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歯磨きは木歯ブラシ

 もっとゆっくりお湯に浸かっていたいところだが、こっちの人の生活リズムもわからんし、メイドさんに過剰な残業を強いるのも気遅れするので風呂から上がる。

 手にしたタオルでさりげなく前を隠して脱衣場へと進むと、案の定待ち構えていたメイドさんがバスタオル?を広げて俺の背中にまわる。

 裸の格好の時、前に立たれるのを嫌がっているのに気付いているようだ。かえすがえすもできるメイドさんだ。

 あ、でもひざまづいてお尻まで拭かれた! もうお婿に行けない……。


 もう半ばやけになり、手にしたタオルと下着をメイドさんと交換する。シャツもパンツも新しいのに交換されている。今度のシャツとパンツは手首と足首のところに紐が出ていたので縛ろうとしたら、メイドさんがさっさと縛ってくれた。

 結び目がなんか良くわからない飾り結びになっている。スゲーな。



 着替え終って導かれるままについていくと外へ出た。

 石畳を十歩ほど歩いた先に建つ東屋へと連れていかれる。

 作り付けの椅子に座ると、透明な液体の満たされたカップが渡される。

 添えられた木製のストローですすると、どうやら冷たいレモン水のようなものだった。

 このストローも凄い。紫檀とか黒檀とかそんな堅い木を細くパイプ状に削ってある。この長さで細いパイプを木で削り出すなんて結構木工技術が高いと思う。吸い口も軸より少し細めて吸いやすくしてあるし。


「これは冷たくて美味しいですが、冷蔵庫とかあるのでしょうか?」


 物珍しそうにカップを触り、その冷たさにうひゃうひゃと喜ぶメリルちゃんに聞いてみる。


「れいぞうことはなんですか?」

「メリルちゃんは冷蔵庫をご存知ないですか。ものを冷やしておく箱です」


 ほほうと頷き、れいぞうこ、れいぞうことつぶやくくメリルちゃん。


「ものをひやすまほうはあります。ひやすまほうをつめたいしのついたはこもありますな」


 冷蔵庫に相当するものはあるようだ。単語を知らなかっただけか。

 メリルちゃんは言葉使いも古めかしいところがあるし、日本語はiPhone勇者よりもっと前の日本人に習ったのかも知れない。iPhone勇者は割とさっさとおっちんじゃったみたいだしな。


 メリルちゃんの掌にストローから数滴レモン水を垂らしてやると、レモン水はメリルちゃんの掌の上に球となって浮かんだ。これも魔法か。わりとカジュアルに使うよな。そりゃそうか。普段から飛んでるんだもんな。

 その水滴を嘗めたり飲んだり顔を突っ込んだり!するメリルちゃん、可愛いよ。


「きせつとつかいかたによって、はんつきほどでまほうをつめなおさなければならないとききおよびます」


 一通り水滴で遊んだあと、メリルちゃんが補足した。



 火照ったからだが落ち着いたところで、飲み干したカップをメイドさんに渡し、再び母屋へと戻る。

 廊下を歩き、階段を昇り、廊下を歩く。

 部屋に戻ったところで、ひとまずリビングのソファーに腰を降ろす。

 スッとローテーブルに手を伸ばし、テレビのリモコンがないことに気がついた。

 そうか。俺は何だか良くわからない異世界に来ちゃってるんだ。

 俺はテーブルの上にテレビのリモコンがないことで、改めて異世界に居ることに気がついた。


 言葉も文化も、それこそ生物としての有り様も異なる世界。

 日本ほどの治安は望めないだろう。冒険者こそ居ないようだが、銃剣を持った物騒な連中に襲われないとも限らない。

 食べ物だって、こっちの人には何でもないものが、俺には毒となる成分が混ざってるかも知れない。

 病気だって、風邪を引いても直す薬がないかも知れない。

 窓の外の暗さ。まわりの静けさにどんどんとネガティブになっていく。


「よういちさんはなにかおなやみですか?」


 ナーバースになりかけていた俺に、メリルちゃんが声をかけてくれる。

 俺は沈んで俯いていた顔をあげ、目の前を浮遊するメリルちゃんを見つめる。


「うーん。ちょっとね」


 メリルちゃん。異世界で日本語ができる妖精さん。とても可愛い。

 ほんの少し顔を上にあげて、ほんの少し声を出すだけのことだけれど、沈んでいた心もちょっと上向く。


「でも少し元気になってきたかな」


 そうだ、メリルちゃんだ。

 リアル妖精さんに優しい声をかけられている、という事実に沈んでいた心が浮上してくる。


 まあ、異世界召喚はいいだろう。事故だし。交通事故にあうのとおなじだ。

 むしろ異世界から召喚されるなんて男のロマンだ。業界では御褒美と言っていいだろう。

 治安が悪い。食べ物が危ない。それだって樹海の真中に放りだされてサバイバルしなきゃならなかった事を考えれば、綺麗なメイドさんがついて、3食保証された上に、こんな豪華な部屋を与えられている。

 しょぼいお供を付けられて、上から目線で「魔王倒してこい」とかむちゃ振りされたわけでもなし。


 それにメリルちゃんだ。日本語も現地語もできて、魔法の先生にもなってくれるらしい。

 あまた考えられるマイナススタートに比べれば、こんな可愛いガイド付きなら上々じゃないか。

 深夜アニメも新作ラノベもないこれから先の人生に大した未練があるでもなし。

 ビクビク生きてもしょうがないさ。

 所詮、俺の人生訓なんて、「そこそこやって、ふわふわ生きる」だしな。


 と、ちょっとふっ切れたていで立ち上がる。


「まあ、あんまり考えていても切りがないし、寝ようか」


 メリルちゃんに声をかけてベッドルームへ向かおうとすると、メイドさんがササッと近寄ってくる。

 部屋の隅に用意された、台の上に水の張った洗面器が置かれた場所へと案内され、木の枝を渡された。

 先端の樹皮がはがされ、たたかれて繊維状になった木の枝。

 これは噂に聞く木歯ブラシ。

 塩の粉のようなものを繊維状の部分に塗ってくれるので、口に入れる仕草をするとメイドさんがニッと歯をむき出しにして指でこする仕草をする。

 歯ブラシであってるようだ。


  歯磨き粉らしい謎の粉に、パッチテストと言う言葉が今更アタマの隅をよぎるが、本当に今更だ。もう飯だってたらふく食べた後だし、成るようになれだ。

 この繊維部分で磨けばいいに違いないと口に入れる。


 あれ? この粉、メイドさんが指で塗ってくれなかったっけ?

 間接なんとか的な。

 そこはかとないエロスを感じる。

 なんだか凄い気分が高揚してきた。

 俺の人生、今最高に輝いてるんじゃないか!

 まあでも俺のラッキースケベはこんなところ止まりだよ!

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― 新着の感想 ―
[良い点] こんばんは。 すみません、そういう意図がないのは分かってますが『iphone勇者』というパワーワードで思わず吹いてしまいましたww
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