第14話 配信開始! 孤島のアルケミストと来訪者
記念すべき第一回目の生配信がスタートしてから、まだほんの数分しか経っていなかった。
『電脳遊戯部チャンネル 〜LWO開拓記〜』の配信画面。
その右隅に表示されている同時接続数のカウンターは、最初こそ井ノ原先生の『1』という数字で静かに止まっていたものの、現実世界の校内、あるいはネットの海を漂う好奇の波に引かれるように、じわじわと、しかし確実に数値を上げ始めていた。
「お、少しずつだけど、視聴者の人数が増えてきたな」
神殿の冷たい石畳の上に立ちながら、俺は、視界の端に浮かぶシステムウィンドウに目を細めた。
最初のうちはただのテスト配信のつもりだったが、実際にカウンターの数字が『1』から『3』へ、『3』から『8』へ、そして気づけば『24』へと跳ね上がるのを見ると、やはり、言い知れぬ緊張感が背筋を駆け抜ける。
そんな俺の小さな動揺を察知したのか、隣に立つ相棒のシオンが、ふわりと艶やかな銀髪を揺らしながら話しかけてきた。
「ねぇ、ユウ。なんだか急に画面の向こう側の気配が増えたみたいじゃない。コメント欄も、さっきまでの先生のぽつんとした一言だけだったのが、なんだか賑やかになってきているわよ?」
シオンの言う通り、画面の端に展開されたコメントビューアのスクロールスピードが、先ほどまでとは比べ物にならないほど早くなっていた。
新しいリスナーたちが、続々と配信ルームへ流れ込んできているのだ。
【名無しさん:おっ、新着配信の通知踏んできたけど、ここどこだ?】
【クロノス:待て待て待て、初期の街じゃないぞここ。見たこともない石造りの神殿じゃねえか?】
【通りすがりの廃人:おいおい、グラフィックの描き込み量がエグくないか? この建物の質感、最新のハイエンドVRMMOでもトップクラスだぞ】
【黎明のアルマ:初見ですー! チャンネル名が『電脳遊戯部』ってなってるけど、学校の部活の配信なのかな?】
【ポテトチップス:主、イケメンボイスだな。ていうか、連れてるNPCのクオリティ高すぎだろ。これ本当にただのNPCか?】
次から次へと流れてくる新鮮なコメントの数々に、俺は小さく息を整え、カメラ機能を持つ浮遊ドローンに向かって意識を集中させた。
「皆さん、こんばんは。本日新しく設立された『電脳遊戯部』の部員で、今日からこの〈LWO〉の開拓記を配信していくユウです。そして、隣にいるのが相棒のシオンですね」
俺が軽く会釈すると、シオンもカメラに向かって優雅に一礼し、可愛らしい笑みを浮かべて手を振った。
「よろしくね、人間さんたち。私はシオンよ。ユウと一緒に、この世界の秘密を暴きにきたの」
シオンのその自然すぎる仕草と、人間離れした美しい容姿、そして何より感情の機微がリアルなNPCの振る舞いに、コメント欄はさらに沸き立った。
【ガジェット好き:待て待て待て! 今のNPC、めっちゃ滑らかに動いたぞ! 最近のAIってここまで進化してんのか!?】
【白銀の狼:主、声落ち着いてて聞きやすいな。で、ここは一体どこなんだ? ステータス画面とか見せてくれよ】
【ねこまねき:学校の部活配信かぁ。がんばれー! 応援してるよー!】
画面の向こうから送られてくる温かい声援や、純粋な好奇心が入り混じったコメントを見ていると、先ほどまでの緊張が少しずつほぐれていくのを感じる。
よし、まずはこの配信を観に来てくれたリスナーたちに、俺たちが今置かれている状況と、ここに至るまでの経緯をきちんと説明しておこう。
「みんな、コメントありがとう。どうやらこの場所がどこなのか、気になっている人が多いみたいだな。実はこの配信、ただの観光地からの生中継ってわけじゃないんだ。俺たち自身、いま何がどうなっているのか、正直よく分かっていないというのが本音でさ」
俺は苦笑いを浮かべながら、手元のステータスボードを空中に引き出し、自身の基本情報をリスナーたちに見えるように展開した。
「まずは俺のプロフィールから説明するよ。俺がこのゲームで最初に選んだジョブは、ご覧の通りアルケミストなんだ。
【アルケミスト!? 初期の街でアイテム錬金ばっかりやらされる、あの地味な生産職か?】
【マジかよ、前衛職じゃなくてクラフト寄りのジョブでこんな未開の地をウロウロしてて大丈夫なのか?】
コメント欄から驚きと心配の声が同時に飛んでくる。
アルケミストといえば、ポーションを作ったり装備の耐久値を直したりする、いわゆる『職人・支援寄り』のジョブだ。前線でバリバリ敵をなぎ倒すような脳筋スタイルとは対極にある。
「そう、普通ならね。でも、ここからが問題なんだよ」
俺は少しだけ声を落とし、当時の衝撃を思い出しながら言葉を続けた。
「キャラクターメイクを終えて、いざゲームを始めるとき、国家選択を『ランダム』にしたんだ。そしたら、システムがエラーを起こしたのか、それとも運命の悪戯なのか……気がついたときには、この誰もいない、マップにも載っていない完全な孤島に飛ばされていたんだよ。しかも、それだけじゃない」
俺は自分の腕に視線を落とす。そこには、微かに青い神秘的な発光パターンを宿した美しい文様が刻まれていた。
「俺の種族が、いつの間にか初期選択には存在しないはずの『アストラ・ヒューマン』という特殊種族に書き換わっていたんだ。おかげで、普通の人間とは違う謎のスキルや身体能力が勝手に付与されていてさ……昨日から本当にサバイバル生活の連続だったよ」
【ランダム国家選択で孤島送り!?】
【しかも初期種族が『アストラ・ヒューマン』……? そんな隠し種族、クローズドβのときにも聞いたことねえぞ!】
【おいおい、これマジのガチの『初見未踏エリアからのハードコアサバイバル』じゃねえか……! 面白くなってきたあああ!】
リスナーたちの興奮が、コメントの流れる速さでダイレクトに伝わってくる。
そして、俺の隣でそのやり取りをじっと聞いていたシオンが、ふふっと楽しそうに鼻を鳴らしてから、自分の手で胸元の美しいペンダントに触れつつ口を開いた。
「──待ちなさい、ユウ」
シオンのその透き通るような碧い瞳は、カメラの向こうにいる数万人のリスナーを真っ直ぐに見据えている。
「一つだけリスナーのあなたたちに訂正しておかないといけないことがあるの」
【おっ、シオンちゃんが何か喋るぞ?】
【もしかしてゲームの攻略法か?】
【この美少女NPC, 動きがいちいちリアルなんだよなぁ……】
コメント欄が気楽な野次馬の空気で満たされる中、シオンは艶やかな銀髪を軽くかき上げ、ふんっと小さく鼻を鳴らした。
そして、まるで信じられない言葉を耳にしたと言わんばかりに、呆れたような、それでいてどこか楽しげな笑みを浮かべてえたのだ。
「さっきからコメント欄を見ていると、私を『NPC』だの『高精度なAI』だのって勝手に勘違いしている人がたくさんいるみたいだけど……それ、盛大な間違いよ」
【……は?】
【いやいや、NPCじゃないってどういうことだよ】
【だって部活の配信だろ? 主がプレイヤーで、相棒がNPCっていうのがお約束じゃ……】
コメントのスピードが、ほんの数秒間だけピタリと止まる。
リスナーたちが彼女の言葉の意味を脳内で処理しきれずに固まっているのが、画面の向こうの気配から痛いほど伝ってきた。
そんな戸惑いの空気を一刀両断するように、シオンは自分の胸に手を当て、ハッキリと言い放った。
「私はね、AIなんかじゃないわ。あなたたちと同じ、この〈LWO〉をゼロからプレイしているれっきとした人間のプレイヤーよ!」
【……へ……?】
【はああああああああ!? プレイヤーだと!?】
【ちょっ、待て待て待て! 美少女の姿をしたNPCじゃなくて、ガチの人間が操作してるアバターってことか!?】
【いやいやいや、そんなバカな! 初期選択でランダム引いてこの孤島に飛ばされたプレイヤーが、もう一人いたってこと……!?】
コメント欄が、先ほどまでのお祭り騒ぎとは異なる、本物の混乱と絶叫の文字で埋め尽くされていく。
無理もない。俺自身、昨日この島で彼女と出会ったとき、同じように度肝を抜かれたのだから。
シオンはリスナーたちのパニックを面白がるように、くすくすと上品に笑ってみせた。
「ふふっ、驚いた? そうよね, 普通の人間なら、こんな地図すらない孤島に放り出されたら泣き言を言うところだもの。でも残念だったわね, 私はユウの『保護者』でもなければ, システムが用意した『お助けキャラ』でもないの。対等なパーティメンバー 、いや……この理不尽な世界で一緒に生き残る相棒よ」
シオンがスッと右手を差し出すと, その手のひらにパチパチと青白い魔法の火花がスパークした。それはNPCにあらかじめ組み込まれた自動挙動なんかじゃない。
彼女自身の意思と、熟練のプレイヤースキルによってコントロールされた、生きた魔法の軌跡だ。
「だから、これからは『優秀なNPC』なんて雑なまとめ方はしないでちょうだい。私の名前はシオン。この『LWO』のてっぺんを, ユウと一緒にぶち抜くプレイヤーよ」
【待て、 ガチのソロプレイヤー同士がランダムで同じ未踏孤島に引き合わされたってことか……!?】
【確率どんだけ低いんだよそれ! 神様の悪戯すぎんだろ!】
【NPCじゃなくてガチの美少女プレイヤーが隣にいるとか、主のリア充度どうなってんだよ嫉妬で爆発しろ!!】
【伝説の始まりどころか、これもうライトノベルの第1巻の導入部だろ……!】
視聴者たちの熱量が、シオンのこの爆弾発言によってさらに数段階跳ね上がった。
同時接続数のカウンターが, もはや目を回したかのような勢いで回転し、新しいコメントが文字の滝となって視界を埋め尽くしていく。
「ふふっ、それとね、 ユウだけじゃないわよ。私のほうの事情も、みんなに教えてあげなくちゃね」
シオンはカメラの視線をしっかりと捉え、まるで自分がこの世界の主人公であるかのような誇らしい笑みを浮かべた。
「私の選んだジョブは『魔法戦士』よ。近接の物理戦闘と、華麗な属性魔法を両立させる, 戦闘においてはかなり欲張りなクラスね。そして、私もユウと同じように国家選択を『ランダム』にしたのよ」
【マジか、この美人プレイヤーもランダム勢だったのか!】
【魔法戦士×ランダム選択とか, ロマンの塊すぎるだろ……】
リスナーたちがどよめく中、シオンはさらに続ける。
「結果として飛ばされた場所もも、ちろんユウと同じこの『天空の都アストライア』の神殿だったわ。そして私の種族は, 古の森の血を引く高貴なる者……『アーク・エルフ』よ。普通の人間よりも圧倒的に魔力親和性が高くて, 古代魔法の詠唱速度が段違いなの。昨日からユウと一緒にこの孤島を生き抜くために、何度も泥臭い戦闘をくぐり抜けてきたんだから」
シオンが自分のステータスの一部を軽くホログラムで投影して見せると、その洗練されたスキル構成に、配信のコメント欄はさらに熱を帯びた。
【アーク・エルフだと……!? ステータスの魔力補正値が頭おかしいことになってるぞ!】
【この美少女、 見た目だけじゃなくて中身の戦闘力もガチの廃人仕様じゃねえか……!】
【主とシオンちゃんのコンビ、設定が強すぎて映画のワンシーンみたいだぞ】
「ふふ、私の自己紹介はこれくらいにしておきましょうか。あまり長く話し込んでいると、日暮れまでにやりたいことができなくなっちゃうものね」
シオンがクスクスと楽しそうに笑いながらカメラから視線を外し、隣に立つ俺へと振り返る。その仕草一つをとっても、配信のコメント欄は「今の笑顔プライスレス」「可愛すぎるだろ」と黄色い歓声(文字)で再びお祭り騒ぎとなった。
【安倍ノ家:……ふむ。初期選択ランダムの挙動異常による同期漂着、および未実装クラス・固有種族の同時発現。これほど綺麗にシステムログの網目をくぐり抜ける『例外個体』の発生条件とは、いったいどのような変数処理の果てか。……実に興味深い】
【マジかよ、あの『安倍ノ家』じゃねえか……!?】
【おいおい、あの安倍ノ家が一般の生配信のコメント欄に出没するなんて珍しすぎるだろ……! ていうか、あいつが来たってことは、この配信ガチでヤバい代物なんじゃねえの!?】
【安倍ノ家が「実に興味深い」って評価したぞ……? つまりこの二人、ただの運試しじゃなくて、ゲームの根幹を揺るがす特大のフラグを引き当てちまったってことか……!?】
コメント欄にその名前が流れた瞬間、配信の空気が一変した。
『安倍ノ家』――。
それは、〈LWO〉のクローズドβテスト時代から、ゲーム内の美しいロジックの破綻や、世界構造のわずかなほころびを静かに、しかし執念深く追いかけ続けてきた伝説の検証ブロガーだ。
俗にいうバグハンターや過激な暴露系とは一線を画し、その淡々と世界の理を紐解くような学者気質な考察スタイルは、一部のコアなプレイヤー層から絶大な支持を集めていた。
なにより、彼が一度目をつけたプレイヤーやエリアは、数日後には必ず全サーバーの注目の的になる──界隈では『未来の有名人を決定づける観測者』として密かに恐れられ、崇められている存在だった。
そんな大物が、なぜ俺たちの始まったばかりのちっぽけな配信に……?
「……ん? いま、コメント欄に『安倍ノ家』って名前がなかったか?」
俺が思わず足を止め、視界の隅に流れるログを二度見すると、シオンもすっと眉をひそめて同じコメントビューアに視線を落とした。
「本当ね……あの人の名前、βテストの頃から検証系ブログの間ですごく有名だったわ。世界のバグを面白おかしく暴く人じゃなくて、むしろゲームという巨大なシステムの美しさをひたすら研究している、変り種の学者肌ブロガーよ。まさか、そんな大物が私たちの記念すべき初見配信に混じっているなんてね」
シオンが少しだけ面白そうに唇の端を持ち上げる。彼女にとっても、その名が持つ重みは十分に理解できているらしい。
「伝説の検証ブロガーさんにまで見つかっちまったか。まあいい、俺たちのこのサバイバルと謎解きが、お前の知的好奇心を満足させるものになるかどうかは、これからの俺たちの歩み次第ってことだな」
俺がカメラに向かって不敵に笑いかけると、コメント欄の安倍ノ家はさらに一言、静かにこう残していった。
【安倍ノ家:……せいぜい生き残れ。君たちの歩むその軌跡が、この世界の真理にどう作用するか、最後までこの眼で見届けさせてもらう】
「それじゃあユウ、そろそろ行こっか。私たちには、この島で確かめなきゃいけないことがまだ山ほどあるんだから」
「ああ、そうだな。あまり足止めを食らうわけにはいかないし、行こうか」
俺がうなずきを見せると、シオンは満足そうに小さく頷いて戦闘態勢を整える。
熱狂の冷めやらぬ配信画面の向こうからの視線を背中に感じつつ、俺たちは神殿の重々しい石畳を後にして、本格的な探索へと動き出した。
そして島内の探索を開始した俺たちは、青々とした草木が広がる島内の原生草原エリアへと足を踏み入れていた。




