第30話 突如現れたアイドル配信者、星降る夜の、極上の晩餐
「さて、それじゃあこの大量のオーク肉を抱えて、一度ラボに戻るとするか。シオン、ライム──」
俺がそう言いかけた、まさにその瞬間だった。
空中浮遊ホログラムモニターの端に、ひときわ目を引く、鮮やかなカラーの特大メッセージ通知エフェクトが激しく点滅を始めた。
【シグレ:ちょっと待ったぁぁぁ!! そこのお二人、ずるい匂いをさせてないでちょっとこっちを向きなさーいっ!】
「えっ……!?」
俺とシオンが思わず声を揃えてホログラムを見上げる。
画面のアイコンに表示されていたのは、〈LWO〉全域でその名を知らぬ者はいない、トップクラスの人気を誇るアイドル系配信者・『シグレ』その人だった。
彼女のチャンネル登録者数はゆうに数十万人を超え、華麗な魔法剣の腕前とキュートなルックス、そして天真爛漫なトークで界隈のトレンドを常に総ナメにしている、本物の大物である。
【は……? 嘘だろ……?】
【シグレちゃん……!? あのトップアイドルのシグレちゃんがこの配信に来てるぞおい!!】
【まじかよ、本物だよ!】
【電脳遊戯部のテスト明け初配信に、まさかのシグレ様乱入とか神回すぎるだろ常識的に考えて】
リスナーたちのどよめきが一瞬でコメント欄を埋め尽くし、同接カウンターはさらに凄まじい勢いで跳ね上がり始めた。
「し、シグレさん……!? あの、全サーバーのアイドルランキングで常にトップを走り続けている、あのシグレさんが私たちの配信に……っ!?」
シオンもさすがに驚きを隠せない様子で、目を丸くしながらホログラムのコメントを二度見している。
そんな私たちの驚きをよそに、シグレの次なるコメントが、まるでライブ会場の歓声のように勢いよく飛び込んできた。
【シグレ:いやー、もう画面越しからものすごく美味しそうな匂いがこっちまで漂ってきたんだからね! その『キングオークの肉』、私にも一口分けてほしいなぁ……って、もう、めちゃくちゃ食べたいんですけどーーっ!】
「あはは、匂いで釣られちゃったみたいね、あの人……!」
シオンが思わず噴き出しながら、どこか嬉しそうな笑顔を浮かべる。
シグレといえば、ゲーム内のグルメイベントや限定フードの食レポ配信でも大人気の美食家の一面を持っていることで有名だった。
さらに興奮冷めやらぬシグレから、続けざまにダイレクトメッセージと連動した公開チャットが叩き込まれる。
【シグレ:ねえねえ、ユウくん、シオンちゃん! もしかして今からラボに戻って晩餐会するんでしょ? いいなー。今すぐそっちに合流したい……合流できたら、絶対コラボ配信しようね! ねっ、おねがーい!】
シグレの投げかけた、あまりにも唐突で、そして彼女らしい天真爛漫なコラボの誘い。
電脳遊戯部のチャンネルを一瞬にして狂騒のるつぼへと叩き込んだその言葉に、俺とシオンは思わず顔を見合わせた。
けれど、興奮の冷めやらぬコメント欄の熱気とは裏腹に、俺たちの脳裏には冷徹なゲームシステム上の現実がフラッシュバックしていた。
──いや、待てよ。
俺たちはふと、自分たちが現在置かれている状況を思い出す。
いま俺たちがいるこの場所は、通常の広大なオープンワールドのマップではない。周囲を荒波に囲まれた、完全なる『孤島』である。
この島は外界とは完全に隔絶された、文字通りの『閉ざされた空間』なのだ。
だからこそ、どれほどシグレが「今すぐそっちに合流したい!」と願ったところで、物理的に彼女がこの島のラボへ飛び込んでくることは、現在のシステム上では不可能な相談だった。
「……残念だけど、シグレさん。気持ちはとっても嬉しいし、私たちもぜひ一緒にその肉をつつき合いたいところなんだけれど……」
シオンは少しだけ名残惜しそうに唇を尖らせつつ、ホログラムの向こうの彼女に向かって首を横に振った。
その白銀のロングヘアがふわりと揺れ、バーチャル特有の切なげな表情がリスナーたちの母性をこれでもかと刺激していく。
「そうだな。残念ながら、俺たちが今いるこの島は、通常のマップから完全に隔絶された特殊な孤島なんだ。シグレさんと合流するのは難しいんだよ」
【シグレ:確かに今の私じゃその孤島には渡れないみたいだけど、だからってこのままで引き下がるシグレ様だと思ったら大間違いなんだからねっ!」
画面の向こうで彼女が鼻息を荒くしている姿が目に浮かぶような勢いだ。
【シグレ:いい!? ユウくん、シオンちゃん! 今回はお預けを食らうのは泣く泣く許してあげる! でも、いつか絶対その孤島をこじ開けてやるんだから! だから絶対に、いつか合流できたら、その時は盛大にコラボ配信しようね!! これ、今日の絶対の約束だからねーーっ!!】
その最後の一文が、ひときわ大きく、鮮やかなフォントで画面の中央にドンと打ち出された。
画面の向こうから伝わってくる彼女のまっすぐな熱量と、ゲームを心から楽しんでいる弾けた笑顔が、文字の端々からありありと伝わってくる。
俺はそのコメントをじっと見つめ、思わずフッと小さく笑みをこぼした。
「ああ、約束するよ。いつかこの島に眠っている機能を完全に制御下において、シグレさんを迎え入れるための直通ゲートを開いてみせる。その時は、今回狩ったキングオークの何倍も美味い極上のご馳走を用意して、盛大にコラボ配信をやろうぜ」
「うん! 私からも約束するわ、シグレさん。だから、今は画面の向こうで私たちの『ワイルド・オーク・グリル』の飯テロをたっぷり悔しがりながら見ていなさいよね!」
シオンが胸を張ってそう宣言すると、シグレのチャンネルからは「くやしいーーっ! でも絶対いつか乗り込んでやるんだから覚悟しときなさーいっ!」という絶叫交じりのスタンプが連打され、コメント欄は爆笑と感動の渦に包まれたのだった。
§
トップアイドル・シグレとの熱い約束を交わし、ハプニングに満ちた大盛り上がりの道中を経て、俺たちは大量の極上オーク肉を抱えたまま、無事にラボへと帰還を果たした。
ラボの外に広がる『星詠みの地下迷宮』の夜空には、数万の星々がまるで私たちの勝利を祝福するかのように、青く鋭い光を瞬かせている。
ラボの中央テラスには即席のバーベキューグリルが設置され、先ほど獲得したばかりのキングオークの肉が、高純度マナの炎に炙られて極上の脂をパチパチと弾かせていた。
「わあぁ……! 見てくださいマスター、この完璧な焼き上がりを! 香草の香りと肉汁のジューシーさが、VRの嗅覚センサーを限界まで刺激してきますよ……っ!」
ライムが目をハートにさせながら、トングを手にしたシオンの横で飛び跳ねている。
「ふふっ、待たせたわね! テスト期間中のガチガチだった脳みそと胃袋を、今夜はこの最高のお肉で完全に満たしてあげるんだから!」
シオンがこんがりとキツネ色に焼き上がった『ワイルド・オーク・グリル』をナイフで手際よく切り分け、大きめの皿へと盛り付けていく。
ジュワリと溢れ出す肉汁の輝きと、芳醇なハーブの香りがラボ全体に広がり、カメラの向こうのリスナーたちからは「うわあああ絶対美味しいやつだこれ」「飯テロすぎて今夜眠れん」「シグレちゃん、画面の前でよだれ垂らしてそうww」といった悲鳴のようなコメントが殺到した。
「それじゃあ、テスト明けの初陣大成功と、新たな約束を祝って──いただきます!』」
「「「いただきます!!」」
俺たちが声を合わせてフォークを突き立て、口の中に運んだ瞬間──。
濃厚な旨味と上質な脂の甘みが脳の髄までとろけさせるような、言葉を失うほどの絶品が広がった。
バーチャル味覚の限界を軽々と突破したその美味しさに、俺たちは思わず幸せのため息を漏らす。
現実の放課後の温もりを背中に感じながら、星降る仮想世界の夜は、最高に賑やかで美味しい熱気の中に包まれていくのだった。




