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第12話 星の記憶と、現実への帰還


 眩い光を放つ『星の核心(アストラル・コア)』の前に立ち、俺たちは息を整えながら、ゆっくりとその結晶へと手を伸ばした。

 二人の指先が同時にその淡い黄金色の表面に触れた瞬間、周囲の空間がまるでガラス細工のように音を立てて砕け散り、膨大な量の情報と記憶が、津波のように俺たちの脳内へと直接流れ込んできた。


「っ……これは……!?」


 シオンが小さく悲鳴を上げ、その場に膝をつきそうになるのを、俺は慌てて左手でしっかりと支え起こした。

 脳裏に焼き付くのは、言葉や文字ではない。かつてこのアストライア島が『ただのゲームの舞台』などではなく、遥か遠い宇宙の彼方から飛来した古代の宇宙船、あるいは星々のエネルギーを管理するための方舟であったという歴史の断片だった。

 この世界を構築するシステムそのものが、何者かの手によって意図的に封印され、プレイヤーたちが訪れるのを待っていたかのような、切なさと壮大さが入り混じった記憶の波。


「……ユウ、見える? この星の、昔の景色……たくさんの人が、ここで笑って、祈って……そして、眠りについたんだわ……」


 シオンの瞳から一筋の涙がこぼれ落ち、それが光の粒子となって消えていく。彼女の心にも、この島が抱える切なくも美しい過去が深く刻み込まれたようだった。

 俺はそんな彼女を慮りながら、流れ込んでくる膨大なデータを俺自身の固有スキル〈錬金創成〉の回路を使って全身で受け止め、解析し続けた。


 やがて、その激しい情報の洪水がスッと引き潮のように収まると、私たちの目の前には、半透明の巨大なシステムウィンドウが静かに浮かび上がっていた。


【アナウンス】

 アストライア島・第1層エリアクリアを認定。

固有ワールドクエスト『星の遺産』が開放されました。

 プレイヤー『ユウ』『シオン』に特別な称号【星霜の開拓者】が授与されます。


「……クリア、しちゃったのね。この島の、最初の秘密を……」


 シオンは信じられないといった様子で自分の両手を見つめ、それからふうっと息を吐き出して、満面の笑みを浮かべた。

 その翡翠色の瞳には、疲労の色を隠せないものの、それ以上にやり遂げた者だけが見せる最高の達成感が輝いていた。


「ああ。推奨レベル12のボスを倒して、島のシステム中枢にまで辿り着いたんだからな。上出来すぎる成果だ」


「本当に……! 最初はわけも分からずこの孤島に放り出されて、どうなることかと思ったけど、ユウと一緒で本当によかったわ」


 シオンはそう言って、いつもの茶目っ気のある笑みを浮かべた。

 その笑顔を見た瞬間、心の底からこの世界に飛び込んでよかったという実感が湧き上がってくる。


 ──ビシュンッ!

 その時、コアから放たれていた光が穏やかに収まり、代わりに帰還を促す転移ポータルが私たちの足元に優しく展開された。


「それじゃあ、ユウ。今日の冒険はここまでね。また明日、この場所で続きを始めましょう!」


「ああ、またな、シオン」


 俺たちは互いに手を振り合い、バーチャル世界を包み込む光の中に溶け込んでいくのだった。

 現実への感覚の移行は、まるで深い眠りからふと目を覚ますかのような穏やかなものだった。

 ヘッドセットの電源が静かに切れ、微かな機械音とともに内部の冷却ファンが回転を落としていく。

 視界が徐々に現実の自室の天井へと切り替わり、現実の重力がしっかりと身体を包み込んでいることを教えてくれた。


「ふう……結構長い時間ログインしてたな」


 起き上がって軽く伸びをすると、心地よい疲労感が筋肉の端々に残っている。

 バーチャルと現実の感覚のギャップに少しだけ眩暈を覚えながらも、俺はベッドから体を起こし、夕食の準備を手伝うためにリビングへと足を向けた。

 リビングの扉を開けると、そこには妹の涼花がすでにエプロン姿で夕食の配膳をしているところだった。


「あ、お兄ちゃん、今から夕御飯だよ。今日もまたあの新しいゲームに潜ってたんでしょ? すっごい真剣な顔してヘッドセットかぶってたもん」

 

 涼花はキッチンカウンターの向こう側から、少し呆れたような、しかしどこか楽しそうな笑みを向けてきた。


「ああ、ちょっと面白いエリアを攻略していてな。熱中しちまったよ」


「もう、ゲームもいいけどご飯もちゃんと食べてよね。今日はお兄ちゃんの好きなハンバーグだから!」


「そいつはありがたい。手伝うよ、涼花」


 こうして涼花と一緒に並んで温かい夕食を囲み、今日のゲーム内での大冒険や苦労を他愛のない雑談として語り合う。

 現実の家族とのこうした穏やかな団らんの時間が、バーチャルでの激しい戦いの疲れを心地よく癒やしてくれていた。


 夕食を終え、風呂にも入り自室の机に戻った俺は、今日の宿題に取りかかった。

 今日は国語の課題で古典文学についてレポートを書かなくてはいけない。

 古語辞書をめくり、現代語訳との格闘に悪戦苦闘しながら、どうにかこうにか指定の枚数文字を埋めていく。


 ふう、と息をついてペンを置き、ぶ厚い参考書を乱雑に机の端へと追いやった。

 書き上げた原稿用紙を裏返し、やり切った達成感に浸りながら背伸びをひとつする。

 そんなあれこれを終わらせた頃には、十一時を回っていた。

 静まり返った自室に、卓上カレンダーを照らすデスクライトの光だけがぼんやりと浮かんでいる。


 ふと、テーブルの隅に放り出していた端末が、小さく振動した。

 通知がきているスマートフォンの画面に目をやると、画面には、友人たちで作っているグループチャットのアイコンに未読の通知がいくつも表示されていた。

 タップしてみると、南や遥馬、そしてさっきまで一緒に夕食を食べていた涼花、さらに芹亜を含めたメンバーが、今話題の〈LWO〉についてワイワイと盛り上がっているところだった。

 チャットアプリを開くと、見慣れたメンバーの名前が並んでいる。


【遥馬:いやー、それにしてもLWOの話題ですごい盛り上がりだな! 俺はすでに次のフィールドに進んで、さっそく強いモンスターにボコボコにされてきたところだぜ】


【南:いいなー、遥馬君はすでに自分のマシンでバリバリ遊べてさ……私なんて、専用のVRヘッドセットをまだ持ってないから、画面の向こうですごく楽しそうなみんながホントで羨ましいよ】


【涼花:私も南ちゃんと一緒で、お兄ちゃんが家でヘッドセットかぶってるのを見ていいなーって思ってるだけで、自分用のマシンは持ってないからまだプレイできてないんだよね……早くやってみたいんだけどさ】


【芹亜:ふふ、二人ともそんなに落ち込まないの。明日から学校で始まる『電脳遊戯部』の話を忘れたわけじゃないでしょう?】


【南:もちろん! 芹亜お姉ちゃんが新設してくれたその電脳遊戯部にすごく期待してるんだよ】


【涼花:そうそう!  芹亜先輩が私たちのためにわざわざその環境を用意してくれたおかげで、マシンがなくて遊べなかった私たちも、明日からの放課後はその部室で心置きなくLWOをプレイできるって話ですよね?】


【芹亜:ああ、その通りだよ。二人とも明日からの放課後は、その新設された電脳遊戯部の部室で最新のVR環境を存分に使ってくれ】


【遥馬:さすが芹亜先輩だな、相変わらず手際が良くて最高だぜ! 】


【悠人:芹亜先輩、わざわざそんな素晴らしい環境を用意してくれて本当にありがとう。マシンがなくて遊べなかった南や涼花も、明日からの放課後なら思いっきりLWOを楽しめるな】


【南:芹亜お姉ちゃんが作ってくれた電脳遊戯部で明日から放課後にLWOをプレイできるのがもう楽しみすぎて、今夜は眠れないかも】


【涼花:私も!  お兄ちゃんと同じ世界に行けるのめちゃくちゃ楽しみ!】


 チャット画面に次々と飛び交うスタンプと弾むような言葉たちを見つめながら、俺は窓の外に広がる夜空を見上げた。


 バーチャル世界ではシオンとの絆を深め、星の核心に触れ、そして現実世界では芹亜のおかげで、明日からは仲間たち全員が同じLWOの世界へと飛び込めるようになる。

 そのすべてのピースが完璧に噛み合ったような最高の夜に、俺は明日への期待を胸一杯に膨らませながら、静かにベッドへと横たわるのだった。




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