第64話 新たな絆の誓いと七大驚異への序曲
土曜日の夜、現実世界の定例メンテナンスによって、広大な〈リベルタス・ワールド・オンライン〉の世界は一時的な沈黙へと包まれていた。
現実の時間の流れに身を任せ、束の間の休息を挟んだ翌日の爽やかな日曜日の朝。
待ちに待ったサーバーの稼働とともに、俺たちは再びあの見慣れた、けれどどこか現実よりも鮮烈な光に満ちたバーチャル空間へとダイブを果たした。
眼下に広がるのは、昨日までの激闘の熱気が嘘のように静まり返った、ウェリアタース王国郊外の町並みだ。
その空域に静かに佇む、純白とミッドナイトブルーの複合装甲をまとった我が魔導戦艦のメインラウンジ。
古龍の素材を取り込んだ艦体は、微かに青いマナの光を明滅させながら、新たな一日の始まりを告げるように穏やかな振動を刻んでいた。
「ふぁあ……やっぱりこの艦のラウンジ、いつ来ても落ち着くし最高だよねぇ」
大きな伸びをしながらそう声を弾ませたのはセラだった。背中の星型刺繍を揺らしながら、彼女は特製のソファにふんわりと腰を下ろす。
その肩の上では、お馴染みの紅い小動物・ルビーが「キュイッ!」と元気よく鳴いて同意を示していた。ユウがログアウトしている間はセラとともにすごしていたらしい。
「おはよ、セラ。よく眠れたみたいね」
愛用の剣のメンテナンスを終えたばかりのシオンが、涼やかな微笑みを浮かべながらラウンジのテーブルに歩み寄ってくる。
そのラウンジの窓際では、ライムが手元のホログラムコンソールを軽快に操作しながら、艦全体のシステムステータスを確認していた。
「マスター、おはようございます。昨夜のアップデート適用に伴うサーバー同期、および艦内魔力炉の出力安定化、すべてパーフェクトに完了しています。本日のシステム稼働率、100パーセントです!」
「ありがとう、ライム。相変わらず完璧な仕事ぶりだな」
俺がそう声をかけると、ライムは少し照れくさそうに微笑み、若草色の瞳を輝かせた。
その隣では、ティアナが温かいハーブティーの入ったカップを全員分用意しながら、穏やかにうなずいている。
「皆さん、おはようございます。今日はアップデート直後ですし、特別なイベントが盛りだくさんですから、温かいお茶を飲んで落ち着いてくださいね」
「ティアナちゃん、ありがとう。朝から気が利くね」
ニベアが嬉しそうに声を上げながら席につき、白銀の闘衣とガントレットを軽く鳴らした。決勝トーナメントでのシュリとの激戦の疲労なんて微塵も感じさせない、相変わらずの朗らかな笑顔だ。
そして、本日のラウンジには、いつもよりさらに賑やかな顔ぶれが揃っていた。
現実世界での電脳遊戯部のメンバーである生徒会長の芹亜先輩、妹の涼花、幼馴染みの南、そして親友の遥馬の四人組が、堂々と艦内に乗り込んできていた。
さらに、配信者のシグレさんと、静かな佇まいで窓の外を眺めるシュリの姿もある。
「いやぁ、まさか本当にこの戦艦の中に入れる日が来るなんて思わなかったぜ! 外から見ただけでもヤバかったけど、内装のロマンチックスペックがマジで天井知らずだな!」
ハルマが興奮した様子でラウンジの中をキョロキョロと見回す。
その隣で、スズカがツインテールを揺らしながら、ふふんと得意げに胸を張る。
「でしょ、ハルマさん! お兄ちゃんたちだけずるいって思ってたけど、私たちもようやくこうして正式にこの戦艦のクルーになれたんだからね!」
「そうだよ! 私とスズカちゃん、この魔導戦艦のすごさに圧倒されっぱなしなんだから」
ミナミがふんわりとした笑顔を浮かべながら、ユウの隣の席にちょこんと腰を下ろした。
その南の頭を優しくポンと撫でながら、生徒会長のセリアさんは優雅に紅茶のカップを手に取った。
「ふふ、これだけの巨大戦艦を保有する部活動なんて、全国探しても私たちだけだろうね。ユ君、いい居場所を提供してもらったよ」
「確かにちょっと目立ちすぎちゃいましたね」
俺が苦笑いしながら肩をすくめると、ラウンジの一角で少しソワソワした様子だったシグレさんが、パッと明るい声を上げた。
「あのさ、本当に私なんかがこの凄いメンバーと一緒にギルド組んじゃってもいいの……? 武闘大会でも猛者たちにボコボコにされかけたし、なんだか夢を見ているみたいで……!」
シグレさんが両手で自分の頬をペタペタと叩きながら恐縮すると、セラがすかさず彼女の隣に歩み寄り、気さくに肩を抱いた。
「なに言ってるの、シグレちゃん。大会での戦いぶり、めちゃくちゃカッコよかったよ。それに、これからは同じギルドの仲間なんだから、遠慮しないでどんどん頼ってよね」
「そうよ、シグレさん。配信の向こう側もいいけれど、こうして同じ艦で肩を並べる仲間が増えるのは心強いわ」
シオンも優しく微笑みかけ、シグレさんは「うんっ!」と嬉しそうに大きくうなずいた。
そして、そのラウンジの少し静かな一角で、青い髪を揺らしながら佇んでいたシュリが、ゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。
「……皆さん、おはようございます。改めて、今日からこのギルドに加入させていただきます。シュリです。昨日は素晴らしい戦いをありがとうございました、ユウさん」
シュリの言葉に、俺はうなずきを返す。
「おはよう、シュリ。こちらこそ、昨日の準決勝の戦いは忘れない。君がこのギルドに加わってくれるのは心から歓迎するよ」
「ありがとう、ユウさん」
シュリはふっと穏やかな微笑みを浮かべたあと、少しだけ真剣な瞳になり、ラウンジに集まった全員を見回した。
「……実は、私がこのギルドに参加させていただいたのには、私個人の大きな理由があります。昨日の試合前にも少しお話ししましたが、私は『アストラ・ヒューマン』としての自分の身体に流れる血の意味を探しているのです」
その言葉に、ラウンジの空気がわずかに引き締まる。
シュリはまっすぐ前を見据え、その胸の内を語り続けた。
「自分が何者で、どこから来て、どこへ向かうのか……それを確かめるために、この広大な世界を巡らなければならないと思っています。そして、そのためには情報が必要です。この世界に存在すると噂される、神代の謎を秘めた〈七大驚異〉……。まだその一つしか解放されていませんが、私はそのすべてを攻略し、すべての証を手に入れたいのです」
「なっ……! あの〈七大驚異〉のすべてを、か!?」
ハルマが目を丸くして驚きの声を上げる。
「ええ。言い伝えによれば、そのすべてを制覇し、証を集めた者には、どんな願いでも一つだけ叶うという『世界の真実』が与えられると言われています。だからこそ、私はその攻略を目指したい。もちろん、そのためには私一人では到底太刀打ちできないほどの危険が伴うでしょう。だからこそ、皆さんのお力を貸してほしいのです。このギルドの仲間として、一緒にその謎を解き明かしていただけないでしょうか」
シュリの真摯な願いに、ラウンジのメンバーは顔を見合わせ、そして自然と笑顔を浮かべた。
「そんなの、決まってるじゃない」
セラが真っ先に手を上げ、元気よく笑った。
「〈七大驚異〉の攻略なんて、冒険者として最高にワクワクするロマンじゃない。もちろん、ボクたちも全力で協力するよ」
「ええ、同感だわ。私たちのギルドの目標としては、これ以上ないくらいに壮大で面白いものね」
シオンも愛用の剣の柄に手を当てながら、頼もしく頷いてみせた。
「シュリさんの星辰魔法の力は昨日の戦いで痛いほど分かっていますし、仲間になってくれるならこんなに心強いことはありません。一緒に頑張りましょうね」
ティアナが優しい笑顔で手を差し伸べると、シュリは驚いたように目を見張り、それからふわりと花が咲くような美しい笑みを浮かべてその手を取った。
「……ありがとうございます、皆さん。よろしくお願いします」
「おっ、これでギルドの目的が一気にスケールアップしたな!」
ハルマがニヤリと笑い、ミナミも「私も、お皆の足引っ張らないように特訓しなきゃ!」とやる気を見せる。スズカも「お兄ちゃんたちに負けてられないもんね!」と拳を握りしめた。
【安倍ノ家:ふむ、アップデート直後から〈七大驚異〉の攻略をギルドの主目的に据えるとは、何ともアグレッシブで素晴らしい方針だな。アストラ・ヒューマンの血脈の謎、そして世界に隠された真実……プレイヤーとしての知的好奇心を刺激する極上のストーリーラインだ。このメンバーなら、本当にやり遂げてしまいそうな気概を感じる】
【灰かぶりうさぎ:ちょっと待って、シグレちゃんも加入して、さらにシュリちゃんまで仲間になるとか、このギルドのビジュアルと戦闘力の平均値がバグレベルで高すぎでしょ……!! 尊さの暴力で私のHPがすでにマイナスなんだけど!! 〈七大驚異〉の攻略とか、もう最高に王道なファンタジーRPGの冒険が始まっちゃって鳥肌が止まらないよーーっ!!】
みんなのモチベーションが最高潮に達したその時、少しだけ場の空気をピリッと引き締める話題が飛び出した。
「おい、みんな。盛り上がってるところ悪いんだが、一つ重大なニュースがあるぜ」
ラウンジのソファにもたれかかっていたハルマが、スマホ型の魔導端末を操作しながら真剣な表情を作った。
「昨日の土曜日のメンテナンス中、ネットの掲示板やニュースで大騒ぎになってたんだが……覚えてるか? 昨日の武闘大会の表彰式で起きた、あのテロ未遂事件の件だよ」
「ああ……あのゲイルの仲間が仕掛けた魔導爆弾の事件か」
俺が腕を組んでうなずくと、シオンが険しい表情でそれに続いた。
「あの時は、ユウの機転と私たちの連携で国王陛下をお守りできたけれど……その後、王国の裏側でとんでもない動きが始まっているらしいわね」
「そうなんだよ!」
と、遥馬がさらに声を大にして言う。
「あのテロ事件をきっかけにして、ウェリアタース王国側が『これは帝国側の明白な宣戦布告だ!』って猛反発してるらしいんだ。王国の貴族院や軍部は、一気に帝国との全面戦争を起こす気満々で、今まさに大軍の動員準備に入ってるって噂だぜ」
「まさか……大会の事件がきっかけで、本当に国家間の戦争に発展しちゃうの……!?」
ミナミが不安そうに両手を胸の前で組み、スズカも「そんなの、私たち一般プレイヤーにもモロに影響しそうじゃん……!」と青ざめる。
けれど、シオンはふっと冷たい美しさを湛えた笑みを浮かべ、我が魔導戦艦の窓の外に広がる空を見やった。
「上等じゃない。もし本当に王国と帝国が戦争を起こすというのなら……この魔導戦艦の主砲が火を吹く時が来たってことね。あの古龍の素材で作った圧倒的な火力を、国の連中に思い知らせてやるのも悪くないわ」
「シオンちゃん、物騒だけどめちゃくちゃカッコいいこと言ってる……!」
シグレさんが目をキラキラさせながらツッコミを入れると、ライムが冷静にデータを分析して補足した。
「ですがシオンさんの言う通り、実際に国家間の大規模な軍事衝突に発展するとしても、それ相応の準備期間が必要です。今すぐ戦争が始まるわけではありません。その前に私たちが行うべき最優先事項があります」
ライムの言葉に、俺もうなずきを返した。
「そうだ。戦争がどう転ぶにせよ、まずは俺たちの拠点となる場所が必要だ。昨日の大会で手に入れた莫大な賞金を使って、今のうちにギルドホームを購入しよう」
「ギルドホームか……。拠点があれば、みんなで集まって作戦会議もできるし、アイテムの保管もめちゃくちゃラクになるもんね」
セラが嬉しそうに肩を弾ませる。
「拠点にするなら、やはりこの王国の首都近郊がいいだろうな。情報の集まりやすさや、今後のクエストへのアクセスの良さを考えても、王国の中枢にしっかりとした拠点を構えておくのが一番戦術的合理性に適っている」
セリアさんが生徒会長らしい鋭い分析眼でそう提案すると、全員がそれに異議なく賛同した。
「よし、それじゃあ方針は決定だな。まずはギルドを正式に結成し、そのあとに王国内で最高のギルドホームを買いに行くぞ!」
俺の号令に合わせ、ラウンジにいる全員が頼もしい笑みを浮かべた。
いよいよ、この新しい仲間たちと共に、〈LWO〉の世界で正式なギルドを立ち上げる瞬間がやってきたのだ。
俺は目の前のホログラムコンソールを操作し、システムのメインメニューを呼び出した。
「よし……それじゃあ、ゲーム内のメインメニューから『コミュニティ』を開いて……っと」
全員が自分の空中ディスプレイに視線を集中させる。
「『コミュニティ』から、『ギルド結成』の項目を選択……。まずは必要事項の入力だな」
【ギルド名の入力:】
「ギルド名はどうする……?」
俺が振り返ると、ハルマがニヤリと笑って提案してきた。
「それならいいのがあるぜ! ユウたちの大冒険の始まり──その孤島の名前からとって、『アストライアの夜明け』──『アストライア・ドーン』なんてどうだ!?」
「おっ、それめちゃくちゃカッコいいね」
セラが両手を叩いて賛成し、ミナミやスズカも「うん、響きがすごく綺麗!」「お兄ちゃんたちにぴったりだね!」と次々に声を弾ませる。
「『アストライア・ドーン』……私たちの歩む〈七大驚異〉の道にもふさわしい、素晴らしい名前ですね」
シュリが穏やかに微笑み、シオンも「悪くないわ、合格点を与えてあげる」と満足そうにうなずいた。
「よし、ギルド名は『アストライア・ドーン』に決定だ!」
俺はコンソールにその文字を力強く打ち込み、メンバー全員の名前を招待枠へと次々と登録していく。
俺、シオン、ライム、ティアナ、ニベア、セラ、ハルマ、ミナミ、スズカ、セリアさん、シグレさん、そしてシュリ──総勢12名の強力無比なメンバーが、システム上で一つの輪として結ばれていく。
「最後に、ギルド結成の電子申請を……っと。よし、完了だ!」
コンソールのエンターキーを叩いた瞬間、ラウンジ全体の空間が柔らかい青色の光に包まれた。
艦内のメインディスプレイに、神々しいフォントで『ギルド〈アストライア・ドーン〉の結成が正式に承認されました』というシステムメッセージが盛大なファンファーレの音色とともに大きく映し出される。
【システムアナウンス:プレイヤー『ユウ』をマスターとする新ギルド〈アストライア・ドーン〉が誕生しました。メンバーの皆様、おめでとうございます!】
「「「やったぁぁぁぁぁーーっ!!!」」」
ハルマ、ミナミ、スズカが歓声を上げながら両手を突き上げ、シグレさんが「うわーん、本当に私がギルドのメンバーになっちゃったよぅ……!」と感動のあまり大袈裟に涙を拭う真似をする。
セラはガッツポーズを決め、ティアナとニベア、ライムは笑顔を向けあいながら喜びを分かち合った。
セリアさんは優雅に紅茶を傾けながら「ふふ、上々の滑り出しだね」と満足げに笑う。
「さあ、ギルドの結成は無事に完了したぞ! 次は、大会の賞金を使って、王国内に最高のギルドホームを買いに行くぞ、皆!」
俺が力強く宣言すると、ラウンジに集まった全員がそれぞれの武器や魔力を構え、最高の笑顔でそれに応えた。
ウェリアタース王国と帝国の間に不穏な戦争の影が忍び寄ろうとも、俺たちが切り拓く未来の輝きが曇ることはない。
〈七大驚異〉の謎を解き明かすための新たな仲間たちとの壮大な旅が、今、この瞬間から本当の意味で始まったのだった。




