俺は出来る。俺は出来る。俺は出来る!
なんだか妙なテンションになったところで寝室へと移動する。
ベッドの天蓋は薄衣が降ろされ蚊帳を吊ったようになっていた。
その薄衣が少し開いた逢わせのところにまた着替え。
今度のは裾丈が長い、すっぽりと被るワンピースだ。
もしかして、これが寝間着? 今着てるのはただの部屋着なのか?
着替えを広げたままメイドさんの方を見やると、どうやら着替えを待っているご様子。
もそもそと飾り結びを解こうとするが難解で解けない。
見かねたメイドさんが俺の腕を取ると、ササッと解いてくれた。
メイド喫茶にすら足を踏み入れたことのない俺には、メイド仕事の範疇というものがわからないのでどこまで頼めるのか分からなくて困る。
もっともメイド喫茶の偽メイドとの距離感を基に行動したら、セクハラで吊し上げられるんじゃないかと思うが。
転移転生ものだと、メイドなんて奴隷だったり出自の怪しい貧困層出だったりするけれど、実際の中世ヨーロッパ辺りでは、侍女なんかは下位爵の御令嬢の修行だったりするとも聞く。
実際、セキュリティとか考えると、身元のしっかりした人間であることは間違いない。
俺に付いてくれているメイドさんなんかは、気も利くし、飾り結びの技術とか、結構いいところの出なんじゃないかと思える。
今でこそ客人待遇だが、人間としての信用とか重要性なんて、実際のところ『メイドさん>>>壁>>>俺』だろう。
調子に乗って「良いではないか、良いではないか」とかやったら、生物学的に首が飛びかねん。
悲しい事実だ。
ようやく寝間着に着替え天蓋の中へもぐり込む。
天蓋の中はいい匂いが漂っている。香かアロマが炊き込めてあるのだろうか。
誰か部屋に入ってきた気配がしたので薄衣の隙間から覗いてみる。
メリルちゃんのことが見えるメイドさんだ。
「*****」
「*****」
メイドさんと二言三言言葉を交わして、メリルちゃんが天蓋の中へ入ってきた。
そしてそのまま天蓋の中をフワフワと漂った後、枕元の上の方へ飛んでいく。
なんか小さなハンモックみたいなのが吊ってあるぞ。
ハンモックに枕が敷いてあり、その上にタオルが置いてある。
「わたしのねどこだそうです。ようせいはねるひつようないのですが」
でも先生が帰った後、枕の上に大の字で寝てたやん!
メリルちゃんは「そうでしたな」と俺の突っ込みをサラッと流し、
「よういちさんがおやすみなら、すこしげっこうよくにでてきます」
といって窓の外へと飛んでいってしまった。
することもないので布団に潜り込んで横たわる。
夕食の前後に一眠りしたせいだろうか、それほど眠くはない。
もともと仕事から帰っても録画したアニメや街歩き番組を見たり、ネットを徘徊したりして寝るのは遅かったし。
そうか。もうあのアニメを見ることも、あのラノベの続きを読むこともできないのだな。
そう思う、残念な気持ちはある。
だがしかし、騒いだところで元の世界に戻れるでなし。
たとえそれが叶ったとしても、十年後、二十年後なんてことになるとそれはそれでまた面倒臭い。
30年後に帰れたとして60過ぎ。再就職は無理だし、年金も未払いでもらえないし、親もすでに他界しているだろう。
そんなところにひょっこり帰り着いたらむしろ詰んでるんじゃないか。
浦島太郎は玉手箱を開けた後、どうやって暮らしていったんだろう。
あれ? 一ヶ月後に帰り着いたとしてもかなりまずいんじゃないか。
さすがに無断欠勤一ヶ月もしたら会社に席があるか難しい。
今のご時世、無断欠勤なんて理由でクビだなんて再就職もできんぞ。
現代日本は世知辛いな。
天蓋に炊き込められた香りが俺の心を落ち着かせる。
この香りだって、『いい香り』と感じると言うことは、この世界のヒトたちとさほど変わらない感覚を持っていると言うことだろう。
これまでも異世界人は何人も訪れ、それなりに生きてきていると言うことは、生物としての有り様は基本的に違っていないと思っていいのかもしれない。
そう考えると、異世界もたいしたことないかもしれない。インドとか東南アジアに単身赴任したくらいのノリでイケるかもしれない。
ぼんやりと天蓋を見上げながら考えていると、目が慣れてきたせいか、魔法の灯りが消えたはずの部屋がうっすらと見えてきた。
そうだ。これは高校を卒業して大学の近くにアパートを借りて、初めて一人暮らしをした夜と同じだ。
見知らぬ土地に一人ある不安と高揚。
隣の部屋にメイドは居なかったがな。
気分も吹っ切れ、思い立ってベッドを降りる。
メリルちゃんが散歩に出かけたあと開きっぱなしの窓から外を眺める。
眼下には延々と続く闇。
そして、その遙か先に、灯りが瞬いているのに気がついた。
日本の街灯りには比ぶべくもないが、確かな街灯りが瞬いている。
俺はあの灯りの中に居場所を見つけることが出来るだろうか。
いや、見つけて行かなきゃならないんだ。
「やるぞー!」
そんな雄叫びを上げたいところだったがさすがに自重した。
ただ思い切り右手を突き上げ、小さく叫んでみた。
体を伸ばしたゆえんか、気分が高揚する。
なんかテンション上がってきた。
俺は出来る。俺は出来る。俺は出来る!
背後に灯りを感じて、腕を突き上げたまま振り返ると、リビングの扉を開いたメイドさんと目が合う。
メイドさんはにっこり笑って、そっと扉を閉じた。
寝よう。
やはり俺はダメかもしれない。




