で広いじゃない! しかもゴシック調でめちゃくちゃロマンあるんだけど!!」
セラが庭を走り回りながら大はしゃぎし、その肩の上のルビーも「キュイッ、キュイーッ!」と嬉しそうに飛び跳ねる。
「本当ですね。この庭の広さなら、私の星辰魔法の小規模な展開テストも周囲に迷惑をかけずにできそうです」
シュリが満足げにうなずき、その隣でライムが手元のコンソールを操作しながら目を輝かせている。
「地下の構造をスキャンしましたが、錬金ラボおよび魔導エンジンの調整ルームとしてこれ以上ない理想的な環境です! さっそく機材の搬入を始めましょう!」
「地下室、少し不気味ですけど、私が聖杖の光でしっかりとお祓いしながら綺麗に整備しますね」
ティアナが優しい笑顔を浮かべると、ニベアがガントレットをカチリと鳴らして豪快に笑った。
「よーし! それじゃあ、まずはこの広い庭の草むしりと、館の隅々までの大掃除をみんなで手分けしてやろう!」
「おっ、いいじゃん! 男の俺たちが力仕事は全部引き受けようぜ、ユウ!」
ハルマが意気揚々と腕まくりをし、ミナミやスズカも「私たちも負けてられないね!」「お掃除グッズ、ちゃんと用意してきたから!」と気合を入れる。
セリアさんは優雅に腕を組んで、「ふふ、生徒会の総務で鍛えた私の采配を見せてあげよう」と頼もしく微笑んだ。
さらに、新しく俺たちのメイドとなったミシェルが、エントランスからピカピカに磨き上げた銀のトレイにティーカップを載せて、みんなの前に現れた。
「みなさま、お疲れ様です! 新米メイドのミシェルです。不束者ですが、美味しいお茶を用意しましたので、どうぞ召し上がってください!」
少し緊張しつつも健気に微笑むミシェルの姿に、シグレさんが「うわぁ、可愛いメイドさん! 私、一瞬でファンになっちゃいました!」と目をハートにして抱きつく。
「みんな、聞いてくれ!」
私は広場の中央に立ち、集まった全員に向けて声を張り上げた。
「今日からここが、俺たち【アストライア・ドーン】の正式なギルドホームだ! 〈 七大驚異〉の攻略に向けて、そしてこの世界で最高の冒険を楽しむための最高の我が家へ、皆、ようこそ!」
俺の宣言に合わせ、全員が歓声を上げる。
ウェリアタース王国と帝国の間に戦争の足音が近づこうとも、この場所にある絆と笑顔さえあれば、俺たちはどんな困難だって乗り越えていける──そう確信できる最高の夜の始まりだった。




