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騒動の種

「さぁ、遊ぼうか。」

島に降り立った途端に、口元を引き上げて見るものを怯えさせる壮絶な笑みを浮かべる。彼だけを運んできた個人所有のクルーザーは、背中を見ただけでもそれが分かったのか、それとも船の上にいた時から不穏な空気を発していたのか、慌てるように島を離れていった。


「この島を荒らそうというのなら、このまま海に戻ってもらうよ。」


港にいて、身を竦ませ震えずにすんでいるのは、皺一つないスーツを纏った南条理事長。普段あまり見せることのない不機嫌を露にし、目の前で笑っているはた迷惑な同胞を睨みつけた。

「別に、島を荒らそうなんて思っちゃいないぜ?俺の獲物は、あのクソ女だけだ。」

「お前がやる事なす事、毎回どれだけの被害を出していると思っているんだ。」

「さぁ。日常過ぎてわざわざ計算してねぇからな。」

南条の記憶の奥底にある始まりの時代から、なんど目の前に立つ『火焔王』と名乗る存在が世界を巻き込む騒動を起こしてきたのか。火を抑える水である『慈水王』が前面に立たされてきたことから、他の王たちよりも詳しく覚えている。

「この島の中には、お前に睨まれただけでも危うい弱き人がいるんだ。自重してもらわなければ、私が相手をすることになるぞ。」

能力を持っているとはいえ、王と対抗出来る能力者などいない。能力の相性や条件によっては勝てる時もあるだろうが、絶対とはいえず、島にいる学生たちでは到底不可能だといえる。

「それも、楽しそうだな。」

「レガート!!」

姿形は変わろうが、絶対に変えることなく使い続けている名前を叫ぶ。本当に海に落としてやろうかと力を使いかけた南条だったが、『火焔王』レガートが肩を竦めて両手を空に伸ばしたことで、使うのをやめた。

「分かってるよ。俺の目当ては『夢』だけだ。あいつ以外は極力被害はないって約束してやる。」

「極力ではなく絶対と約束してもらいたいのだが?」

「それは無理だろ。それが出来たら、俺はこんな姿をしていないし、それに、そんなのは俺じゃない。」


久しぶりに見たレガートの姿は、12・3歳程の少年のものとなっていた。

最後にあったのは14年前。その、すぐ直後に死んだと噂では聞いていたので、噂は確かだったかと南条は考えた。


『火焔王』は戦闘に酔い痴れる。何よりも戦うことを好み、何時の時代も戦場に行けばその姿を見えるとさえ言われている。そして、彼は己自身さえも武器として使う。勝つ為ならば肉体がどうなろうと関係なく、その為他の王たちよりも多くの肉体を経てきていた。

長く生きても30代。短い時には10代前半で、戦場に散る。

そんなレガートには恐怖する者、関わり合いを避ける者が多かったが、心酔する者もまた多く、そのほとんどが傭兵や軍人など戦場に身を置くものたちだった。彼等は一度レガートに心を奪われると、彼の下に集まり組織を作り出した。何世紀も前に生まれたその組織は、今では世界中の戦場に名を轟かす傭兵組織となり、どんな屈強な男でも、戦場を操っている気でいる支配者も、怯えて逃げ出す存在となった。


「偉そうに言うことじゃないだろうに。まぁ、いい。お前が何かしたら、私も動く。それだけの事だ。お前も『夢』も『風』も、忘れているだろうが、此処は私の物だ。好き勝手にされて怒っていないとでも思っているのか。」


「思っちゃいねぇよ。俺だって、俺の物を好き勝手にされて『夢』をぶちのめしたくて仕方がないんだ。そうなったら、そうなったで、甘んじて受け入れよう。ただし、やり返すがな。」


南条の周囲に水滴が浮かび上がり、レガートの周囲には炎を巻き起こる。

周囲にいた者たちは、ただ息を飲んで体を強張らせることしか出来ないでいた。


「それにしても、『風』ね。嬢ちゃんもそんな年か。」


「あれの娘の事、知っていたのか。」

緊迫した空気を作り出していたとは思えない、軽々とした声でレガートが遠くに見える学園の校舎の一部を望む。

娘がいた事を知らなかった南条は、世界中を飛び回り、戦場の事にしか興味がないレガートが知っていた事に驚いた。


「何回か、あいつん所と喧嘩したくて誘拐してみたんだよ。」


「何をしているんだ、お前は!?」


『空王』が率いているのは強力な能力者も多数所属している、裏社会の大勢力。

確かに、そんな組織と戦う事が出来れば、レガートが狂喜乱舞間違い無しの戦争が出来ただろう。だが、それの被害にあるのは世界中になる。相手は空を支配する王だ。地を這うしかない炎では太刀打ち出来るとは思えない。


「まぁ、毎回嬢ちゃんの母親が出て来て止められてたから、本気で殺り合ったことは無いんだけどな。」

「母親?」

「あれ、それも知らなかったのか。ん…内緒だぜ?」


レガートは南条に近づくと、南条の一つに縛られた長い髪を引っ張り屈めさせ、その耳元で一つの秘密を打ち明けた。

「なっ!?」

「内緒だぜ?俺が殺されちまう。今回は60年この体を使う予定だから殺されるわけにはいかないからよ。」


「珍しい。何かあったのか?」


平均すれば25歳辺りで死ぬ人生を歩む『火焔王』の言葉に、打ち明けられた秘密よりも驚いた。あちらは、まぁあっても可笑しくないと思えるような事だが、レガートのそれは戦場に出ないとも取れる言葉だった。

「前の体の時に子供が生まれてたんだよ。今、17歳でさ。子供より年下って何気に嫌なもんだぞ?」

はぁと息を吐いたレガートが哀愁を放つ。

「私にその予定は絶対に無いからな。同意は出来ないな。」

「冷たいなぁ。」

レガートは南条の冷めた言葉に笑い、そのまま港を離れようと足を進める。


「急だったから何の用意もないぞ。」

「いいよ。野宿でも支障は無いし、コータの所に厄介になるからよ」


舗装された正規の道ではなく、横道にそれるように森の中を進んでいくレガート。

彼らしいと思いながら、南条はある事を思い出した。



用務員として働く武嶋康太の所には、その恋人である『地王ティエラ』が毎日のように出入りしているのだが、主であるレガートはそれを知っているのだろうか。

そして、『地王』の弟たちが『火焔王』と姉の接触を許すのだろうか。


余計な騒動が起こらないで欲しい、と南条は願った。

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