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第13話 放課後の電脳遊戯部と、新たな配信の幕開け


 初夏を思わせる汗ばむような陽気が、青々と茂り始めた校庭の木々を揺らす、爽やかな放課後だった。


 前夜、仮想世界の未踏の孤島『アストライア』の最奥という最高のセーブポイントを確保した俺は、どこか心地よい疲労感と充実感を胸に抱きながら、いつもの見慣れた教室の窓際に座っていた。

 机の上に置かれた教科書に目を落としつつも、俺の思考の半分は、今日から始まる新しい展開への期待感でいっぱいに満たされている。


「ねえ、お兄ちゃん! いよいよ今日の放課後からだよ、電脳遊戯部で〈LWO〉が遊べるようになるの!」


 一際弾んだ明るい声が聞こえてきた。

 顔を向けると、そこにいたのは妹の涼花だ。 妹の艶やかな黒髪がトレードマークのツインテールで軽やかに揺れ、その大きな瞳は今日の放課後への期待でキラキラと輝いている。

 その隣には、ほんわかとした雰囲気の幼馴染みである南が、ふんわりとしたショートボブを揺らしながら静かに微笑んで頷いていた。


「そうだね、涼花ちゃん。私昨日の夜からずっと予習を兼ねて攻略サイトの掲示板を読み漁っちゃったよ」


 南が優しく微笑みながら、自分が選んだ王国の資料を涼花に見せている。

 二人は今日の放課後に部室で一緒に〈LWO〉をプレイできるという事実だけで、朝からずっとテンションが上がりっぱなしだった。


 そんな二人の楽しげな様子を眺めながら、俺は苦笑いを浮かべつつも、同じクラスの友人である遥馬の席へと歩み寄った。


「よお、遥馬。お前も今日の放課後は当然、部室に顔を出すんだよな?」


 俺が声をかけると、遥馬はニヤリと不敵な笑みを浮かべ、愛用のゲーミングスマートフォンをくるくると指先で回しながら答えた。


「当たり前だろ、悠人! 昨l部室の最新型VRヘッドセットがどんな使い心地なのか、今から気になって授業に全然集中できなかったくらいだからな」


 遥馬のその言葉に、俺は心の中で深く共感した。

 ゲーム好きの仲間たちが同じ空間に集まり、それぞれの選んだ異なる国や世界へ同時にダイブして冒険を共有する──それは、これまでのぼっち気味だった俺の学生生活からは想像もできなかった、あまりにも贅沢で眩しい青春のひとコマだった。


 やがて、教室のざわめきが落ち着き始めたその時、教室の引き戸がスライドして静かに開いた。

 そこに立っていたのは、生徒会長の芹亜だった。彼女の整った顔立ちには、いつもの厳格な生徒会長としての表情の奥に、どこか誇らしげな笑みが浮かんでいる。


「皆、お疲れ。そろそろ時間だよ。準備はいいかな?」


 芹亜がよく通る声を響かせると、涼花が「はいっ!」と勢いよく手を挙げて立ち上がった。

 それを合図にするように、俺、南、遥馬の面々もそれぞれのスクールバッグを手に取り、次々と席を立つ。


「それじゃあ、私についてきてくれ。新設された『電脳遊戯部』の部室へ案内するよ」


 芹亜の先導のもと、俺たち五人は校舎の奥深くへと歩みを進めた。向かった先は、部室棟の最上階だった。

 階段を上りきった突き当たりにある扉の前で、芹亜がジャラジャラと音がする金属の鍵を差し込み、シリンダーを回すと、ガチャリという重い音とともに扉が開き、部室の内部がその全貌を現した。


 最初に中へと足を踏み入れた涼花が、思わず「おっ」と感嘆の声を漏らす。

 そこに広がっていたのは、学校の古びた一室をベースにしつつも、丁寧に手入れが行き届いた簡素ながら清潔感のある空間だった。

 白く塗り直された壁面には余計な装飾がなくすっきりと整えられ、中央には手入れされた木製のテーブルと、座り心地の良さそうなシンプルな椅子がきちんと並べられている。

 机上にはVRヘッドセットである〈マギア・リンカー〉が人数分。

 そして壁際には大型のスクリーンモニターと整然と並べられた各自のロッカー、その隣に置かれたよく冷えそうな一台の小型冷蔵庫が置かれている。

 余計なものは一切ないものの、隅々まで掃除が行き届いたその室内は居心地が良く、どこか温かみのある空気が漂っている。

 くつろいでゲームを楽しむには十分な環境だと、俺たちは顔を見合わせて小さく笑った。


「すごい……ここ、本当に私たちの部室なの?」


「なんだか秘密基地みたいで、落ち着く空間だね」

 涼花と南も部屋の中をゆっくりと見回しながら、その清潔感のあるアットホームな雰囲気に目を輝かせている。


 遥馬はさっそく冷蔵庫に歩み寄り、扉を開けて、


「おっ、ちゃんと冷える仕様になってるじゃねえか……! これなら長時間の部活も快適だな」


 と嬉しそうに呟いた。


「ふふ、気に入ってもらえたようで何よりだよ。この部屋を割り当ててもらい、みんなで綺麗に掃除して整えるのには、私も結構汗を流したんだからね。存分に活用して、部としてしっかりとした時間を過ごしてくれ」


 芹亜は満足げに腕を組みながら、フッと上品に微笑んだ。


 さて、それぞれが自分の気に入った席やロッカーを確認し、さっそく今日やることの計画を立てようと意気込んでいた、その時のことだった。


「おや、もうすでにみんな揃って賑やかにやっているようだねぇ。失礼、部室のドアが開いていたものだから、ちょっとお邪魔させてもらったよ」


 突如として部室の入り口から聞こえてきたのは、どこか気だるげでありながらも芯のある、聞き馴染みのある女性の声だった。

 全員が驚いてそちらを振り返ると、そこには俺たちのクラスの担任であり、理科を担当している井ノ原(いのはら)かがり教師が立っていた。

 彼女はいつものように白衣を羽織り、飄々とした足取りで部室の中へと入ってきた。


「い、井ノ原先生!? どうしてここに……?」


 俺が驚きを隠せない表情で尋ねると、かがりはふふんと余裕の笑みを浮かべ、そばに立っていた生徒会長の芹亜へと視線を向けた。


「決まっているだろう。この子……生徒会長の天宮くんにね、『先生、電脳遊戯部の顧問になってくれませんと学校全体の美化活動の書類にハンコを押しませんよ』って、それはもう見事な脅し文句を交えてお願いされてねぇ。仕方がなくだ、今日からこの部活の顧問を引き受けることになったのさ」


「部活動の設立には正式な顧問教諭が不可欠だったからね。井ノ原先生の科学的な知見や柔軟な生徒指導は、この部活に最適だと判断したまでだよ」


 芹亜が澄ました顔で言い放った。

 流石は生徒会長、根回しと手際が良すぎる。俺たちはその見事な手腕に思わず脱帽するしかなかった。


「まあ、顧問になったからには、私としてもこの部活をただの『ゲーム好きの溜まり場』で終わらせるつもりはないんだよ。学校側から正式に予算や部室の特別棟を維持するためには、外部に対して何らかの『明確な実績』を示し続ける必要がある。……そこでだ、みんな」


 かがりは白衣のポケットに両手を突っ込み、面白そうなものを見つけた子供のような好奇心のこもった目を、俺たち五人に向けた。


「実績を作るのに、一番手っ取り早い方法は何だと思う?」


「……実績、ですか?」


 南が首をかしげると、かがりはニヤリと口角を上げて言い放った。


「動画配信さ。今やVRMMOの最先端プレイをリアルタイムで世間に発信するインフルエンサー的な活動は、学校の対外的な知名度を上げるのにもってこいの手段だ。そうだろ、悠人?」


 俺はビクリと肩を揺らした。なぜ彼女が昨日の自分の進捗を知っているのかについては、芹亜先輩の口から伝えられたんだろう。


「誰もたどり着けない場所でサバイバルしながら、未知のエリアを単身で攻略していく冒険の様子をそのまま配信すれば、間違いなく面白いコンテンツになる。どうだい、悠人?」


 かがりのその提案に、遥馬は、


「おっ、いいじゃねえか! 俺たち四人はそれぞれの国スタートだけど、悠人の配信なら全校生徒に見せつけてやろうぜ!」


 と即座に賛同の声をあげた。


「配信なんてちょっと緊張するけど、お兄ちゃんならきっとすごいところを見せてくれるよね!」


 涼花も目を輝かしている。


「よし、それじゃあ話は早い。顧問の私からの最初の特命として、今日からこの電脳遊戯部公式の動画投稿と生配信の活動を開始してもらう。担当は悠人、君だ。配信の頻度は、できれば用のない時は毎日やって欲しい」


 かがりの有無を言わせぬトーンに、俺は苦笑しながらも頷くしかなかった。


「わかりましたよ、先生。そこまで言うなら、部活の存続と実績作りのために一肌脱ぎますか。俺が代表して配信をやります」


 俺がそう言うと、かがりは、「よろしい、その返事だ」と満足そうに頷き、スクリーンモニターの前に陣取った。


「それじゃあ、まずは配信用のチャンネル開設と初期設定から始めようか。チャンネル名はどうする? カッコいいやつをみんなで出し合って決めなさい」


 その一言で、部室内は急遽『チャンネル名決定会議』の様相を呈することになった。


「うーん、シンプルに『電脳遊戯部活動記録』とかはどうかな?」


 南がフリップ代わりにタブレットに文字を打ち込みながら提案する。


「それだとちょっと硬い気がするぜ。『孤高のサバイバーズ・クロニクル』ってのはどうだ? 響きがカッコいいだろ!」


 意気揚々と返す遥馬。


「うーん、もう少し冒険してる感がほしいよね……。『ユウの冒険記』とか?」


 と涼花が首をかしげる。


 みんなであれこれと意見を出し合い、最終的に芹亜の「シンプルかつ視聴者の期待感を煽るネーミングがベストだよ」という冷静な指摘も取り入れた結果、チャンネル名は──『電脳遊戯部チャンネル 〜LWO開拓記〜』に満場一致で決定した。


「よし、チャンネル名も決まったし、初期設定もバッチリだ。機材のリンクテストも問題ない。せっかく初日から全員が揃っているんだし、百聞は一見にしかずだ。今日の放課後、それぞれの国と孤島へログインしつつ、悠人のチャンネルでさっそく初回記念の生配信をやってみようか」


 かがりのその言葉に、俺たちは大きく息を吸い込み、それぞれのVRマシンを頭に被った。


「それじゃあ、みんな……それぞれの場所で、仮想世界にダイブしよう!」


 俺が合図を送り、皆がその言葉を口ずさむ。


「「「──ダイブ、イン」」」


 視界がふっと暗転し、お馴染みのダイブ音と共に意識のログが加速していく。

 眩い光の粒子が収まると、そこは昨日の夜にログアウトしたばかりの、誰もいない孤島『天空の都アストライア』の神殿内部だった。床一面に埋め込まれた幾何学模様が光を放ち、天井からは静かな粒子が降り注いでいる。


 そんな静寂に包まれた孤島の神殿の中で、ふわりと上品な仕草で待っていたのは、相棒であるアーク・エルフのシオンだった。


「あ、ユウ! お疲れ様、ちょっと遅かったわね。あなたも高校生って言ってたわよね。学校の授業が長引いたの?」


「あぁ、シオン。実は現実世界のほうで、学校に新しくゲームで遊べる部活ができたんだよ。妹や友達と一緒に入部してさ、今日からこの場所での冒険を僕が代表して『生配信』していくことになったんだ」


 俺がそう説明すると、シオンは、


「えっ、部活ができたの……!? 現実の人たちに見られちゃうの?」


 と少しだけ目を丸くしつつも、すぐにワクワクしたような笑顔を浮かべた。


「なんだか面白そうね! 私、そういうの嫌いじゃないわ。せっかくの私たちの冒険だもの、たくさんの人に見てもらえるなら気合を入れないとね!」


 シオンが快く承諾してくれたことで、準備はすべて整った。


「よし……それじゃあ、部活の初陣であり、記念すべき第一回目の生配信を始めるぞ。シオン、準備はいいか?」


 俺がメニュー画面で生配信をオンにする。

 その瞬間、俺の視界の端にある配信インターフェースに、現実世界側から接続してきた視聴者の数が表示された。


【──接続完了。チャンネル:電脳遊戯部チャンネル 〜LWO開拓記〜】

【現在、視聴者数:1人】


 開設したばかりで誰も宣伝していないチャンネルの視聴者数は、もちろん配信を始めたばかりの井ノ原先生の『1人』からのスタートだった。

 画面の隅にあるコメントビューアには、まだ誰もいない静かな空間が広がっている。


【井ノ原先生:お、ちゃんと配信繋がってるねぇ。初配信、頑張りなさい】


 顧問であるかがりからの最初のコメントが、ぽつんと画面に表示される。

 初めての試みであり、まだ誰も見知らぬ視聴者がやってくる前の、静かでささやかな部活の幕開けだった。


「よし……『孤島アストライア』の探索を始めていこうか」


 俺の声に合わせてカメラが動き、記念すべき第一回目の生配信が、穏やかな空気の中で本格的なスタートを切ったのだった。




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